吸血鬼はBARにいる 1
三人が映画館を出る。集まっていた観客達の姿はすでに無くなっていたが、辺りには夜を謳歌する人影が幾つも見える。
「この人達……みんなが?」
尋ねずにいられなかった穂波に、メアリーは満面の笑顔で答えた。
「ああ、そうさ。どうだい?凄いだろう?」
凄いかと問われれば頷くしかない。改めて見ても作り物とは思えない。
「そう……ですね」
自分達以外この街の誰もが生きていないという事実にうすら寒い物を感じた穂波。その答えがどこか歯切れの悪いものになってしまったのも仕方のない事だろう。
「でも、いったいどうやって?」
そんな内心の思いを悟られまいと、慌てて言葉を繋ぐ。
「ん?基本的にプログラムに沿って動いてるだけさ。一応、ヴィルやボリスに話しかけられたら受け答えできるようにはしてるがね」
「フン。ガキじゃあるまいし玩具になんか話しかけやしねぇよ」
忌々しそうに吐き捨てたボリスを、メアリーが憐れむように見つめる。
「全く、これだから人狼ってのは手に負えん。少しは協調性と言うものを学んだらどうだい?」
「玩具相手に協調性もクソもないだろうが」
「その考えが古いと言っているのだよ。ワタシが心血注いだかわいい子供達さ。進化しない訳ないだろう?その証拠にヴィルの周りの子達を見てみたまえ。今やどこからどうみても人間じゃないか」
その言葉に思わず頷く穂波。確かにホテルで見かけた人達は極自然にふるまっていて、全く人形には見えなかった。
「ふむ。ホナミ、キミは見所があるね。いいかい。ヴィルのようにちゃんとコミュニケーションさえ取れば、優秀なワタシの子達は応えてくれるのだよ」
自分の技術に陶酔するメアリーだったが、ボリスの反応は芳しくない。
「あの玩具共がどれほど優秀か知らねぇが、結局はお前の匙加減一つじゃねぇか。今更、お前の掌で踊るつもりなんか毛頭ねぇよ」
取り付く島もないボリスの様子に、メアリーは話にならないといった感じで肩を竦めた。
「まあ、所詮犬っころに天才を理解しろってのが、そもそも無茶な話ではあるな」
それっきり二人は視線を合わそうともせず、さっさと歩みを進めていく。そのギスギスした空気に居心地の悪さを感じる穂波だったが、二人にかけられる言葉がある訳でもなく、ただ黙って後を付いていくしか出来ない。
暫く無言で歩き続けた三人だったが、幸いにも穂波が重い空気に押し潰されるよりも先に目的のバーに着いた。
「ここさ」
そう言って入口のドアに手をかけたメアリーだったが、ふとその動きを止めた。中にいるであろうヴィルの様子を想像しているのか、渋い表情で何か考え込んでいる。
「そんな顔するくらいなら、バーテンでも使って中の様子見りゃいいじゃねぇか」
そう言うボリスの表情も冴えない。
「嫌だね。バレた時が怖いだろう」
「お前の玩具は優秀なんだろ?上手くやればいいだろうが」
「だから、嫌だって言ってるだろう。ヴィルは本当に鋭いのだよ。何故だか知らないが、ワタシが直接制御してるかどうか等、すぐにバレてしまうのさ」
悲痛ともいえるその口調からは本気で嫌がっている様子が見て取れる。
「じゃあ、諦めてさっさと開けろよ」
「……じゃあ、キミが先に入りたまえ」
そう言ってメアリーが扉の前から離れるが、ボリスは動こうとはしない。
「……」
メアリーはそんなボリスを何だこいつ、と言わんばかりの表情で見つめている。暫くはその視線を無視していたボリスだったが、すぐに耐えられなくなった。
「単にいつも通りになっただけなんだろうが……一度夢見ると、こう、何と言うか、踏ん切り付かねぇもんだな」
「全くだ……」
さっきまでの険悪な雰囲気など忘れたかのように、しみじみと頷きあう二人。
「その、なんか、すいません」
「ああ、いや、別にそう言うつもりで言った訳じゃねぇ……んだが……」
何となくいたたまれなくなって頭を下げた穂波に目を向けたボリスは、何かを思いついたらしく語尾を濁す。
「……どうかしたかね?」
もの問いたげな視線を向けてくるメアリーを手で制したボリスは、悩ましい表情を見せながら穂波に声をかけた。
「この際だから、嬢ちゃんに先に入ってもらうのはどうだろう?」
いきなり水を向けられて戸惑う穂波を尻目に、メアリーはその提案に一も二もなく飛びつく。
「ふむ。それはいいアイデアだ。そうしよう」
「え、ええー」
顔を合わせにくいのは穂波にしても同じだが、そんなに嫌がるほどかとも思う。だが、二人から向けられた期待に満ちた目を見る限り、例年のヴィルはよっぽどの事なのだろう。
「……まあ、いいですけど。何が起きても責任は取れませんよ」
そう言って入口に近づく穂波を、ほっとした様子で見守る二人。酷い事が起きるとは思っていない穂波だったが、そんな二人の様子を見ていると流石に少し不安になった。
ドアに手をかけたところで一度大きく息を吐き、心を落ち着ける。
「じゃあ、入りますよ」
誰に言うでもなくそう宣言した穂波が、ドアを押し開けた。




