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貴女が私を見つけた日 2

「でもね、それでも貴方は帰るべきだったのよ。まあ、そいつらの仲間だと言うのなら話は別だけど」

「えっ?」


 女王が穂波の背後を顎で指す。その動きにつられて振り返った穂波の目に飛び込んできたのは、虚空から湧き出てくるかのように姿を現しつつある異形の存在だった。


「……何?これ……」


 作中の混沌の魔物は、もっと悪魔然とした姿をしていた。だが、目の前の怪物達は悪魔と呼ぶのも憚られる姿形をしている。かろうじて人型と言える者から名状し難い不定形の者まで多種多様な怪物がいるが、そのどれもが見ているだけでおかしくなりそうなパースの狂った造形をしていた。

 穂波の呟きを聞きつけたのか、獣のような姿の怪物が威嚇するように牙だらけの口で唸り声をあげる。


「っ!」


 後退ろうとした穂波だったが、腰が抜けてしまいその場にへたり込んでしまう。戦う覚悟どころの話ではない。今の自分では対峙する事すら不可能だった。


「……あら?やっぱりただのファンって事?」


 その様子を眺めていた女王が小首を傾げる。続々と現れつつ怪物達よりも穂波の方が気になるのか、視線は穂波に向けられたままだ。そんな女王に対し、怪物達は今にも襲い掛からんばかりの敵意を剥き出しにしているが、女王の方は気にした様子もない。


「外から来たのかしら?だとしたら、メアリーが気付かないって事は無いと思うんだけど……」


 穂波を見つめたまま何やら考え込んでいる女王に対し、先頭に立っていた怪物が一際大きな唸り声を上げる。それを合図に怪物達が一斉に女王に襲い掛かった。


「ちょっ……」


 女王と怪物の間で腰を抜かしていた穂波が慌てて逃げ出そうとするが、上手く動けない。先頭を走る怪物は邪魔なゴミを払い除けるかのように、その腕を穂波に対して振るった。

 次に来る衝撃を覚悟して目を瞑る穂波。その耳に遠くでヒールが床を打った音が届くや否や、吹き抜ける一陣の風を頬に感じた。何かが壊れる音と、断末魔とも言える叫び声も聞こえてくる。

 恐る恐る目を開けた穂波の視界に入ってきたのは、ドレスをたなびかせた女王の姿だ。その向こうには、殴り飛ばされでもしたのか、怪物達が折り重なって倒れている。その強烈な一撃に勢いを削がれたのか、残りの怪物達の足は止まっていた。それでも、いつでも襲い掛かれるよう、油断なく女王の様子を窺っているようだ。


「あ、あの……う、腕っ、折れて……」


 その殴り飛ばしたであろう女王の腕は、奇妙な角度で袖から垂れ下がっていた。折れた骨が何か所も皮膚を突き破っているように見えるが、よく見るとどこかおかしい。


「ほ、骨が!……えっ?違う……機械?」


 飛び出していたのは金属のパーツだった。断線して小さな火花を散らしながら垂れ下がるコードも見える。

 だが、女王は穂波の疑問に答えることなく右腕の様子を一瞥すると、やれやれといった感じで大きなため息をついた。


「ちょっと、メアリー。腕が壊れたんだけど?」


 そう誰かに話しかけた女王だったが、近くに人影はない。返事もないが、女王は気にした様子もなく、右腕へと意識を向ける。どうにか動かしてみようとしているようだが、動く気配はない。

 諦めた女王がもう一度ため息をついた時、広間へと続く扉が開いた。入ってきたのは広間に飾られていた甲冑達だ。ぞろぞろとぎこちない動きで次々と入ってくる。


「普段使いの腕は軽くしてって言ったのは、キミなんだがね。どうせ力任せにぶん殴ったりしたんだろう?じゃあ、壊れるに決まってるじゃないか」


 一団を率いるように歩いている一際立派な甲冑が、ぎこちない動きのまま肩を竦めて女王に話しかけた。聞こえてきたのは、その厳つい外見からは想像できない可愛い声だ。


「レディなんだから、エレガントに行動したまえと何度言えば分かるのかね」

「余計なお世話よ。だいたい、そこを何とかするのが貴方の仕事でしょ?」

「軽さと耐久性はトレードオフに決まってるだろ。そうそう都合よく……」


 面倒くさそうに反論しかけた甲冑に怪物が襲い掛かった。反撃を試みるがあっさりと躱され、たちまちバラバラにされてしまう。率いていた甲冑達も同様に、為す術もなくバラバラにされていった。


「……駄目じゃない」


 呆れたように言った女王に、床に転がった冑が答える。


「ふむ。所詮、撮影用のギミックだな。これでは如何ともし難い」


 笑っているのか、冑は床でカタカタ揺れていたが、それを見た怪物に踏み潰されてしまう。


「代わりの腕はボリスに持って行かせよう。後は任せる」


 同じ声が別の冑から聞こえてくる。その様子を穂波は完全に怯え切った目で見ていた。ホラー要素満載のこの空間は、怪奇物好きの穂波ですら恐怖を覚えるのに十分だった。


「別に構わないけど、今まで見た事ない連中よ?」


 そんな穂波の様子を知ってか知らずか、女王は世間話でもしているかのように床の冑と話をしている。


「勿論、気付いているとも。だが、わざわざワタシが足を運ぶには少しばかり弱いとは思わないかね」


 そう言った冑は、大袈裟に揺れて見せる。

 それを聞いた女王はニヤリと笑うと、一言付け加えた。


「それに、人間もいるわ」


 人間、と言う言葉に冑の向こうの声の持主は分かりやすく反応した。


「人間?人間と言ったのかね?」

「どこからどうやって入った?」

「街中の目には何の反応も無かったぞ」

「いや、確かにそこにはおかしな反応は確認していたが……」

「しかし、いきなりそこに人間など無理な芸当じゃないか……」


 何か考え込むように呟く冑が、次々と怪物に潰されていく。その度に、律儀に別の冑が言葉を引き継いでいった。


「やっぱり、普通に入ってきた訳ではないのね。じゃあ、この子は一体……」


 改めて穂波に目を向けた女王は、そこでようやく彼女の異変に気付き、しまったという表情を見せた。


「どうする?別に私はどっちでもいいんだけど」


 冑に対してそう言い捨てると、穂波の前にしゃがみ込んだ。


「ふむ。そういうことなら行くしかないな。せっかくワタシも行くんだ。ワタシの分も残しておいてく……」


 最後の冑がそう言いつつ潰されるが、女王は意に介した様子もなく、無事な左手で穂波の頬にそっと触れた。


「ごめんなさい。人間と会うのは随分と久しぶりなの。私達とは違うって事、すっかり忘れてたわ」


 そのまま頬を撫でる。その手は冷たかったが感触は予想外に優しく、パニックに陥っていた穂波の心も少し落ち着いた。


「まあ、私の知ってる人間達が揃いも揃って図太い連中だったというのもあるんだけどね。大丈夫?」


 心配そうに顔を覗き込まれた穂波は、小さく頷いた。それを見た女王は、僅かに表情を和らげる。

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