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貴女が私を見つけた日 9

「さあ、さっさと着替えて映画を見に行きましょう」


 そんな穂波の様子を知ってか知らずか表情を緩めたヴィルは、雰囲気を変えるように明るく言った。


「貴方にはどれが似合うかしら」


 部屋中に広げていたドレスの間を歩き回っては、穂波とドレスを見比べている。


「あ、いや、出来れば普通な感じのがいいんですけど……」


 小声でアピールする穂波。ヴィルが用意しているドレスは、それこそスターがレッドカーペットの上を歩く時に着そうな大胆なデザインの物からシンプルな物まで千差万別だ。どれもこれも似合う自信はないが、まだシンプルなデザインの物の方がマシな気がする。


「普通?」


 穂波の言葉にヴィルが小首を傾げる。穂波の好みが分からなかったので様々なデザインのドレスを適当に引っ張り出してきたのだが、普通と言われるとそれはそれで選ぶのが難しい。


「その……もっと普段着的な感じで……」

「どうして?せっかくの日なのだから、ちゃんと着飾らないと」


 取り付く島もない感じで答えたヴィルだったが、あまり派手な物は好まないのだろうと理解した。暫く悩んで選び出したのはシンプルなデザインのドレスだった。


「これなんかどうかしら?」


 ヴィルの提案に一も二もなく飛びつく穂波。肩や腕は大胆に露出しているが、ショールや手袋で隠せることを考えれば、奇抜に片足を突っ込んでいるようなデザインのドレスとは雲泥の差がある。


「そう。なら、私は……」


 穂波にドレスを手渡したヴィルが自分のドレスを選び始める。その時、部屋の扉がノックされた。


「えっ?」


 玄関の扉ではなく、自分達が居る部屋の扉がノックされた事に驚く穂波だったが、ヴィルは平然とどうぞと応えた。

 入ってきたのはベルガールだ。ヴィルの右腕を捧げ持っている。


「ありがとう、クリスティナ」


 新しい腕を受け取ったヴィルは、早速付け替える。クリスティナはその様子を見守っていたが、ヴィルが新しい腕に満足する姿を確認すると、一礼して部屋を出ていこうとした。


「待って。ついでで悪いんだけど、穂波の準備を手伝ってくれるかしら」


 ヴィルの言葉に問題ないと頷いたクリスティナは、穂波を鏡台の方へと促す。

 鏡の前に座らされた穂波は、されるがままに変化していく自分の姿を鏡越しに見ていた。クリスティナの腕がいいのか、自分でも驚く位いい感じに仕上げられていく。


「あの……映画見るだけなんですよね?」


 自分の準備を始めたヴィルに訊く。


「そうよ。どうして?」

「あ、いや、こんな格好した事なくて……」


 鏡の中の自分は、ドレスまで着せられすっかり別人のようだ。まさに馬子にも衣裳じゃん、と気恥ずかしさはあるが、正直満更でもない。


「映画を見るからこそよ」


 ヴィルの答えに、今ひとつピンとこない穂波は首を傾げる。


「あら、似合ってるじゃない。良かったわ、サイズも合ってるみたいで」


 そう言われてみれば、と穂波が改めて自分とヴィルを見比べる。てっきりヴィルのドレスだとばかり思っていたが、モデル並みのスタイルの彼女のドレスが自分に合う訳がない。確かによく見れば、用意されていたドレスはどれもヴィルの物にしては小さい。


「……着てくれる人がいて良かったわ」

「えっ?」


 ヴィルの呟きを穂波は聞き逃してしまう。聞き返した穂波に、ヴィルは何でもないという風に首を振った。


「もう少し待ってくれるかしら。私の方もすぐに済ませるから。ありがとう、クリスティナ。もういいわ」


 その言葉に、クリスティナは一礼して去って行った。頭を下げて彼女を見送った穂波は、何とはなしに身支度を続けるヴィルを見つめる。

 自分を手伝ってくれたクリスティナの腕も見事だったが、ヴィルも負けず劣らずの腕だ。流石は女優、と穂波が感心している間に、ヴィルも身支度を終えた。


「お待たせ」


 女王とはまるで印象の違う姿ながら、それでもやはり気圧されてしまう。


「まるで姉妹みたいね」


 鏡の前で穂波と並んで立ったヴィルは、そう言って満足気に頷いた。どうやらヴィルの方のドレスもそれっぽく合わせてくれたらしい。姉妹は言いすぎな気がしなくもないが、言われて嬉しくない訳がない。

 そして何より、ヴィルは鏡に映っている。


「光栄です。ええっと、ヴィル姉さま」


 穂波にしてみれば雰囲気につられて思わず口にした姉さまという単語だったが、思いのほかヴィルには刺さったらしい。


「姉さま、か。いいわね。ずっとそう呼んでくれるかしら?」

「え、ええ。勿論ですわ、ヴィル姉さま」

「妹なんだから、もっと気楽にしてくれたらいいのよ」


 ヴィルは口調まで固くなった穂波をおかしそうに見ている。


「えっ、あっ、はい、じゃなくて。うん、ヴィル姉さま」


 それはそれで難しいんだけど、と思う穂波だったが、ヴィルに喜ばれたのは僥倖と言えよう。このまま妹役をこなしていけば、ヴィルの元でこの世界を深く知ることも出来るだろう。それに、ヴィルの妹分と言うのも案外楽しそうだ。


「それじゃ、行きましょうか」


 そう言って部屋を出ようとするヴィル。穂波も後を追うが、慣れない高さのヒールに派手によろけてしまう。


「大丈夫?」


 思わず足を止めたヴィルに対し、穂波は何でもないと言った感じで手を振って見せた。


「……うん。大丈夫、大丈夫。もうちょっとしたら慣れる」


 その言葉通り数歩はフラフラしていた穂波だったが、すぐにしっかりとした足取りで歩きだした。

 感心した様子のヴィルに、穂波は照れくさそうに笑う。


「……体幹には自信が有るんで」

「なるほどね」

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