エンカウンター・ウィズ・ヴァンパイア 8
「やれやれ。ようやくまともに話が出来るのう。もしや貴様も……」
その言葉に一瞬どう答えるか悩んだ京平だったが、結局は頷いた。リスクはあるだろうが、まだ聞き出したい話がある。
「そうかそうか。なるほど。確かに貴様は匂いが違う」
その答えに敵は納得したように頷いた。
「匂い、ですか?」
「そうよ。貴様からは儂等の世界に近い洗練されたものを感じる。それに比べ、そこのアバズレ共の匂いと来たら野蛮の極みで鼻が曲がるわ」
顔を見るまでもなくジェノ達が殺気立つのが分かる。穏便に済ませたいと言う割に煽ってくるのは何か意図があるのかと勘繰っていた京平だったが、ここへ至ってそういう訳ではないと判断した。単に神経を逆撫でするタイプのようだ。
「なるほど。そう言って頂けるとは光栄です。しかし先程から随分とこの世界を悪し様に仰られますが、ここだってそんなに悪くはなさそうなんですけど……何か、お気に召さない事でも?」
「ふん。下賤な人間共にしてみればそうかもしれんがの。儂等にしてみれば、ここは世界の理が強すぎるのよ」
「世界の理、ですか……」
そう言えば、転生の神もそんな話をしていた気がする。てっきり物品だけに影響する話かと思っていた京平だったが、まだ自分達の知らない話があるらしい。
「そうよ。せっかく儂等の血族を増やす為に苦労してやって来たというのに、出来上がったのはこの世界の理に従った出来損ないよ。全くとんだ無駄足を踏まされたわ」
先のヴァンパイアは彼の言う所の出来損ないだったという事だろう。
「そんなに駄目だったんですか?」
「そんなによ。王都で作った分はあらかた冒険者とやらに討たれてしもうたわ。逃がしてやった奴もこの始末だしの。まあ、それ以外にも随分作ってみたが、どいつもこいつも役に立たん」
「なるほど」
「故に、儂は二度とこんな世界には来んという訳よ」
それは偽らざる本心に違いない。それ程までに目の前の敵からは、この世界への嫌悪を感じることが出来る。このまま逃がしたとしても二度と会う事はないだろう。だが……
「クソが……」
ジェノ達に逃がす気はなさそうだ。それはそうだろう。自分達の世界に災厄の種を蒔いていかれて、納得する人達ではない。
「……やれますか?」
小声でジェノに確認すると、微かに首を横に振るのが感じられた。
「無理だろうな。奴は間違いなく逃げ帰る為の手段を持っている。良くて一撃。そしてその一撃でどうこう出来る程の実力差は無い」
ジェノの答えからは、悔しさが滲み出ている。
「……すいません」
「いや、何が起こったのか概ね分かった上で奴を追い払えるんだ、十分だろ。まあ、それで納得するほど出来た人間はここにはいないけどな」
その言葉通り、ジェノ達は隙あらば斬りかかろうと構えているが、敵もさる者、油断する様子は見せない。
「やっぱり、何か足りないか……」
京平も悔しげに呟く。自分の詰めの甘さには事あるごとに悩まされる。
「では、そろそろお暇するとしようかの」
話は済んだとばかりに満足げな表情で敵は京平達を見渡す。
「ジェノ様?」
何かを確認するかのような視線を向けて来るマリエラ達に、ジェノは真剣な眼差しで応えた。
「タダで逃がす道理はないさ」
「っす」
「はい」
三人の得物を持つ手に力が入る。そこには、一太刀だけでも浴びせようという強い意志が感じられた。
「何か出来る事……」
京平も必死で頭を働かせる。僅かでも隙を作ることが出来ればあるいは、ジェノ達なら何とか出来るかもしれない。
「何とも不愉快な匂いに満ちた世界だった事よ。二度と来ることがないかと思うとせいせいするわ」
匂い。その単語が京平の心に引っかかった。そう、匂い!
「野菜わくわくセット!」
咄嗟に叫ぶ京平。その言葉の意味を理解したのは、現世でテレビを見ていた転生の神のみだった。
「はいはい、はいは一回」
神のボケが聞こえてきたかと思うと、京平の視線の先に無数の野菜が現れる。キャベツに白菜、人参、ジャガイモ、ほうれん草。ありとあらゆる野菜が、雨あられと敵の頭上へと降り注いだ。
「な……」
頭に南瓜の一撃を喰らい動揺を見せた敵だったが、すぐに立ち直る。大した痛みではないが、不愉快な事この上ない。一瞬憎々し気に京平を睨みつけるが、冷静な判断で逃げる事を優先しようとする。だが……
「なっ、この匂いっ!」
咄嗟に鼻を覆うが、既に匂いは鼻腔に侵入してきていた。動きを止めた敵の視界に飛び込んできたのは、床を転がるニンニクだ。
「く、そ……」
腹立たし気に蹴り飛ばすが、野菜は次から次へと降ってくる。勿論、その中にはニンニクも多数含まれていた。
「よし!」
京平が思わず快哉を叫ぶ。ニンニクが効くかどうかは元より、そもそもセットに含まれているかも賭けだったのだが、結果は両方勝ちだった。
そしてこのチャンスを逃すジェノ達ではない。まさに阿吽の呼吸で一斉に動き出す。
ティファナが放った斧が唸りを上げて襲い掛かる。反応が遅れた敵は左腕で体を庇おうとするが、広刃の斧はその腕を易々と斬り飛ばしそのまま胴へと食い込んだ。
「ぐっ……」
衝撃にたたらを踏む敵。その目に映るのは、盾を捨て両手で剣を振りかぶりつつ突撃してくるマリエラだ。慌てて後ろへ距離を取ろうとした敵だったが、背後に凄まじい殺気を感じ振り返る。
そこに居たのは魔法で背後を取ったジェノだ。その右手の剣が敵に襲い掛からんとするが、ジェノをして実力差がないと言わしめた敵である。素早く杖をジェノの右胸に突き立てた。
「ジェノさん!」
思わず叫んだ京平だったが、この程度でどうにかなるジェノではない。剣を捨てたかと思うと、不敵な笑みを浮かべて杖を持つ腕を掴んだ。
「残念。殺せなかったな」
何とかその手を振り払おうとするが、ジェノが放すはずもない。
「く、こんなとこっ」
焦る敵の背後に迫ったマリエラが剣を振り下ろす。その聖なる一撃は綺麗に敵を両断した。さらに返す刀で頭も斬り落とす。四分割された敵の体はゆっくりと地に倒れて行った。
「っ痛」
ジェノは胸に残された杖を引き抜くと、敵の心臓に突き立てる。
「……お返しだ」
それが止めとなり、敵の体は干乾びるように朽ちていった。




