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吸血鬼はBARにいる 2

 たちまち店内の喧騒が漏れ出してくる。

 ビール片手に談笑する者、ビリヤードに興じる若い男女、ジュークボックスが奏でるロカビリー。そこにあったのは、やはり映画のような古き良きアメリカだった。


「……凄い」


 思わず呟く穂波。何も知らなければ、昔のアメリカにタイムスリップして来たと言われても信じてしまうだろう。

 だが、そこに生きた人間はいない。どれほど本物に見えようとも、そこにあるのは作り物の世界なのだ。

 気を取り直してヴィルの姿を探す穂波は、奥のカウンターにその姿をすぐに見つけた。頭を抱えて突っ伏している。


「どうかね?」


 メアリーが入口から顔だけ覗かせて訊く。


「いや、どうと言われましても……」


 そんな穂波達の会話が聞こえたのか、ヴィルが頭を上げ穂波達へ視線を向ける。その様子を見たメアリーに緊張が走るのが、背中越しに穂波にも伝わってくる。

 だが、ヴィルはすぐに目の前に置かれたグラスへと視線を外してしまった。


「あっ、えーっと……」


 その表情は昏く冷たい物に見えるが、メアリー達が嫌がる程酷い状態とも思えない。穂波が思わぬ状況に戸惑っていると、その背をメアリーが軽く押した。


「ちょ、ちょっと、押さないでくださいよ」


 慌てて穂波が小声で抗議する。


「大丈夫だ、問題ない。イケる」


 だが、メアリーは何がどうイケるのか当の本人ですら分かっていなさそうな適当さで応えたかと思うと、穂波をさらに店内へと押した。


「ちょ……」


 抵抗も虚しく、カウンターの方へと押しやられる穂波。何せ相手は車をも持ち上げる力の持ち主である。こうなると、最早どうしようもない。

 たたらを踏むような恰好でヴィルに近付く羽目になった。


「えっと……ヴィル姉さん?」


 穂波はわざとらしく身繕い等をして見せながら、ヴィルの様子を窺う。そんな穂波の様子に、ヴィルの頬が少し緩んだ。小さく息を吐き、肩の力を抜く。


「その……さっきは、ごめんなさい……」


 少しばつの悪そうな表情を浮かべながら、そう呟く。


「あの日を思い出すとどうしてもね……」

「あっ、うん……」


 ヴィルの気持ちの全てを理解する事は出来ないだろうと、穂波は思う。幸いにも自分はまだ大事なものを喪ってはいない。だが、その不安はいつも付きまとっている。ただ心の奥底に眠らせて、目を背けるようにしているだけだ。

 そんな自分がヴィルに出会ったのは、メアリー達が言うように何か意味があるのかもしれない。


「私に出来ることがあれば……」


 いや、例え意味が無かったとしても、自分自身で意味のあるものにすればいい。


「……ありがとう。そうね、とりあえず、今日はとことんまで付き合ってもらおうかしら」


 そう言ってグラスを手に取って見せ、メアリー達が隠れている入口に向かって声をかけた。


「ねぇ、そこの二人。いい加減出てきなさいよ」


 ヴィルの言葉に、少しホッとしたような表情を浮かべた二人が店に入ってくる。


「悪かったわね」


 穂波への謝罪と比べると随分とぶっきらぼうだったが、二人には十分だったようだ。


「別にお嬢の癇癪は今に始まったことじゃねぇしな」

「うむ。いつも通りといえばいつも通りだからな」


 ヴィルの様子を窺いながらではあるが、二人は軽口で応える。


「なら、穂波を盾にするようなやり方はやめなさいよ」


 二人の言い草に少しムッとしたのか眉を寄せるヴィル。


「そうだな。それについては反省している」

「うむ。悪かったとは思っている」


 その表情を見た二人は、少し慌てて穂波に頭を下げた。


「ああ、そんな、別に大丈夫ですし」

「そうだろうとも」


 穂波の否定にサラッと乗っかったメアリーは、さっさと自分達のグラスを用意し始める。

 その様子を見ていたヴィルは、呆れたような表情を見せたがそれ以上は何も言わなかった。

 メアリーは手際よくグラスにアルコールを注いでいくと穂波とボリスの前へと滑らし、最後に自分の分を用意する。


「……いいかしら」


 ヴィルの言葉に頷いた三人が各々グラスを手に取った。


「今は亡き仲間達の魂の安らぎに」


 そして、天へと掲げる。


「献杯」


 ヴィルがそう言った瞬間、周囲の喧騒がかき消えた。驚いて辺りを見回した穂波が目にしたのは、全ての動きが止まった店内の様子だった。

 頭を垂れる者、胸の前で手を合わす者、それぞれが思い思いの姿で祈りを捧げているように見える。

 おそらく、この瞬間は街中が祈りを捧げているに違いない。そう思った穂波は、慌ててグラスの中身を呷り黙祷を捧げた。

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