貴女が私を見つけた日 12
「……あ、あの……」
恐らく三人にとってはいつもの事なのだろうが、部外者である穂波にしてみれば落ち着かない状況である。何とか空気を変えようと、ヴィルに声をかけた。
「……何?」
相変わらずそっぽを向いたままだが、声に棘はない。ホッとした穂波は、気になっていた事を質問する。
「最後、アリスさんは何て言ったんですか?」
印象に残るラストシーンだったが、台詞は記憶になかった。
「……さあ、なんだったのかしらね。私には分からないわ」
少し間をおいて返ってきたヴィルの答えは、どこか素っ気ない。
「最後の台詞はアリスが考えた物だし、秘密にしたのは監督の演出だったから」
さらに暗い声で付け加える。
覚えていないだけかと思っていた穂波だったが、どうやらそもそも隠されていたらしい。
「そう、ですか」
だが、例え声に出さなかったとしても、目の前のアリスの台詞が分からない等という事があるのだろうか。
疑問に思う穂波だったが、もしかしたら答えたくない事情があるのかもしれないし、本当に分からないのかもしれない。
だとすれば、これ以上踏み込むべきではないのかも知れない。
そう思った穂波は明後日の方向を向いたままのヴィルを見つめるが、その背から心の内を窺い知ることは出来ない。
「わざわざ監督が隠したということは、観客の感性に任せたということじゃないかね?」
少し慌てた感じでメアリーが口を挟んできた。ヴィルの様子を気にしながら、言葉を続ける。
「一応、世界に訴えかけていこう、というノリの話ではあったのだしな」
「……そうね。何の意味もなかったけど」
何とか場を明るくしようとしたメアリーの努力も空しく、ヴィルの声音はますます暗く沈鬱な物となっていった。
「そう……何の意味もなかったのよ」
聞いているだけの穂波ですら、胸が締め付けられ苦しくなる。そんな声だ。
「それは……」
言葉を継げなくなったメアリーがボリスと顔を見合わせた。明らかに動揺している二人は、表情でお互いに何とかしろと場の後始末を押し付け合う。
「意味がなかったって、どう言う事ですか?」
状況が分からない穂波が、不思議そうに尋ねる。映画の話でヴィルが暗くなるのも分からなければ、それでメアリー達が動揺するのも分からない。
「……そのままの意味よ」
顔を背けたままヴィルが立ち上がった。その左手は胸元の十字架をきつく握りしめている。
「私達は何も為せなかった。混沌は世界を侵し、混乱と破壊を撒き散らす」
「えっ?」
苦悩に満ちたヴィルの言葉が穂波の胸に引っかかる。
『混沌は世界を侵し、混乱と破壊を撒き散らす』
それは、アリスが闇を統べし女王に助けを求める時に発した台詞そのものだ。
「それって映画の話じゃ……」
「あの人はそれを世界に知らせようとした。それに抗おうとした」
穂波の質問には答えず、ヴィルがスクリーンに目を向ける。
本編は終わり、既にエンドロールへと移っていた。ヴィルは次々と映し出されるキャストの名を寂しげに目で追っていく。
「あの人は言ったわ。私達闇の眷属が力を合わせれば、きっと混沌にも打ち勝てるって。そんな話、最初は誰も取り合わなかった。それでもあの人は諦めなかった」
ヴィルがスクリーンに向けて手を伸ばす。もしかしたら、今映し出されているのが監督の名かもしれない、と思う穂波。文字が読めないのがもどかしい。
「だから、私達はあの人に手を貸す事にしたのよ。あの人が好きだったこの世界を守る為に。でも……」
スクリーンに伸ばした手から力が抜ける。
「私達は負けた。私が弱かったばっかりに……」
「それは別にキミのせいと言う訳では……」
「そうだぜ、お嬢。それを言うなら……」
フォローしようとしたメアリー達の言葉を、激しい音が遮った。ヴィルが横の座席を叩き壊したのだ。
「半身を失い倒れ伏している間に、一族を、仲間を喪った。そんな私以上に無様な奴がいるかしら。何が闇を統べし女王よ。聞いて呆れるわ」
「それは俺達が……」
なおも言い募ろうとするボリスだったが、ヴィルがそれを許さない。
「黙れ、駄犬。貴様等に期待した……いや、元より貴様等になぞ、何の期待もするべきではなかった。私達……いや、私が何とかすべきだったのよ」
そう言ってボリスを睨みつける。犬呼ばわりされたボリスだったが、いつもの様に言い返そうとはせず、ただ諦めたように肩を竦めるだけだった。
完全に蚊帳の外に置かれた穂波は、呆然とした表情でヴィルを見つめている。状況が全く理解できていない。
「言ったでしょ、穂波。私はジェーン・ドゥだって。今の私は、何者でもない単なる死体なのよ」
そう言い捨てると、ヴィルはサッと身を翻し劇場から出ていってしまう。穂波達はそんな彼女を見送るしか出来ない。
乱暴に開け放たれたドアが、軋みながら閉まった。




