貴女が私を見つけた日 4
近くで所在なさげに女王の戦いっぷりを眺めていた人狼だったが、そんな穂波の様子に気付いたのか何とはなしに声を掛けた。
「……エレガントって何だろうな」
まるで独り言を話すかのような口調に、穂波は自分に話しかけられたと思わず、反応が遅れた。
「えっ?あっ、いや、どう、でしょう……」
お陰で支離滅裂になってしまった穂波の答えだったが、人狼は気にせず言葉を続ける。
「お嬢のあの姿、どう思う?」
「えっ?」
質問の意図が掴めない穂波は、恐る恐ると言った感じで人狼の様子を窺う。下手に答えると噛み殺されるんじゃないか、と言う怯えが表情に出てしまっていた。
「ああ、単純に俺達以外の意見を聞いてみたかっただけだ。別に取って食ったりしねぇから安心しな」
さっきまで狼だった男にそう言われても安心出来るものではない。とは言え、答えない訳にもいかない。
「そうですね……何と言うか……狂暴?」
逡巡した割にはストレートな穂波の物言いに、人狼は思わず噴き出した。
「狂暴!狂暴か。確かに、違いねぇ。連中、馬鹿力に物を言わせて、ゴリゴリに削りに来るから手に負えねぇんだよな」
納得の表情で頷く人狼に、女王は不満気な様子を見せる。
「ちょっと、聞こえてるわよ。レディに対して馬鹿力はないんじゃない?」
「じゃあ、ちっとはエレガントに振舞えよ」
「あら?十分エレガントだと思うのだけど」
そう言った女王の右手は怪物の胴体を貫いている。そしてそのまま怪物を真っ二つに引き裂いてしまうと、女王は返り血を浴びながら二人に笑いかけた。
「ね?」
「いや、それをエレガントだと思っているのなら、一度ちゃんと調べた方がいいぞ。辞書か、頭の中を」
「どういう意味よ」
引き裂いた怪物の半身を無造作に投げ捨てる。血飛沫を撒き散らしながら宙を舞ったその死体は、鈍い音と共に穂波の足元へと落ちた。
「!」
いきなりの事に固まった穂波に代わって人狼が抗議の声を上げる。
「おいおい、危ねぇだろが。嬢ちゃんに当たったらどうするつもりだ」
だが、女王は意に介する様子もない。
「大丈夫よ。ギリギリ当たらないように狙ったもの」
「……うう。狂暴って言ったの、根に持たれてますよね……」
小声で人狼に訊いた穂波だったが、女王にも聞かれてしまう。
「あら。レディはそんな小さな事で根に持ったりしないわよ」
「じゃあ、根に持たれてるな。何てったってお嬢はレディじゃねぇ」
「言ってくれるわね、犬っころ」
「だから犬じゃねえって言ってるだろうが」
女王は暫く人狼と睨み合っていたが、やがて一度頭を振ると怪物退治へと戻った。
力任せに一体、また一体と始末していく女王。だが、混沌の怪物達の数はそんなに減ったようには見えない。
「これじゃ埒が明かないわね……」
そう言って残りの魔物をうんざりした表情で見遣る。
「ならば、ショットガンモードを使ってみたまえ。その腕の新機能だ」
いつの間にやって来たのか金髪の女性が戸口に立っていた。何か含みがありそうな笑顔で女王を見ている。
一見科学者を思わせる出立の彼女だったが、女王達と同じく全身を黒でコーディネイトしていた。
「ショットガン?」
訝し気に訊き返す女王に対し、女性は一つ頷くと右手を前に突き出して見せた。そして女王に同じ体勢をとるように表情で指示する。
「?」
首を傾げながらも右手を前に突き出す女王。
それを見た女性は満足げに一つ頷くと右手の指を鳴らした。同時に穂波達の耳に甲高いチャージ音が聞こえてくる。
「危ねぇ」
人狼が穂波を抱えて床を転がった。その背後で女王の右腕は眩い閃光を発したかと思うと、無数の弾丸となって飛び散る。
「!?」
弾丸は正確に混沌の怪物たちを撃ち抜いていき、部屋中に大輪の血の花を咲かせた。怪物達はその殆どが単なる肉片と成り果て、床に崩れ落ち、或いは壁へと張り付く。
「素晴らしい!」
女性が満足げな様子で手を叩く。入口の方へも血や肉片が襲い掛かったはずだが、女性の前に現れた半透明の障壁のような物に阻まれ、彼女には届いていない。
「……何がよ」
流石の女王も余りの状況に唖然とした表情を隠せない。肘から先がなくなった腕と周囲とを交互に眺めている。
「何って、ショットガンの威力だよ。見たまえ。完璧じゃないか」
障壁を解いた女性が部屋へと足を踏み入れた。足元で肉片が潰れるが構わず歩みを進める。
「威力はいいわ。でも、どうして私が制御出来ないのかしら」
女王の文句はもっともだったが、女性は意に介す様子もない。
「すまなかったね。いやなに、折角だからと開発途中の腕を持って行かせたのだが、キミが全てを制御出来るようにするには時間が足りなかったのさ」
「……完成している物を持って来させればいいでしょうに……」
呆れたように言う女王に対し、女性も呆れたように答えて見せた。
「言ったろう?折角だから、と。久しくなかった実戦なのだから、新型を投入したくなるのは技術者として当然の事さ」
そう言いつつ部屋の中央に立った女性が辺りを見回す。見える範囲に動いている怪物は一体もいない。満足げに頷くと足元の比較的原形を留めている死体を観察し始めた。
「ふむ……確かにデータベースには存在しないタイプではあるか……混沌側の存在には違いないな……」
死骸を手際良く解体し、何やら調べていた女性がそう結論付ける。




