no time to help 3
相変わらずの肌触りのタオルで体を拭きながらバスルームを出ると、クリスティナの手によって着替えがきっちり用意されていた。
『存分に観察させてもらったがね』
ジャストフィットの新しい下着に驚く穂波の脳内に、メアリーの言葉が甦った。自分という存在は丸裸にされているに違いないと、天を仰いだ穂波だったが、諦めて残りの着替えに手を伸ばす。当然、シャツもスーツもぴったりだ。
穂波が着替えを終えたのを確認したクリスティナは、鏡台の前に座るよう促した。昨日、その技術を目の当たりにしている穂波は大人しく従う。
彼女はきっとメイク担当だったのだろうな、と手早く整えられていく己を見ながら思う穂波。可能ならその技術を教えてほしいとも思う。このメイクが自分で出来たなら、少しは京平の印象も変わるだろうか……
「終わりましたよ」
クリスティナに声をかけられて我に返る穂波。鏡に映る自分の姿は、まさに新人の営業と言った感じである。
「ありがとう、クリスティナさん」
穂波の感謝に、クリスティナは笑顔で応える。その様子はどこからどう見ても人間そのものだ。
何とも言えない気持ちを胸にヴィルの部屋に戻る。
ヴィルはすっかり用意を済ませて待っていた。まとめ髪に黒のパンツスーツ、そして細い眼鏡と、全身から出来る女感を出している。
「ヴィル先輩!って感じですね」
穂波の感想に、ヴィルは少し眉を顰めた。
「私は姉さん、の響きの方が好きなのだけど」
「分かりました、ヴィル姉さん」
「後、言葉遣い」
「……分かったわ、ヴィル姉さん」
あの荒れようを見たら元にも戻るよね、と苦笑いしながら言葉遣いを修正する穂波。その様子に満足げに頷くヴィル。
「分かればよろしい。それじゃ、行きましょうか。ボリスが下で待ってる」
連れだってホテルを出ると、ボリスが旧いセダンに凭れ掛かって待っていた。煙草片手に着崩したスーツと言う絵になる姿であるが、堅気には見えない。
穂波達に気付いたボリスは煙草を携帯灰皿にねじ込むと、後部座席のドアを開け二人を待った。
「ネクタイくらい、ちゃんと締めたらどう?」
ヴィルはボリスの首元にだらしなく垂れ下がっていたネクタイを軽く締め上げ、車に乗り込む。
「よせ。本番は明日だろうが。別に今日は……」
「駄目よ。街を出るなら用心しないと。ここに敵が来たことは紛れもない事実なんだから。万が一と言う事もあり得るわ」
ぶつぶつ文句を言いながら再度首元を緩めようとしたボリスだったが、ヴィルの言葉に渋々といった表情で身なりを整えだした。
「ちっ、仕方ねぇ……」
櫛を取り出しバックミラーを覗き込むボリスの背後で、穂波が申し訳なさそうに車に乗り込む。
「……すいません」
「何がだ?別に嬢ちゃんに謝られるような事は何もねぇぜ」
そう言ったボリスだったが、髪をオールバックに整えた事をヴィルに非難され一からやり直す羽目になっていた。
「嬢ちゃんの話を聞いた上でお嬢がやるって言ったんだ。それに何の異論もねぇよ」
今度は七三に分けたボリスだったが、ヴィルに似合わないと大笑いされ再度やり直す。
「その、なんだ……このやり取りは本能的なもんだとでも思ってくれ」
「はぁ……」
ヴィルの方を見ると、どうかしらとでも言うように肩を竦めている。
お互いがお互いに認め合ってるからこその軽口なのだろうと言う事は穂波にも分かった。問題はそれぞれが人外の力の持ち主ということで、間に挟まれるとどうしてもハラハラしてしまう事だろう。
「あー、もう、めんどくせぇ」
ビシッと整える事を諦めたボリスは適当に櫛を入れて、自然な感じに仕上がったように見えたところで手を止めた。ヴィルが口を開く前にさっさと運転席に乗り込み、乱暴に発進させる。
「順調に行きゃあ、今日中には向こうにつく。一晩寝りゃ、待望のDr.とのご対面だ」




