貴女が私を見つけた日 11
そして、本編が始まった。
「それで、どんな話が聞きたいのかしら?」
始まって早々、少し困った様子でヴィルが穂波に尋ねる。そもそも解説するつもり等なかったのだから、何のアイデアもあろうはずもない。
「えっと、何でも。どんな話でも聞きたいです」
それは穂波も同様で、明確に聞きたい話がある訳ではなかった。せっかくなので何か面白い話が聞けたらラッキー、位の軽い気持ちだ。
「そう。じゃ、適当に話すわね。面白く無かったら遠慮なく黙れって言って頂戴。そうすれば黙るから」
そう前置きしたヴィルは、思いつくままに話し始めた。
ロケ地の事、出演者の裏話、撮影時に起きたちょっとした事件、と言ったとりとめのない話ではあったが、穂波にしてみれば映画の裏側を垣間見れるような内容でどれも興味深い。
特に女王の従者であるシエナと、闇の眷属に協力を求める人間の少女アリスに関しては、思い入れも深いのか話が尽きない。ボリスやメアリーの覚えもいいようで、二人の話題が出ると待ってましたとばかりに口を挟んでくる。
「良く見ときな、嬢ちゃん。エレガントってのはシエナみたいな奴の事を言うんだ」
確かにシエナの動きは一際洗練されているように見えるが、ヴィルもそれほど劣っているようには見えない。穂波がそう言ってみると、ボリスはおかしそうに笑った。
「誰かさんは何回もNGを出したうえで、あれ、だからな。その度にこっちはボッコボコにされるんだぜ。たまったもんじゃない」
「あら、同じだけ私達も噛みつかれて引き裂かれてるんだから、おあいこでしょ」
ヴィルがムッとした表情で文句を言うが、ボリスは取り合わない。
「基本的にどつき合いのシーンでNG出したのお嬢だけだぜ。エレガントじゃないって言われてな」
「……あの子は少し非力だったからそう見えるだけよ」
「非力ったって、鉄の棒を曲げられるか結べるかの差だろ?こっちからしてみりゃ、大して変わらねえさ」
「……全力で殴ったら一発で済むのだから、それでいいじゃない」
不満気なヴィルに、メアリーが追い討ちをかける。
「いい訳ないだろう。ワタシの傑作である混沌ちゃんを完全に破壊したのはキミだけなのだよ」
敵である混沌の魔物は、SFX担当のメアリーの手によるアニマトロニクスで撮影したと言う。その出来は素晴らしく、ロボットだと聞かされてから改めて見ても作り物とは思えない。それこそ、メアリーが言ったヴィルに破壊された瞬間も、生き物が殴り殺されたようにしか見えない程だ。
「他のみんなが非力なだけよ」
半ば開き直ったようなヴィルの物言いに、穂波が思わず吹き出す。それを見たヴィルの表情は、なお一層不満気な物へと変化した。
「馬鹿力はもっと手加減を覚えろということだよ」
「レディに向かって馬鹿力はないでしょ」
「レディなら、もっとエレガントに振舞えって事だ」
ボリスの言葉で話が振出しに戻ってしまったことを悟ったヴィルは天を仰ぎ、これ以上の抵抗を諦めた。
「そうそう、このシーンはね……」
そしてシーンが変わった事を幸いと、話題を変えてしまうのだった。
こうしてヴィルの解説と言う名の四方山話はいつしか三人の昔話となっていった。それは正に撮影当時を思わせる空気感で、聞いているだけの穂波が自分もその場にいたような気になる程だった。特にヴィルとボリスは、作中の吸血鬼と人狼の関係そのままに、事あるごとに憎まれ口を叩き合っていた。
そして物語は進み、クライマックスへと差し掛かる。
流石に三人もくだらない話は止め、映画に集中する。
紆余曲折がありつつも闇の眷属達は力を合わせ、混沌の魔物を退ける事に成功する。だが、既に混沌の手に落ちつつあった人間達は闇の眷属を認める事はなかった。そして、そんな闇の眷属に助力を求めたアリスの事も。
闇の眷属共々追われる事となったアリスだったが、最後に女王の前で涙を拭い、こう言うのだった。
「大丈夫。それでも……は愛おしい」
「そうだ……『ティア・ドロップ ~天使の涙~』だ」
急に頭に浮かんできたずっと思い出せなかったはずのタイトルに、穂波は思わず声を上げた。次の瞬間、三人の視線が自分に突き刺さるのを感じた。
「あっ、すいません」
三者三様の何言ってるのこの子と言う視線に、縮こまる穂波。
「天使の涙って何かね?」
メアリーが身を乗り出しながら訊いてくる。表情から察するに、後の二人も同じ事を思っているらしい。
「えっ?あ、あの、私が見たのは、そんなタイトルだったんですけど……」
「……あり得ないな。あり得ないくらいダサいサブタイトルを付けられたものだ」
メアリーの言葉に、ヴィルはため息で同意を示す。
「アリスの涙なら天使の涙ってのも悪くないんじゃねぇか?」
ボリスの感想は少し肯定的だったが、ヴィルはそれが気に入らなかったらしい。
「あら。私も泣いたわよ。シエナを亡くしたシーンで。じゃあ、私の涙の事かも知れないじゃない」
心外だという表情でアピールするヴィルだったが、ボリス達に簡単に切って捨てられる。
「お嬢のは天使の涙というよりかは、鬼の目にも涙って奴だな」
「或いは鰐の空涙とかな」
「……それはあんまりじゃないかしら」
ヴィルは不貞腐れてそっぽを向いてしまうが、ボリス達は構わず似た慣用句を言い合っては笑っている。




