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あやしい神ほどよく喋る 4

「ンフ、フンフーフンフンフーフフフ、フンフーフ、フンフフ、無いけどね」


 ご機嫌に歌を歌いながら、神が料理を作っていた。


「こんなに美味しく出来ちゃった」


 満足気に鍋を見る神。中はコクのありそうな焦げ茶色のソースで満たされている。


「まあ、牛肉も玉葱もなかったので、単なるデミグラスソースな訳なんですが……」


 満足気な表情のまま、何やら思案している様子の神。


「……どうしたものか」


 このまま白飯にかけて食べるか、何かソースに合う一品を用意するか悩んでいるらしい。だが、何か一品作れるような材料が冷蔵庫の中にあるのならば、そもそも単なるソースになっていないはずである。


「冷蔵庫の中身位、ちゃんとしておいてほしいですねぇ」


 図々しいにもほどがある独り言を呟きつつ、大きく肩を落とす神。京平がいたら、中身を確認してから作り始めろよ、と突っ込んでいる事だろう。

 鍋はもう一つあり、そちらは赤い液体で満たされていた。


「ミネストローネも具が無ければ、ただの温かいトマトジュース」


 寧ろ、何故この状況で料理を始めたのか分からないレベルである。だが、神は何を考えているのか、真剣な面持ちで二種類の液体を凝視し続けている。

 そんな時、玄関の呼び鈴を鳴らす音が聞こえた。


「……ん?聖さん達ですかね?」


 その音で我に返った神が顔を上げる。その表情は少しばかり怪訝そうだ。


「……死んだとも、還ってくるとも聞いてないような気がするんですが……今からでも具材を買いに行った方がいいですかねぇ……」


 聖達の事などそっちのけで料理に夢中になっていたので、二人の近況は確認していなかった。勿論、一旦状況を確認すればいいだけの話である。だが、事ここに至っても自分の作った料理の活用方法に頭を悩ませ続けている神は、そんな事すら思いつかない。

 首を捻りながらも、とりあえずいそいそと玄関へと向かいだす。


「ああ!きっと、先方が気を利かせて送り還してくれたのですね。フフ、こう見えてわたくし人望、もとい神望はありますしね」


 意味不明な自画自賛だが、自分なりに納得したのか満足気に頷いている。

 そもそも部屋の中から異世界へ転生しているのだから、普通に考えれば部屋の中へ還って来そうなものであるが、そこにも思い至らない。

 更には他人の家だという認識があるのかどうか怪しい程、何の躊躇いもなく鍵を開けた。


「おかえりなさい。ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・く・し?」


 その上、扉の向こうを確認もせずに定番のボケをかましていく始末である。

 だが、扉の向こうにいた人物は、神の知らない女性だった。


「えっ?」


 思いもよらないファーストコンタクトに、二人とも驚きの表情を浮かべる。だが、女性はすぐに怯えた表情を見せ後退った。

 表札を確認すると記憶通りの部屋番号の下に丹羽と書かれている。間違いなく幼馴染である丹羽京平の部屋だ。

 次は記憶の中の京平の交友関係をさらうが、こんな中途半端にダンディなおっさんはいない。念の為、聖の交友関係もさらってみるが、やはりいない。

 京平達とは長い付き合いだ。交友関係なら、彼らの両親よりもよく知っていると言っても過言ではない。そんな自分が知らない男が、訳の分からない事を言いながら出てきたのだ。不審者、と断定したって悪くないだろう。

 その不審者を極力刺激しないよう、ゆっくりとした動きで鞄からスマホを取り出す。


「ちょっ、えっ、何するつもりですか」


 慌てた神が女性に近づこうとすると、女性はさらに後退る。その背が廊下の柵にぶつかる。いよいよ後のなくなった女性は、スマホを神に突き付けた。


「来ないで。それ以上近付いたら、警察呼ぶから」


 画面には、既に110の文字が浮かび上がっている。


「わ、分かりました。近付きません。近付きませんとも。とりあえず、落ち着きましょう」


 どこか大仰な動きで女性を落ち着かせようとする神だったが、女性は警戒を緩めない。


「誰?京平の友達?」

「友達、という訳ではありませんね」


 神のその言葉に、女性は通話ボタンに指を伸ばす。


「あー、ちょ、ちょっと待って、落ち着いて話し合いましょう」

「私は落ち着いてるし。慌ててるのそっちじゃん。めっちゃ怪しい」


 神の慌てぶりを見ていた女性は少しずつ落ち着きを取り戻していた。すぐに危害を加えられそうな様子もない。


「いやいや、わたくし、何も怪しくありません。何と言っても、わたくし、神、ですから」


 神、を強調しつつ、それっぽいポーズをとった神だったが、女性には全く響かなかったようだ。しばらくジトっと神を見ていた女性は、やがて意を決したように一つ頷き通話ボタンを押そうとした。


「あー、待って待って。やめて、待って。それだけはやめて。今、こうしてちゃんと名乗ったでしょ!」

「うん。聞いた。だから警察呼ぼうと思って」

「何でそうなるんですか!」

「友達んちから、神だと名乗る怪しい男が出てきたら、誰だってそうするでしょ」


 女性はそう言いつつ、神の姿を上から下までじっくり観察する。身形はしっかりしているものの、見れば見る程胡散臭さが増してくる気がする。


「だって、神なんでしょ。じゃ、警察来ても大丈夫じゃん」


 呼ぶよ、呼ぶよ、とばかりに、画面を神にアピールする女性。


「いや、わたくし、転生の神なので、警察に対する耐性とかある訳では……」


 何やら弁解めいたことをゴニョゴニョ言った神だったが、小声過ぎて女性は聞き取れなかったらしい。


「えっ?何の神って?」

「転生の、神ですけど」


 それを聞いた女性の顔から警戒の色が消えた。代わりに憐憫の眼差しが神に向けられる。


「分かった。警察呼ぶのはやめるね」


 神がホッとしたのも束の間、女性はササっとスマホを操作した。


「代わりに救急車呼んだげる」

「やめて下さい、すいません、勘弁してください」


 神の威厳もへったくれもない勢いでペコペコ頭を下げる様子を、女性は呆れたように見ている。


「分かった分かった。とりあえずどっちも呼ばないから。で、結局何なの?」


 そう言った女性のお腹がぐぅーっと鳴った。途端に顔を赤くして俯く。そっと上目遣いで神の方を見ると、満面の笑みで見つめられていた。


「聞こえた?」

「ええ、それはもう盛大に」

「ばかぁ。そこは嘘でも聞いてないって言うのが乙女に対するデリカシーってもんでしょ」


 顔を真っ赤にして抗議する女性だったが、神は聞く耳を持たない。


「曲がりなりにも神の一柱たるわたくしが、嘘をつくなんて、そんな大それたことが出来る訳ないじゃないですか」

「まだ言うか!」


 まだ神だと言い張る不審者に対しさらに言い募ろうとした女性だったが、もう一度お腹を鳴らしてしまい、堪らずしゃがみこんだ。


「うう、恥ずい……」


 そんな乙女の恥じらいを見せる女性に対し、デリカシーの欠片もない神はポンと手を叩いて一つの提案をしてきた。


「良かったら食事されません?ディナーと言うには少し早い時間ですが、ちょうど食事の準備をしていたところなのですよ」

「どこの世界に不審者の作った料理食べる子がいるのよ」


 そう言った女性であるが、かなり空腹なのだろう。少しばかり神の提案に心が揺れているのが、その表情に出てしまっている。


「フフ。そうは仰いますがね。こう見えましても、わたくしとある筋では少々名を馳せる料理人なのですよ」


 神がドヤ顔で女性にアピールしてくる。


「とある筋ってどこよぉ」


 そのアピールに女性は陥落寸前まで来ていた。


「出雲です」

「何で出雲なの」

「だって、わたくし、神ですから!八百万の神々の間に名を轟かせる、神在月の料理番とはわたくしの事ですよ」


 話は結局そこに行きつく為、不信感は拭いきれないのだが、その神とやらがそこまで言う料理が気になるのも事実だ。


「まあまあ、いつまでも立ち話を続けるのもあれですし、とりあえず上がりませんか?」


 神としては純粋な笑顔で提案しているつもりなのだが、一度疑いだすとどうにも信用できない笑顔だ。


「わたくし、神ですから、何の心配もありませんよ」


 そして余計な一言を付け加え、負の印象を加算してしていく。

 とは言え、女性にしてもいつまでも京平の家の前で押し問答をするのは本意ではなかった。こんな所で変な男と話している姿を誰かに見られたらと思うとぞっとする。

 頑なに神だと言い張ってくる点は不審でしかないが、それ以外は一応紳士的だ。多少……そう、例えば彼の言う料理がどの程度の物か確認するくらいなら大丈夫な気がする。


「う、うん。そうね。いつまでも廊下で喋ってちゃ近所迷惑だもんね。仕方ないなぁ。じゃ、とりあえず部屋に入ろっかな」


 渋々といった体で部屋へ向かおうとするが、すぐに足を止めて付け足した。


「別にあんたを信用したんじゃないし、ご飯を食べたいんでもないんだからね」


 そう言うと神を部屋の中へと追い立てる。


「先に入って。変な事したらすぐに警察呼ぶから」

「心配なさらずとも何もしませんて。何ってったって、わたくし」

「神なんでしょ。それもう聞き飽きた」


 早々に受け流す術を覚えつつある女性。念の為に玄関は少し開けたまま、神に続いて部屋へ入る。

 勝手知ったる京平の家だが、家主がいる様子はない。代わりに神が居る、という普通ではない状況に再び不安がもたげてくるが、敢えて考えないようにする。


「ささ、どうぞどうぞ、お座りになって待っててください」


 神はまるで我が家の様に振舞っている。女性にはそれが若干不快ではあったが、どうせ問い質したところで、神ですから、の答えしか返ってこないだろう。わざわざこっちから不快になりに行く必要もない。

 女性は廊下に一番近い位置に座ると、台所へと去っていった神を目で追う。何度か自分も立ったことのある台所だが、不審者がそこに立っているかと思うとやはり不快だ。

 だが、そんな不快感は台所から漂ってきたソースの香りでどこかへと消え去ってしまった。これは自慢するだけの事はあるかもしれない。

 少し楽しみに女性が待っていると、やがて神が戻ってきた。熟練のウェイターよろしく、それぞれの手に一皿ずつ、皿を恭し気に持って来ている。

 そこに立つ暖かそうな湯気を見た女性は、思わず喉を鳴らした。


「お待たせしました」


 そう言いながら女性の前に皿を並べる。


「何、これ?」


 女性が困惑するのも無理はない。皿に入っていたのは、神が先ほどまで用途に悩んでいた茶色と赤の液体だからだ。


「ハッシュドビーフとミネストローネです。遠慮なく召し上がってください」


 馬鹿にされているのかと頭に血が上りかけていた女性だったが、そのあまりにも自信ありげな様子に逆に冷静になる。

 これは、あれだ。本物の残念な人だ。

 そう思った女性だったが、それでもやはり一言言わずにはいられなかった。


「ミネストローネって知ってる?」


 その問いに神は自信満々に自らの供した赤いスープを指す。女性はスプーンを手に取ると、すっとスープに浸す。そしてそのまま底をさらう様にグルグルと動かした。行儀が悪いことは自覚していたが、これをミネストローネと言って提供されたなら、百人が百人とも同じ事をするだろうと、自分を納得させる。

 予想通り、スプーンは何物も発見できず、ただ空しく液体をかき混ぜていた。


「ミネストローネってね、具だくさんのスープって意味なの。具は?」


 そう言いつつ、今度は茶色の液体をかき混ぜ始めた。ミネストローネもどきより手応えはあるが、やはり具の一つも発見出来ない。


「ハッシュドビーフに関しては、ちゃんとビーフって言っちゃてるよね。ビーフは?」


 わざとらしく目を逸らして誤魔化そうとした神だったが、バンとテーブルを叩く音で慌てて女性に視線を戻した。女性は笑顔だが、笑っていない。


「私さ、最初に誰?って聞いた時から思えば、あなたに対してだいぶ妥協したと思うんだよね。こうやって不審者のいる部屋に入ってきた訳だしさ。それに対する仕打ちがこれってのはあんまりじゃない?」


 そう言って二つの皿を見る彼女の瞳には、若干の落胆の色が見える。


「決して料理につられて入ったわけじゃないよ。じゃないけど、デミグラスソースとトマトジュースでどうしろって?」


 料理につられたのは明白だったが、そんな事を口に出せる雰囲気ではない。


「さっき、何て言ってたっけ?八百万の神々の間に名を轟かせる、神在月の料理番?あなたさ、うちの神様にもこんなもん食べさせてる訳?」

「いや、それはその、冷蔵庫に材料がなくてですね、ですので、文句は京平さん……」


 京平の名が出たところで、女性はまたテーブルを叩いた。思わず神の言い訳も止まる。


「座って」


 神を下から睨みつける女性の目は、完全に据わっていた。


「えっ?いや、その……」

「座れっ!正座!なう!」

「はいっ」 


 またもやテーブルをバンバンと叩かれた神は、慌てて女性の前に正座する。


「そもそも、京平は関係ないよね?どうせ、あなたが勝手にやってるんでしょ」

「お、なかなか鋭いで……」


 何とか場を和まそうと軽口を叩こうとした神だったが、女性の冷たい視線に口を噤んだ。


「結局あなたが何者かって話になるのよね。で、誰?」

「だから、何度も言ってますように……」

「神なんでしょ。何回も聞いた」


 うんざりした女性は、諦めたようにため息をついた。


「あー、もう、分かった分かった。じゃあさ、ちゃんと説明して。私が納得できるように。今すぐ。なう」

「今すぐ、納得、ですか?」


 神のその問いに、女性は笑顔で頷いたのだった。

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