貴女が私を見つけた日 14
「まあ、いいさ。なんにせよ、生きているということはいい事だよ。死んでしまったらおしまいだからね。もっとも、ワタシ達が生きていると言えるのかどうかは別だがね」
おかしそうに笑う。
「どう言う事ですか?」
その言葉に不穏なものを感じた穂波が恐る恐る訊いた。
「別に大したことじゃないさ。ただ、ワタシ達はその存在すら綺麗さっぱり消し去られたというだけだよ。まるで最初から存在しなかったかのようにね」
そういいつつ両手を広げ、穂波に自分の存在をアピールして見せる。
「勿論、『ティア・ドロップ』だって存在していない訳さ。全米の何百館という映画館で何千万人かが観たであろう映画だというのに、だ」
楽しげに話を続けているその姿は、後悔を身にまとうボリスとは違い、どこかこの事態を面白がっているようでもある。
「全く、ワタシとしたことが混沌の影響力の大きさを見誤っていたものだよ。マスターフィルムはおろか、現物も、データも、全て綺麗さっぱり消えてなくなったのだから。まさか、ここまで世界に変化を及ぼせるなんて思いもしなかったさ。ま、誰も想像出来ていなかったからこその惨事なんだがね」
今度はお手上げとばかりに肩を竦めた。その姿にヴィルやボリスから感じられた悲壮感はどこにもない。
「そして、最も深刻だったのがヴィルさ。何せ、自らの一族や仲間だけでなく、右腕左脚まで失ってしまったからね」
「左脚もですか?」
穂波は驚きを隠せなかった。先程までのヴィルの姿は、左脚をも失っていたとは到底思えない。
「そうとも。何故だか分からないが、再生すら出来なくなったのだよ。まあ、代わりにワタシの特製義肢を付けているからそうは見えなくとも当然さ」
今度は自慢げな表情を見せる。
「失った右腕左脚、そしてそれを制御する為に神経、視覚、等々。彼女の体は随分と強化されていてねぇ。分かりやすく言えばサイボーグってところだな。陳腐な感じが出るからそうは呼びたくないんだが」
自分で言っておきながらサイボーグと言う言葉に眉を顰めるメアリー。
「そのせいか鏡に映ったり変身できなくなったり、と随分特性が変わってしまってね。ヴィルにしてみれば、それが大層ショックだったらしい」
理解出来ないとでもいうかのように首を振る。
「しかし、それはそれで有りだとは思わないかね?何も失ったばかりではない。得たものだってあるのさ。例えば日光!ヴィルは今や日の光に灼かれる事はないのだよ!これは凄い事だと思わないかね?」
そう言いつつ同意を求めるように二人を見るが、答えようのない穂波はともかくボリスも同意する気は無いらしい。
「お嬢にしてみれば、失ったものの方が多いって事だろうよ」
「生物ってのは進化する事で生き残っていくものさ。ならば、吸血鬼だって進化すべきだよ。ヴィルはその先駆けだね」
「機械に置き換わる事を進化とは思いたくないね。お前と違ってな」
「その考えが古いと言っているのだよ」
呆れた表情でボリスを見るメアリーだったが、ボリスに意見を変える様子はない。同意を得られないと分かったメアリーは軽く肩を聳やかして話を続ける。
「天才はいつの世も理解されないものだね……残念な話だよ」
大袈裟に嘆く。
「それはさておき、そんな訳であの頃のヴィルは生きる屍って言葉がぴったりなくらい、どうしようもなかったのさ。ワタシと脱け殻とその番犬じゃあ、混沌と戦おうにもどうしようもないだろう?」
メアリーの番犬と言う言葉に、ボリスが舌打ちで不快感を示す。穂波はそこに、ヴィルとのやり取りには無かった本気の苛立ちを感じた気がした。
「だからと言う訳でもないんだが、ワタシはここに街を復活させる事にしたのさ。奴らに滅ぼされたこの街をね。死者による、死者の為の、死者の街、とはよく言ったものさ」
そう言って笑みを浮かべるメアリーだったが、穂波にはその笑顔がどこか狂気じみているようにも感じられた。
「何、ちょっとした意趣返しだよ。ある日突然、滅ぼしたはずの街が何事もなかったかのように奴らの目の前に現れるのさ。その時の奴らの顔はさぞかし見ものだろうね。だが、まだその時じゃない。その時が来るまで、ここは誰にも知られる事無く、ただ死者達が偽りの日々を繰り返す」
誰にも知られる事無く一つの街が存在し続ける、そんな事が可能なのだろうかと不思議に思う穂波。だが、メアリーの表情を見る限り、冗談を言っているようには到底思えない。
「暫くはそんな偽りの日々が続いていたんだが。ある日、ワタシ達に思いもしないプレゼントが届いたのさ。誰がどうやって何の為に送って来たのか分からない。でも、それは確実にワタシ達に宛てた物だった」
そう言ったメアリーは、真剣な眼差しで穂波を見つめた。
「あの日あの時失われたはずのマスターフィルム。それが忽然と姿を現したのさ、ヴィル宛の手紙を添えてね」
そこでふと何かに気付いたかのように眉を顰めるメアリー。
「そう言えば、フィルムが現れたのもあのスタジオだな……あそこに何かあるのか?」
暫く何か考え込む様子を見せたメアリーだったが、やがて頭を振った。
「ま、今考えてもしょうがないな。もしかしたら、キミを調べれば何か分かるかもしれないがね」
メアリーに悪戯っぽい視線を向けられた穂波は、思わず体を引き椅子から落ちかける。慌てて体勢を立て直す穂波の姿を見たメアリーは、おかしそうに笑いだした。
「冗談だよ、冗談。キミに迂闊に手を出したら、それこそヴィルに殺されてしまう」
手をひらひらさせて笑うメアリーに悪びれた様子はない。どこまで本気なのか、穂波の目に映るその姿からは判断つかない。
「何にせよ、手紙のおかげかヴィルも生気を取り戻したのさ。だからと言って何か状況が変わる程ではなかったがね。ただ、偽りの生活を送る死者が一人増えただけさ」
「まあ、こうやって仲間を悼む日が出来ただけでも十分だろ」
ボリスの言葉に、苦笑しながらメアリーが頷いた。
「確かに。壮絶にダウナー入って面倒な日でもあるがね。それに、アルコールの消費が半端ない」
そして空気を変えるように、ポンと手を叩いた。
「さて、昔話はこれくらいにしておこうか。何か聞きたい事あるかね?」
そう水を向けられた穂波は、困ったように眉を寄せた。聞きたい事と言われても、情報量が多すぎて頭の中の整理が追いついていない。何せ映画を一本観た後に、もう一本分の物語を無理矢理詰め込まれたような状況なのだ。




