あやしい神ほどよく喋る 5
「……疲れたな……」
「全くだ……」
宵闇が迫った頃、十日間の異世界体験を終えた聖達が現世に戻ってきた。神が艱難辛苦が云々と言っていただけあって、初回からなかなかハードな展開が待っていた。
何せ合流するだけでも一苦労だったのだ。そもそもお互い連絡する手段を何一つ持ち合わせず、何がどうなっているか分からない世界で合流しようというのが無茶な話である。
今回二人が合流できたのも偶然に近い。京平が予想した通り戦国時代的な異世界だったのだが、そこには普通に妖怪も存在しており、そこで二人とも天狗に攫われたのだ。
天狗曰く珍しい格好をしていたから攫ってみたとの事だったが、そのおかげで二人は転生後三日にして合流する事が出来た。だが、結局天狗の元から逃げ出すのに四日を要してしまい、世界を堪能出来たのは三日だけだった。
「……もう、この際シュゲンジャで良くね?」
その限られた時間の中で情報収集に励んだ京平は、シュゲンジャと呼ばれる存在に行き当たっていた。京平自身が出会えた訳ではないが、話を聞く限り妖しげな術で治療を施してくれるらしい。
妖しげ、と言うのが引っかからない訳ではないが、治癒の力を持っているのであれば期待が出来ない訳ではない。
「……シュゲンジャなぁ……」
そう言われた聖は乗り気ではない様子を隠そうとしない。目的のパラディンでないのだから当然と言えば当然な話だ。
「そもそも、そのシュゲンジャの立ち位置にもよるだろ」
「立ち位置?」
怪訝そうに聞き返す京平に、聖は真面目な表情で頷いて見せた。
「ああ。俺達の世界のリアルな修験者なのか、俺達の知ってるゲーム的なシュゲンジャなのか、それとも俺達の知らないあの世界特有のシュゲンジャなのか」
「なる、そう言う事ね」
理解したとばかりに軽く頷く京平。
「まず、俺達の知らないシュゲンジャだった場合。治癒の力を持っているという話だけど、今の段階ではどこまでのものか分からないしさ。まだ『おねリン』も始まったばかりだし、焦って飛びつく必要も無いかな、と」
「確かに」
京平の同意を得て満足そうに頷いた聖は、さらに言葉を続ける。
「次にゲーム的なシュゲンジャだった場合。これはまあ、俺の微かな記憶でしかないんだが、物凄く微妙だったイメージしかない。確かに高坂の病気を治せる可能性があるクラスなのは間違いない。だけど、こう、シュゲンジャでは俺のテンションが上がらない」
京平にも聖の言わんとしてる事は分からないでもない。正直、京平もゲーム内のシュゲンジャがどんなだったかはっきりと思い出せている訳ではない。
外国人のイメージで作られたふんわりとしたクラスだったような気がする、レベルである。テンションが上がらないと言うのも頷けない訳ではないが、それを言い切ってしまう辺りが聖らしい。
「で、最後に俺達の知ってる修験者だった場合。これはもう、修業がしんどそうだから絶対に嫌だ!」
キッパリと力強く言い切った聖を、冷めた目で見つめる京平。その視線に気付いた聖は慌てて付け加える。
「ほ、ほら、リアル修験者だった場合、高坂の病気を治せるかって問題も出てくるじゃん。その辺も加味するとね……」
「役小角は藤原鎌足の病気治したって逸話あるけどな」
「役小角の逸話をリアル修験者の話だと思うのはどうかと思うな、うん」
「まあな」
京平にしたところで、役小角云々を信じている訳ではない。
ただ、この先も転生の神と付き合い続ける事と、シュゲンジャに全てを賭けて早々に『おねリン』を終わらせてしまう事を天秤にかけた結果、少々後者に傾きかけたと言うだけだ。
「だろ?やはり、ここは『聖騎士王』を目指すしかないと思うんだよね」
「……パラディンの修業だってしんどいだろうに」
能天気そうな聖の言葉に、京平が呆れ気味に言葉を返す。
「そうか?魔術師なら学校、僧侶なら寺院、みたいな学びの場ってパラディンには無くね?じゃあ、何となく素質でどうにかなるんじゃないかなって」
どこから来るのか分からない自信に満ち溢れた様子の聖。
「自分にはその素質がある、と」
「ある、と思いたいねぇ」
勢いよく答えるかと思いきや、後半尻すぼみ気味になってしまう聖。流石に言い切るだけの自信はなかったらしい。
「ただまあ、魔術師よりかはパラディンの方が向いているとは思うんだ」
確かにその二択ならば京平もパラディンだと思う。問題は適性が共に低い可能性も大いにあるという事だが、今悩む事でもないだろう。
そもそもパラディンになろうとしている事自体が荒唐無稽な話なのだから。
「まあ、まだ一回目だし。焦る事もないって」
聖のその言葉に、京平はきまりが悪そうに頭をかいた。
「いや、俺、二回使ったんだよね……」
「はっ?何で?」
「いや、一回目は女湯の真っただ中に出たから、すぐに還ったんだよ。で、何か課金ガチャで同じ世界に行けるって言われたから、もう一回行ってみた」
何でもない事のように言った京平に、当然の如く聖が噛みついた。
「は?何だよ、それ。何でそんないいとこに出たのに、すぐ還ってんだよ!」
薙刀構えた女性が迫って来る所をいい所と言えるのか、と言い返そうとした京平だったが、結局面倒になって相手にしない事にした。
なおも文句を言おうとした聖だったが、ふと違和感を覚える。こんな展開なら入ってきてもおかしくない神の茶々が、全くない。部屋の中は随分と静かだ。
京平に目をやると、同じように違和感を覚えたらしい。不審げな表情を浮かべている。
心なしか部屋の空気も張り詰めている気がするな、と思いながら部屋の中へと目を向けた聖。その途端、冷たい視線が自分たちに向けられている事に気付き、京平と共に思わず後退った。




