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吸血鬼はBARにいる 3

 誰かがグラスを置いたのか、コトッと小さな音が聞こえたかと思うと、続いて喧騒が蘇る。鳴りを潜めていたジュークボックスは音楽をかき鳴らし、客達は娯楽に興じる。さっきの静謐が嘘だったかのようにすら思える五月蠅さだ。

 穂波が唖然とした表情で辺りを見つめていると、メアリーがそっとショットグラスを差し出してきた。中には琥珀色の液体が注がれている。


「ありがとうございます」


 思わず受け取った穂波がヴィルに目をやると、彼女もまた同じ物を手にしていた。そう言えば初めて会った時に彼女が手にしていたグラスに入っていたのも、こんな感じだったように思える。


「えっと、これは?」


 穂波の問いに、ヴィルは楽しそうに答えた。


「ツイカよ。我が魂の故郷、ルーマニアのお酒」


 そして一気に呷ると、うっとりとした表情を浮かべた。


「やっぱり、これじゃないと呑んだ気にはなれないわ」


 そう言うと穂波にも飲むように促す。

 グラスを口に近づけると、フルーティな香りが鼻に届く。飲みやすそうだと思った穂波はヴィルのように一気に呷り、そして予想以上のアルコール度数に噎せてしまった。


「あら、貴方にはまだ早かったかしら?」


 ヴィルはおかしそうに笑って二杯目を嗜む。


「ちょっと油断しただけですー」


 少しムキになった穂波は、空になったグラスをメアリーに向かって差し出した。メアリーは軽く肩を竦めて二杯目を注ぐ。


「大丈夫?」

「ええ、勿論」


 からかうようなヴィルの言葉に挑戦的な笑みを浮かべた穂波は、今度は一気に飲み干した。


「ふふん」

「まだまだこれからよ」


 どうと言わんばかりの穂波に対し、ヴィルは余裕な様子で三杯目を空けて見せる。負けじとメアリーにお代わりを要求する穂波。それを見たヴィルが更にグラスを空け、また穂波がそれに続く。

 何度かそのやり取りを繰り返した後、ヴィルが感心したように言った。


「やるわねぇ」

「えへへ、どういたしまして」


 少し酔いが回っているのか、楽し気に答える穂波。


「これ、美味しいですね。ふふ、ツイカ……ルーマニアのお酒でしたっけ?やっぱり、ヴィル姉さんもルーマニア出身なんですね」

「ん?私は違うわよ」

「えっ?でも、さっき魂の故郷って……」


 小首を傾げる穂波を見て、ヴィルはおかしそうに笑った。


「そう。あくまで魂の故郷。若い頃、随分と長く暮らす羽目になってね」

「あ、ああ、だから魂の故郷か……」


 アルコールには強いつもりの穂波だったが、かなり酔いが回ってしまってるらしい。思った以上に頭が働いていない。


「そう言う事。串刺し公が色々やらかしたからね……」


 当時を思い出しているのか、ヴィルの表情はどこか懐かし気だ。


「串刺し公!やっぱり吸血鬼なんですね?」

「ええ。まあ、私とは祖が違うけどね」

「そっかー、凄いなぁ。串刺し公かぁ……」


 ヴィルを足掛かりに怪奇映画にハマった穂波である。当然吸血鬼物も一通り嗜んでおり、それこそ全ての原典とも言える作品は何度も見ている。そのモデルとなった串刺し公に対する思い入れは格別だ。


「やっぱり、強かったんですか?」

「それはまあ、歴史に名が残るくらいだからね」

「えっ、でもヴィル姉さんの方が強いんでしょ?」

「まあ、多分ね」

「……ん?多分?」


 ヴィルの言葉の意味を理解出来なかった穂波が、間の抜けた相槌を返した。


「ああ、違う違う。串刺し公と戦ったんじゃないわよ。串刺し公と、共に、戦ったのよ」

「えっ?共に?」


 まだ理解が追い付かない様子の穂波を、ヴィルは楽し気に見つめながら話を続ける。


「そう。だって考えてもごらんなさい。吸血鬼がわざわざ人間を串刺しにする必要なんかあると思う?」

「……ない、ですよね」


 回らない頭で必死に話についていこうとする穂波。


「そう。にもかかわらず、彼は串刺し公と呼ばれるようになった」

「串刺しにする必要がある程の相手と戦っていたから?」

「そう、その通り。じゃあ、その相手とは?」


 そう言ったヴィルに指差された穂波だったが、こればっかりはすぐに思い当たった。


「混沌……」

「正解」


 パチンと指を鳴らして称賛を示す。


「ただ、いくら相手が混沌でも串刺しはやりすぎだった訳よ。当然の如くその光景に人間は引いたもの。勿論、そんな人間から協力を得られる訳もなく、随分と面倒な事になったものよ。それに……」


 急に声のトーンを落としたヴィルの手の中でグラスが砕け散った。その音にメアリー達の血の気が引く。


「あの頃は私達にも結束があったのにね。今はもう見る影もない。あまつさえ、混沌に寝返る連中まで出る始末……」


 ヴィルの感情が急降下しているのは誰の目にも明らかだ。メアリー達は動揺を隠せないが、酔っていい気分の穂波に怖いものはなかった。


「嘘っ!昔話も地雷なの?ちょっと難しすぎない?」


 家でゲームでもしているかのノリで嘆いてしまう。その言葉にメアリー達は尚一層慌てるが、予想に反してヴィルは吹き出し、声を出して笑ったのだ。

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