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エンカウンター・ウィズ・ヴァンパイア 6

「まあまあ、今更ここで無駄な血を流す事もないじゃないですか」


 ここぞとばかりに張り詰めた空気を和ませようと、明るいトーンで割って入る京平。ティファナは十分に恐怖を与えてくれた。これならば、後一押しでヴァンパイアを崩せるかもしれない。


「な、何が、言いたい」


 胡散臭げに京平を見るヴァンパイアの右手は、相変わらず人質の首にかけられたままだ。さっきから何度も、痙攣するかのように手に力が入るのが見えていた。これ以上追い詰めると暴発して人質の身に危険が及ぶことも考えられる。


「ここはお互い交渉の余地があると思うんですよ」


 ゲームでは数え切れないほどやってきたはったりだが、実際にやるとなると心臓が飛び出そうなほど緊張する。鼓動が聞こえるんじゃないかと不安になるが、必死で平静を装い話を続けた。


「我々はその子が帰って来さえすればそれでいい。だから、あなたがそこの子を解放するというのならば、この場は見逃すというのも吝かではないんです」

「ちょ、ちょっと何言ってんすか!」


 ティファナが抗議の声を上げるが、すぐにマリエラに止められた。意図を分かっての演技だと思いたいが、もし分かっていなかったら後が怖いなと京平の背筋が寒くなる。

 ヴァンパイアは思いもよらぬ提案に思わず身を乗り出したが、すぐに何かに気付いたかのように身を竦め首をひっこめた。そして恐る恐ると言った感じで何かを確認しようと視線を向けた先は、京平達の背後だった。


「……後ろに何かいます?」


 小競り合いを続けているマリエラ達に確認する。一瞬動きを止めて何かを確認するかのように集中する仕草を見せた二人だったが、次の瞬間には同時に首を横に振った。


「そうですか……」

「何かいるんですの?」


 マリエラに訊かれるが、京平にしても確信がある訳ではない。渋い顔で首を横に振る。


「一応、気を付けておくっすね。アタシらの力だって万能な訳じゃないっすし」


 ティファナの言う通りパラディンの感知が及ばない敵という事も考えられる。


「何、ひそひそ喋ってやがる。どうせ、我が逃げようとしたら背後から襲う算段であろうが!」


 ヴァンパイアはそう怒鳴ると、右手に力を籠める。慌てた京平は体の前で両手を振ってその言葉を否定する。


「いやいや、違うんです違うんです。こちらのこのお方、何と龍の巫女様なんですよ。神に仕える巫女様が背後から襲うなんてことすると思います?」


 そう言って指されたマリエラは一瞬キョトンとした表情を見せたが、慌てて胸を張りドヤ顔をして見せた。


「ジェノ様のマネのつもりっすか?後で怒られっ!」


 そう言ってからかってきたティファナの足を激しく踏みつけ黙らせたマリエラは、何とかそれっぽい表情を作りつつヴァンパイアに視線を合わせる。

 口からでまかせにも程がある内容だったが、それでもヴァンパイアを惑わすには十分だった。本格的に逃げるチャンスが生まれつつあると感じたのか、真剣に悩む様子を見せる。その右手はいつしか人質の首から外れ、自分の顎に添えられていた。


「いや、待て待て。そもそも善なる龍神に仕える巫女が我を見逃すはずないではないか!」


 そう声を張り上げたヴァンパイアだったが、そこに怒りや憤りは感じられなかった。自分を逃がす為の抜け道があるのだろう?と言う確認。それは媚びるように見上げるその瞳からも窺い知れる。


「おや?ご存じない?ならば教えて差し上げましょう!なんと、こちらの巫女様。元はヴァンパイアだったというから驚きだ!神に赦され人間となり巫女として仕えるようになった今でも、心優しいこの方に元同族を殺すなんて事出来るはずもなく!」


 もはや京平自身何を言っているのか分からなくなりつつあったが、勢いで押し切るしかないとばかりにでまかせを積み重ねていく。そもそもここへ来るまでにどれだけのヴァンパイアを切り捨てたのか当のマリエラですら分からず、殺すことが出来るも出来ないもないのだが、ヴァンパイアがそれに気付くこともない。


「ここであなたが、罪を告白し、その子を置いて立ち去るというのならば。巫女様は見事あなたが悔い改めたと涙を流しながら見送る事でしょう!」


 ティファナもマリエラも呆れかえってなおざりにしか頷いていないが、もはやヴァンパイアには関係がなかった。逃げる好機とばかりに全力で京平の話に乗ってくる。


「うむうむ。やはり、元ヴァンパイアか。そうではないかと思っておったぞ。道理で親近感が湧くわけだ」


 一瞬にしてマリエラから殺意のオーラが立ち昇るが、すぐにティファナに止められていた。


「まあ、そういうことならば、元同族の誼もある訳だし、逃がしてくれるというのならば話してやらんこともない」


 その言葉に心の中でガッツポーズをする京平。論理も整合性もあったものではない話ではあったが、とにかくヴァンパイアを落とす事には成功したのだ。


「それでは、何故このような事をしたのか、巫女様に話していただけますか?」


 仲間が動くとしたら今だろう。ヴァンパイアの口を封じるか、撤退するか、それとも襲ってくるか。京平に緊張が走る。


「いいだろう」


 そう言っておもむろに話し始めたヴァンパイアの表情が恐怖に凍り付いた。その視線はやはり京平達の背後に向けられている。


「後ろか!」


 この時には京平も既に痛いほどの視線を感じていた。盾を翳しつつ振り向こうとするが、それよりも早く強烈な一撃が襲ってくる。


「ぐっ!」


 偶然だったのか、それとも敵の狙いだったのか、その一撃は盾もろとも京平を激しく吹き飛ばした。


「キョーヘーさん!」


 ティファナが庇うように割って入り斧を構える。マリエラもすぐさま反応して斬りかかっていたが、相手は手にした杖でその一撃を受け止めていた。


「わ、我は逃げるからな……」


 恐怖から脱したヴァンパイアは人質の手を掴むと連れて逃げ出そうと走り出す。だが数歩進んだ所で、その体は力を失い膝から崩れ落ちていった。同時に切り離された頭が床へと転がる。


「だ、れ、だ……」


 崩れつつあるヴァンパイアを見下ろすように立っていたのはジェノだ。計画通り近くに潜んでいたのだが、ヴァンパイアが逃げ出すに至り姿を現したのだった。


「さっき紹介された元ヴァンパイアの龍の巫女だよ」


 そう冷たく言い放ったジェノに、ヴァンパイアは恨みがましく呟いた。


「はなし、が、ち、がう……」

「別に私が約束した訳ではないからな。それに……」


 そう言って剣を振り下ろしたジェノは、人質を掴んでいた右手を斬り飛ばした。


「先に話を違えたのは貴様だろうが」


 そして頭を踏み潰す。ヴァンパイアは無残にも崩れ去っていくが、ジェノは目もくれない。

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