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貴女が私を見つけた日 3

「良かった。じゃあ、もう少し待っててくれるかしら」


 そう言って立ち上がろうとした女王に対し、数体の怪物が襲い掛かった。女王の意識が自分達から穂波へと移った事を感じ取り、好機と見たのだ。


「すぐに済ませるから」


 だが、女王は次々と襲い来る怪物達をいともたやすく叩き伏せていく。それでも、怪物達は怯まない。

 第一波の最後の一体が頭を握り潰されると同時に、次の一団が襲い掛かる。その中の二体は女王を避けようとするかのように左右に大きく分かれるルートを取った。


「チッ、姿は違えど性根が腐ってるのには変わりないわね」


 正攻法では敵わないと、穂波に狙いをつけたのは明白だ。女王は穂波を狙う敵との距離を測る。厳しい位置関係ではあるが、全力で動けば何とかなりそうだ。

 表情を引き締め左手を進む怪物へ向かおうとした女王は、遠目に広間を駆けて来る黒い影を見つけた。瞬く間に、アタッシュケースを咥えた大きな狼が飛び込んで来る。


「少し遅いんじゃないかしら」


 慌てる必要がなくなった女王は、軽やかなステップで左の怪物に近づき捕らえた。それを見た狼は穂波を狙うもう一体の怪物に向けてアタッシュケースを投げつけ、女王に向かって不満そうに唸り声を上げる。それでも女王の期待通り、予想外の一撃に足を止めた怪物に襲い掛かり、たちまち噛み殺してしまった。


「……悪かったな。荷物運びは俺の仕事じゃないんで、手間取っちまった」

「あら?お使いは犬の本分じゃなくって?」


 揶揄うような女王に対し、狼は最大級の不満を咆哮で示した。


「犬じゃないと何度言えば分かる」

「あら、ごめんなさい」


 女王はおかしそうに笑いながら捕えていた怪物を縊り殺す。尚も不満げな唸り声を上げていた狼だったが、女王は意に介さない。最後に一声、苦々しく吠えた狼は足元に転がっていたアタッシュケースを女王に向けて蹴り飛ばした。

 ともすれば殺意を感じるレベルの速度で滑って来たケースだったが、女王は事も無げに足で止める。


「相手に渡すまでがお使いよ」

「無事受け取ってるだろ。なら、問題ない」


 狼の言葉に肩を竦めた女王は、蓋を軽く蹴って開け、中身を確認する。


「……何かしら、これ。見た事ないんだけど……どうして、いつものを持ってこれないのかしら」


 初めて見る新しい腕に眉を顰める女王。


「その文句はメアリーに言ってくれ」

「それもそうね」


 女王は垂れ下がっていた右腕を無造作に外すと、ケースに入っていた新しい腕を付けた。人工皮膚でコーティングされていない金属剥き出しの腕だったが、不思議と似合って見える。女王は二度、三度と手を握っては開いてを繰り返し、体に馴染ませようとしていた。


「私の力に耐えられるだけでいいのに……」


 右手を天に翳しながら女王が呆れたように呟く。その呟きに、狼もまた呆れたような口調で口を挟んできた。


「メアリーが普通の物を作ると思うか?」

「それもそうね」


 あっさりと納得した女王は、残りの怪物達へと向き直った。


「じゃ、次は番犬をお願いするわ」

「だから、犬じゃねぇって言ってるだろうがよ」


 そう毒づいた狼だったが、穂波を庇うように立つ。


「……えっ?狼の……王?」


 勿論、穂波に狼の見分けがつくわけではない。だが、この世界で吸血鬼の女王と対等に話す狼が居るとすれば、それは人狼を統べる王としか考えられない。

 だが、闇の眷属の中でも特に激しく反目し合っていたのが吸血鬼と人狼だ。クライマックスを迎える頃には何とか協力し合うようにはなっていたが、それでも目の前の二人のように軽口を叩きあえるような間柄ではなかった。


「あん?何でこいつがその呼び名を知ってるんだ?」

「不思議でしょう?その子、私の事も闇を統べし女王って呼んだのよ」

「……おかしな事もあるもんだな。てっきり、全部消し去られたもんだと思っていたんだが……」


 自分を見つめる狼の視線が鋭くなったのを感じた穂波は、思わず身を竦ませる。


「でしょう?それにね、その子、穂波って名乗ったのよ。松永穂波って」

「あん?ホナミ?」


 女王の言葉にピンとこなかったらしい狼が、戸惑ったように聞き返す。頷く女王を見た狼は、何かを思い出そうと宙を睨んだ。


「ホナミ……ホナミ……ああ、あれか」


 何かを思い出したらしい狼は、改めて穂波に視線を向ける。暫くそのまま穂波を見つめていたが、やがて鼻を鳴らすと怪物達へと向き直った。


「ま、そう言う事なら、怖がりもしねぇだろ」


 そう言って一声吠えると、人へと姿を変える。現れたのは女王と同じように喪服を思わせる服に身を包んだ男性だ。

 正直なところ、女王の印象が強すぎて作中の狼の王の姿は全く記憶に残っていない。だが、こうやって見てみるとなかなかのナイスミドルである。


「イケオジ」

「何だって?」


 思わず出た穂波の呟きに人狼が反応する。穂波は慌てて何でもないという風に首を横に振った。


「普通は狼が喋ってる時点で怖がると思うんだけど」

「だから、おお……あ、いや、いいのか」


 いつも通りの文句を言いかけた人狼は、女王に引っ掛けられた事に気付き顔を顰める。その表情を見た女王は楽しそうに笑っていた。


「いつまでも笑ってねぇで、さっさと済ませちまえよ、お嬢。もうじき日が変わるぞ」


 人狼のその言葉に、女王の表情がさっと変わる。


「そうね。大事な日をこんな連中と迎えるなんて、御免蒙るわ」


 先程までとは打って変わって厳しい表情を見せた女王は、常人離れした動きで怪物との間合いを詰めた。走るでもなく、跳ぶでもなく、まるで地表を滑るかのような動き。そのまま手近な標的から殴り倒し、蹴り飛ばしていく。


「……」


 その様子を唖然とした表情で眺めている穂波。映画の中で見せていた洗練された殺陣には程遠い、力任せの戦い方である。

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