あやしい神ほどよく喋る 6
「めっちゃ楽しそうじゃん」
二人の幼馴染、松永穂波がテーブルに頬杖をつきながら聖達を見ていた。
「どこ行ってたのか知らないけどさ、めっちゃ楽しそうじゃん」
「松永?」
「穂波?」
二人して同時に声を上げる。
「そう。君達の幼馴染の松永穂波さん」
そう言って飛び切りの笑顔を見せてくれるが、笑い返そうとした聖達の表情は引きつっている。
「今日が何の日か覚えてる?」
穂波に訊かれ顔を見合わせた二人は、すぐに思い出してばつの悪そうな表情を見せた。
「夏祭りだ」
今日から穂波の実家の神社が夏祭りを迎えているのだ。毎年地元の人で結構な賑わいをみせるので、穂波だけでは手が回らず聖達も手伝うのが恒例となっていた。当然、今年も約束していたのだが、昨日の転生の神との出会いの衝撃ですっかり忘れてしまっていた。聖に至っては異世界転生への期待感も加わっていた事だろう。
「別に手伝ってくれるって言ってたのに、手伝ってくれなかったことはいいのよ。何か急用が出来たのかもしれないもんね。でも、連絡もないし、心配になって訪ねてみれば不審者が謎の料理作って、楽しそうに帰ってくる野郎二人を待ってるって、ちょっとどうかと思うのよ」
そう言って近くで縮こまって正座している不審者こと転生の神に目を向けた。その神はと言うと、わたくし神なんですけど、神が正座させられるとかおかしくないです?等と小声で呟いている。
「……すげ、神様を正座させてる」
「あ、馬鹿……」
驚きのあまり感想を口に出してしまう聖を、慌てて京平が止めようとするが間に合わない。きっちりと穂波の耳に届いてしまう。
「うん、とりあえず二人も正座しよっか」
軽い感じで言う穂波だったが、その奥底には有無を言わせない迫力が潜んでいた。思わず顔を見合わせる聖達。
「正座!なう!」
今度は強い調子で言われ、慌てて穂波の前に正座する。
「よろしい」
二人を正座させた事で少し落ち着いたのか、声の調子も少し柔らかくなる。
「とりあえず、今日の分は後で何か奢ってもらうとして……」
その言葉に二人はうんうんと大きく頷く。それで穂波の怒りが収まるものなら安いものだ。
「じゃ、とりあえず説明して」
説明と言われても、といった感じで顔を見合わす聖達。どう説明したら信じてもらえるのか、見当もつかない。
「分かった、松永。落ち着いて聞いてくれ」
それでも、聖が果敢に説明を試みる。京平は、お前がするのと言った目で聖を見たが、流石に自分に飛び火することなどないだろうと、静観する事にした。
「うん。勿論、聞くよ。言ってみ」
笑顔で話の続きを促す穂波だったが、目は笑っていない。
「その人は転生の神で、俺が『聖騎士王』になれるよう、『おねがいリンカーネーション』で異世界へ転生させてくれているんだ。今日は初めての異世界転生の日で、お前の手伝いに行くのを忘れたんだ。すまん」
うわー、迂闊だなぁ、と京平は遠い目をしながら思った。聖は正しい。何一つ嘘はついていない。だが、嘘の無い事が何のプラスにも働かない説明と言うのも珍しい。
ダメなパワーワードの羅列だよなー、やっぱり『ぱらでぃんおう』のダメさ具合は凄いよなー、と瞳に剣呑な色を帯び始めた穂波を極力見ないよう、逃避気味に聖の言葉を反芻していた。何気に『おねがいリンカーネーション』も破壊力抜群よな、と思わず遠くを見てしまう。
「神、ね。うんうん、そうか。神か、これが」
そう言って神の方へと目を向ける。神はそうですよ、だから言ったじゃないですか、とばかりに胸を張ろうとするが、穂波に睨まれて慌てて元の体勢に戻った。
その様子を見た京平は、大体の状況を理解した。おそらく訪ねてきた段階では、穂波もそこまで腹を立てていたわけではないだろう。だがおそらく、いや間違いなく、神がいつもの調子で余計な事をして、穂波の怒りを増幅させたに違いない。
そんな神の態度に早々に慣れきった聖達であったが、確かに出会った当初は何かとイライラさせられたものである。現在の穂波の怒りの半分、いや八割は神由来な気がしてならない。
「バッカじゃないの」
怒りの頂点を越えてしまったのか、半ば呆れ気味に穂波が言う。
「神だの異世界だの転生だの。別に厨二なのはいいけどさ。現実との区別はつけなさいよ」
それが普通の反応だろう、と京平は頷くが、聖は信じてもらえなかったことに若干ショックを受けていた。
「で、この不審者は、本当は何なの?」
穂波の言葉に、神は、神ですよ、神ですけど何か、とひたすら小さな声で呟いているが、穂波は全く取り合わず、聖達に答えるよう促す。
「何って、か……」
神と言いかけた聖を視線で黙らせる穂波。
「部屋を訪ねてみたらさ、いきなりこんな不審者が不審の極みな台詞を吐きながら出てくるんだよ。京平達に何かあったと心配になるのも当然じゃん?そんな私に、まだこの不審者が神だって寝言を言うの?」
穂波の怒りの根源が転生の神こと不審者にある事は確定的だろう。であればこそ、説得が難しくなったとも言える。この不審者を神であると他人に認めさせるのは至難の業だ。
「神なら私くらい簡単に説得できるっしょ」
それがそうでもないんだよな、と期せずして聖達は同時に思った。二人だって結希子の件がなかったら関わっていないだろう。
神は神で、わたくし転生の神ですから説得の権能とか別に持っていませんし、等とブツブツ文句を言っている。勿論、小声だ。
「一つ確認していいか」
「いいよ、何?」
京平は転生の神こと不審者に目を向けると、穂波に根本的な問いを投げかけた。
「その不審者は穂波にも見えているのか?」
「へ?」
一瞬質問の意図が分からなかった穂波は、怒りも忘れてキョトンとした表情を見せた。
「えっ?京平まで何言ってるの?見えてるも何も、ここに居るじゃない。私ずっと訳の分からないこと聞かされてたし」
いよいよ京平までおかしなことを言い出したと、唖然とする穂波。知らない間に幼馴染達が謎の存在に変わってしまった、そんな得体のしれない恐怖が襲ってくる。
「そうか、見えるのか、穂波にも見えるんだな。やっぱ夢じゃないんだな……」
穂波の答えを聞いた京平は天を仰いだ。今朝、聖と話していたように、夢オチに一縷の望みをかけていた京平だった。今日二回転生した後でも、その気持ちはどこかに残っていたのだが、その最後の望みもたった今穂波に打ち砕かれてしまった。
「こいつは実在する。実在するんだ。諦めよう」
諦めよう、と言う言葉に京平の悔しさがこめられていた。
神は神で、今更何言ってるんですか、とか、まだ信じてなかったんですか、とか、相変わらずの小声で抗議していたが、誰一人聞いてはいない。
「え?何?何よ。二人とも大丈夫?」
聖はともかく、京平までおかしなことを言い出すとは、穂波にとって予想外だった。不安が怒りを塗りつぶしていくように増大していく。
「なあ、穂波。お前、ずっとそこで座って待ってたんだよな?」
「う、うん」
神に転生だのなんだの要領の得ないことを聞かされ続けすっかり疲れ果てた穂波は、神を黙らせて以降は、ただずっと座って待っていた。
「俺達が還ってきた時、おかしいと思わなかったか?」
「え?」
そう言われて、その時の事を思い出そうとしてみる。そう言えば、いきなり部屋の中で二人の声が聞こえてきたっけ。玄関が開く音も、廊下を歩く音も、部屋の扉が開く音も、どれもなかった気がする。
「えええ?どういう事?」
思い返してみれば確かにおかしい。あれでは、まるで京平達がいきなり部屋に現れたかのようだ。
「そう、つまり、俺達は、あの瞬間、異世界から還って来たんだ」
京平は、これで納得してくれとばかりに、噛んで含めるように言う。だが、穂波はまだ信じない。
「ああ、分かった。つまり、これドッキリって事ね。この不審者がマジシャンかなんかで、京平達はそのマジックで突然現れたように見えた、そうでしょう?」
「……それ、京平さんも同じような事言ってましたけどね」
神がボソッと突っ込む。穂波は鋭い目を神に向けたが、すぐにちょっと頬を緩めた。
「あ、そう。京平と同じか。そうか、うん」
暫く嬉しそうな表情を見せていた穂波だったが、聖達が自分を見つめている事に気が付くとすぐに厳しい表情へと戻った。
「京平も一度はそう思ったけど、今は……という事は、本当な訳?」
未だ信じられない感じの穂波に、京平は真剣な顔で頷いた。
京平がこんな嘘を吐く奴じゃない事は十分に知っている。だからと言って、はいそうですか、と信じられる内容でない事もまた事実だ。
「つまり、聖は『パラディンおう』になろうと、この自称神の『おねがいリンカーネーション』とやらで異世界へ転生してってるのね」
「あ、松永に言われると割ときついからやめて……」
穂波の口から出た『パラディンおう』の言葉に、聖が思いのほかダメージを受けていた。
「えぇ……」
思わず天を仰ぐ穂波。『パラディンおう』云々はともかくとして、二人が異世界へ行っている事は事実なのかもしれない。
完全に混乱してしまった穂波を暫く見ていた京平は、やがて何かを思いついたのか、聖に耳打ちした。その内容に一瞬驚いた聖だったが、すぐに親指を立てて了解の意を示した。
聖はそそくさと玄関へ行くと、穂波の靴を持って帰ってきた。出発ゾーンに綺麗に揃えて置く。
それを確認した京平は、穂波の元に歩み寄ると恭しくその手を取った。
「えっ、ちょ、ちょっと、何?」
いきなりの事に動揺する穂波。
「こちらへどうぞ、穂波さん」
芝居がかった調子で優しく穂波を立たせると、そのまま出発ゾーンへと誘う。動揺を隠せない穂波だったが、大人しく京平に従い足を運ぶ。
「さ、おみ足を」
「い、いや、自分で履けるって」
流石に靴を履かせてもらうのは恥ずかしすぎるので、慌てて自分で履いてしまう穂波。
ここまで来れば神も京平が何をしようとしているのか察し、いつもの定位置に聖と並んで立ち、身繕いして待っていた。
「何なの?」
訳も分からず出発ゾーンに立たされた穂波が京平に訊くが、京平はまあまあと押し留める仕草をし、神の横に並ぶ。
「では、参りましょう。転生先に願いを込めて。レッツ、異世界ガチャ!」
見事に三人の声がハモり、腕の動きもシンクロする。次の瞬間、不安気な表情の穂波の姿は、部屋から掻き消えてしまっていた。




