エンカウンター・ウィズ・ヴァンパイア 7
「大丈夫か、ニワ」
声をかけつつ新たな敵へと目を向ける。
「……ええ、何とか……」
左腕は折れたか砕けたか激しい痛みに襲われているが、この世界での大怪我にはもう慣れたものである。いちいち怯んでなどいられない。
「よくやった。あと少しだ、頑張れ」
予想外の労いの言葉に驚きの表情を浮かべた京平だったが、すぐに気を引き締める。
「はいっ!」
歯を食いしばり、京平もまた敵へと目を向けた。
敵はマリエラの猛攻を受け続けているが、杖で巧みに攻撃を反らしつつ徐々に間合いを取っている。
「何だ、お前」
その見慣れぬ敵の装いにジェノが誰何するが、京平には見覚えがあった。
スーツにロングコート、そしてフェルトハット。杖の代わりにマシンガンでも持たせれば禁酒法時代のマフィアの出来上がりだ。その姿はどう見てもこの世界の者ではない。
「どういう事だ……」
思いもしなかった状況に頭を悩ませる京平。敵はそんな京平達の視線に気付いたのか、マリエラから大きく距離を取った。
「全く野蛮な世界もあったものだ。いきなり剣で切りかかって来る等、まともな人間の所業とは思えぬな」
そう毒づきながらも、わざとらしく埃を払う仕草等して見せ、余裕がある事をアピールしてくる。
「まあいい。この際だ。儂としてはお互いに無意味な争いはせずに済ませたいものなのだが、どうかね?」
ジェノの質問には答えず、逆に提案してくる。
「この状況で、こっちが『はいそうですか』、とでも言うと思ったか?」
油断なく剣を構えつつジェノが答えるが、敵に動揺はない。
「さもありなん。とは言え、今更儂らが争う意味もないのではないかな?」
「この状況を招いたのがお前である可能性がある以上、それはないな」
敵が少し考え込む。
「この状況と言うのがどこまでを含むのかは分かりかねるが、確かに責任の一端が無いとは言えぬな。ふむ……謝罪しよう。これは申し訳なかった」
「……何のつもりだ?」
意図が読めない敵の言動に、ジェノが少し苛立つ。
「聞いてなかったのか?無駄な争いはしたくないと言ったではないか。穏便に事を済ませたいからこそ、下げたくもない頭を下げてやったのだぞ」
「なら、下げる心配などする必要がないようにしてやるよ」
ここまでは余裕綽々といった態度の敵だったが、流石にキレかけたジェノの台詞には天を仰いだ。
「おいおい、勘弁してくれたまえ。どこかに話が通じる奴はおらんのか。のう、若いの」
ジェノが相手では埒が明かないと踏んだのか、京平に話を振る。
「……人の左手折っておいて話が通じるも何も無いと思いますけど」
本来ならばすぐにでも話に応じた方がいいのだろうが、左腕を襲う痛みの分だけでもと京平は嫌味で返す事を選択した。
「殺すつもりで突いたのだが……いやはや、仕損じるとは、これは申し訳ない」
軽く帽子を持ち上げ謝罪の意を示すが、その目は明らかに京平を見下している。
「……何に謝っているんだか……」
形ばかりとは言え謝罪を引き出したという点では、嫌味も意味があっただろう。後は如何に話を有利に進めるか、だ。
「悪い、気が付かなかった」
力なく垂れ下がった京平の左腕を目にしたジェノが少し冷静さを取り戻し、傷を呪文で癒す。
「ありがとうございます。……あの、ここは任せてもらっても?」
少なからずジェノ達を脅威に感じているからこそ、敵は穏便に事を済ませたいのだろう。であれば、下に見られている自分ならば油断を誘う事も出来るかもしれない。京平のそんな思いを汲み取ったのか、ジェノは小さく頷いた。
「クエストは?」
そして小声で確認する。そう言われてみると、達成を告げる神の声はまだ聞こえていない。
「まだですね」
京平の答えにジェノの表情が曇る。
「気をつけろ。それならまだ終わっていない」
そして少し離れたところで、油断なく身構えた。
「……マジか……」
人質の身柄は自分達の側にある。てっきり終わったと思っていたのだが、実際にはそうではないらしい。
「やっぱりこいつがボスかよ……」
ここを切り抜けない限り、人質の身の安全すら保証されない状況のようだ。覚悟を決め、敵との交渉のテーブルに着く。
「穏便にという割には、自分の行動が随分な敵対行動だとは思わないんですか?」
「その件に関しては謝罪したつもりだが。まあ、さっきの時点では全員殺すつもりだったので、仕方あるまい」
「そうやって敵意を明らかにしてくる相手を野放しにすると思うんですか?」
京平にしてみれば、敵は敵で話が通じない感じがしてならなかった。。
「また何処かで同じ事をする可能性だってある訳ですし」
「それはない」
即座に否定する敵。
「こんな世界、最早御免蒙る。故に、断じてそれはないと約束しよう」
敵の台詞の端々から、この世界への嫌悪感が漏れ出ている。服装の件も合わせて考えると、導き出される結論は一つだ。
「二度とこの世界へは来ないと?」
「その通り。こんな世界には、もう用は無いからの」
軽い感じで鎌をかけてみると、敵はあっさりと引っかかった。
「なるほど」
おそらく何らかの目的をもって転生なり転移なりをしてきたのだろう。問題は目的が果たされたのかどうかだが、あの様子では無理だったに違いない。そうであれば、穏便に済ませても後の災いとはならないかもしれない。だが……
京平はジェノ達の様子を窺い、そして倒れ伏す人質の娘へと目を向けた。この事態について責任の一端がある事は、敵も自白している。なら、その一端分だけでも責任を取らせなければ、この世界の住人達は納得しないだろう。
「そう言う事なら、このままお別れするのも手ですね」
態度を軟化させた風を装う。ジェノ達の表情は厳しくなるが、意図は察してくれていると信じて敵との会話に集中する。




