貴女が私を見つけた日 13
メアリーとボリスは、どちらからともなく大きなため息をつくと席に身を投げ出す。
「ううむ、いいアイデアだと思ったんだがねぇ」
「……惜しかったな」
そして二人して座席に深く身を埋めると、天を仰いだ。
「あ、あの、すいません。私が余計な事を言ったみたいで……」
理由は分からないが、自分の一言がきっかけになったことくらいは穂波にも分かる。
申し訳なさそうに頭を下げる穂波に、メアリーが笑いかけた。
「別にキミが悪い訳ではないから、気にすることはない。どちらかと言うと、キミをダシにしようとしたワタシ達のミスさ」
「悪かったな。どういう訳か、嬢ちゃんと会ってからは妙に機嫌が良かったから、つい期待しちまった」
そう二人に謝られるが、ピンと来ていない穂波は首を捻った。必死で状況を整理しようとするが、考える事が多すぎてまとまらない。
それでも、一つの結論に思い至る。結局のところ、自分はこの世界について大きな思い違いをしているのではないかと。
「えっと、ヴィルさんて、本当に闇を統べし女王、なんですか?」
穂波の質問に、ボリスが怪訝そうに答える。
「あん?今更何言ってやがる。俺の事だって狼の王って呼んだろうよ」
その言葉に、穂波は自分の迂闊さを呪う。ヴィルにばかり意識が集中していたせいで、目の前で人狼の変身を見た事がすっかり抜け落ちてしまっていた。
確かにあの変身は本物としか思えない。それでも、まだ目の前の人狼やヴィルが本物の闇の眷属とは信じられないでいた。
「それは、映画でしか皆さんを知らなかったからで……私はてっきり、皆さん俳優かと……」
ヴィルは平気で十字架に触れていたし、鏡にも映っていた。人間だと思っても仕方がないだろう。
穂波の言葉にメアリー達は顔を見合わせると、おかしそうに笑い出す。
「ふむ。なるほど。そう言う事か」
穂波の勘違いを理解したのか、メアリーが納得したように頷く。
「まあ、俳優ってのも強ち間違いではないが……」
メアリーの言葉に、ボリスが鼻を鳴らす。
「ふん。俳優なんて立派なもんじゃねえよ。普段のいがみ合いをそのまま撮られてただけじゃねえか」
「じゃあ、やっぱり……」
「ああ。俺は人狼で、お嬢は吸血鬼。闇を統べし女王さ」
ヴィルやメアリーの膂力もボリスの変身も、まさに人外の力だ。その力を目の当たりにしたうえで、本物だと言われたら信じるしかない。
自分が来た世界について分かってきつつある穂波だったが、どうしても理解出来ない事があった。
「なら、この映画は?」
「……混沌の脅威に晒された、この世界の危機を知らしめるべく作られたプロパガンダとでも言うところだね。まあ、上手くはいかなかったが」
当時を思い出したのか重苦しい空気がボリス達を支配する。エンドロールが終わり辺りが明るくなるが、三人は動こうとしない。
「いや、上手くいかなかったというのは語弊があるな。映画は完成し、大ヒットまでしたんだからね。おかげでヴィルやボリスは一躍スターさ」
少しからかうような口調になったメアリーを、ボリスが軽く睨む。
「だが、そこまでだった。さあ次とばかりに続編を撮ろうと再びここに集まった、その翌日。十年前の今日」
過去を見ようとするかのように、遠い目をするメアリー。
「何者かに襲われたワタシ達は仲間のほとんどを喪ったのさ。生き残ったのはヴィルとボリス、そしてそのボリス率いる人狼の一党だけ」
メアリーの言葉に、頭を垂れたボリスの表情が後悔に満ちる。その後悔を握り潰さんかのように力が込められた手の中で、座席の肘掛けが粉々に砕け散った。
「……おいおい」
それを見たメアリーが非難の声を上げる。
「ああ、悪い」
小声で謝ったボリスが頭を上げると、穂波と目が合った。別に責められている訳でもないだろうが、ボリスはそのまっすぐな視線に耐えられず、目を逸らした。
「まあ、その気持ちは分からないでもないよ。何せその場にいなかったキミ達は、今もこうしてのうのうと生きている訳だからね」
棘のあるメアリーの言葉だったが、そこにあるのは非難ではなく揶揄だった。
「……そうだな」
言い返すかと思いきや、ボリスはただ肩を落としただけだった。
「吸血鬼風情の風下には立たねぇと言う、下らないプライドが俺達を救ったのは事実だ。おかげで偶々あの場に居合わせずに済んだんだからな。だが、あの日あの時あの場所にいなかったことは、俺の負い目になった。お嬢に対しての、途轍もなく大きな負い目にな」
顔を上げるボリス。再び穂波と視線が合うが、今度は逸らさない。
「お嬢が何をどうする気かは分からねぇが、俺は最後まで付き合わなきゃならん。狼の王として」
穂波にはボリスにどれほどの後悔があったかは分からない。だが、今のボリスの視線からは、その後悔も乗り越えてみせるという強い意志が感じられた。
「……そんな殊勝な事考えてたとはねぇ?驚きだよ」
メアリーが驚いたようにボリスを見つめる。どうやらメアリーも初耳の話だったらしい。だが、ボリスは面白くなさそうに鼻を鳴らすと押し黙ってしまった。




