あやしい神ほどよく喋る 3
京平にとっては二度目の転生であるが、体はまだまだ慣れない。だが、チュートリアルで茶碗を踏み割ったようなミスだけは犯すまいと、ふらつく体を両足で必死に支える。その甲斐あって何とか体勢は崩さずに済んだ。
辺りを見回そうとするが、視界は白い靄のようなもので覆われている。それが湯気だという事に気付くのに時間はかからなかった。
「……なるほど、こういうパターンで来たか」
腹の辺りでお湯がチャプチャプと波を立てている。
「悪意しか感じねー」
どこかで聞いているであろう神に毒づくが、当然返事はない。
湯気の向こうから幾つもの刺すような視線が向けられているのが分かる。視線の主は入浴中だったであろう複数の女性だ。突然の闖入者に怯えた表情を見せている者もいるが、怒りを露わにしている者もいる。
どこかの温泉なのだろう。湯煙の向こうには緑豊かな風景が広がっているのが分かる。だが、辺りを見回してみても聖の姿はない。どういう訳か、ここへ転生してきたのは自分一人らしい。
女性の何人かは何者だと誰何の声を飛ばしつつ、傍に隠していたであろう武器を構えだしていた。姫様を守れという声も聞こえる。
風呂場で異世界の姫様と遭遇か。聖が悔しがるなと冷静に考える京平。
「せめてエルフとかだったらな……」
これでは聖の事は言えないな、と思いつつ少し残念がる京平。相手の見た目は日本人そのもので異世界感は全く無い。
「……これはやっぱり爆死なんだろうな……」
聖なら当たりと言いそうなシチュエーションではある。だが、どう贔屓目に見ても状況は外れだろう。
白刃を煌かせた女性達が近づいてくる。
薙刀、長槍、日本刀。
丸腰の京平にどうこう出来る相手ではない。
「……よし、帰る」
腹まで湯につかっていては満足に動く事すらままならない。話し合いも考えない訳ではなかったが、あまりにも状況が悪すぎた。近寄って来る女性の般若の如くの表情を見ると、説得出来るとは到底思えない。
えっ?と言う神の声が聞こえたような気がした次の瞬間、意識が遠のく。
気がつけば目の前に神が立っていた。湯につかっていたはずの下半身だが、水に濡れた様子はない。
「何ですぐに帰って来るんです?せめてワールドクエスト位聞いてくれたっていいでしょう」
手帳を取り出し、ワールドクエストを発表しようとしていた神が、呆れたように言う。
「……場所を考えろよ。いきなり女湯の真っただ中に放り出されたら、帰ってくるしかねーだろ」
「ガチャの結果に文句言われてもねぇ。引きが悪いのは、わたくしのせいではありませんですし」
まだ異世界にいるであろう聖に対しワールドクエストを発表し終えた神は、呆れた様子で言った。
「そうだ、聖だ。あいつ、どこにもいなかったぞ。アベックガチャって同じ世界に転生出来るんじゃなかったのかよ」
「えっ?そうですよ。今回はちゃんと同じ世界に転生していますよ」
「いやいや、どこにもいなかったぞ。あいつがあんな所に転生してきてたら、テンション上がって騒ぎまくってるわ」
「そりゃそうでしょう。聖さん、今、落ち武者狩りから必死で逃げてますからね」
神が聖の現況を教えてくれる。
「は?どういう事だよ」
状況が把握できず困惑する京平。
「えっ?だから、同じ世界には転生してますよ。ただ、違う場所に転生したってだけで」
「は?」
「だから、同じ世界に転生するとご説明しましたよね?同じ世界の同じ場所に転生するとは一言も言ってませんよね?」
神のその言葉に京平が言葉に詰まる。確かに神は同じ場所とは一言も言っていなかった。
「……アベックでって言ったら同じ場所だと思うのが普通だろ」
「それはそちらの勝手な思い込みじゃないですか。アベックガチャの醍醐味は、離れ離れになった二人が艱難辛苦を乗り越え遠い異世界で再び出会う、と言う所にあるのですから」
「……艱難辛苦が確定なのかよ」
「ま、そこは転生先にもよりますけどね。今回の転生先は、なかなかの艱難辛苦が待ち受けてそうですよねぇ。おーおー、聖さんが大変だ」
聖の苦境を伝えられても、還ってきてしまった京平にはどうしようもない。とは言え、いきなり女湯も相当な困難だったしな、と自分を納得させる。
「それで、どうします?もう一回行きます?」
もう一回の意味が分からない様子の京平に、神はわざとらしいため息をついて見せた。
「だから、スペシャルガチャで、もう一回今の世界に行きますかって聞いたんですが」
「……初耳だな、そのスペシャルガチャとやらは」
「あれ?そうでしたっけ?サーセン」
形ばかりの謝罪の後、説明に入る。
「スペシャルガチャと言うのは、その名の通りスペシャルなガチャです。何と、一度転生した事がある世界に確実に転生する事が出来るという、まさにスペシャルなガチャ。これが、一回たったの五百転生石!」
自分の転生先の女湯と、さっき神から出た聖が落ち武者狩りに襲われているという言葉。可能性としては戦国時代風の世界であろうか。とりあえずパラディンは居なさそうである。後は、結希子を救う為の手掛かりがあるかどうかだが、それを判断するには情報が無さすぎた。
一応二人でって話をしたからな、と頭をかく。ここで余計な一回を消費する事が後々どう影響するか気にならない訳ではなかったが、とりあえず転生してみない事にはどうにもならないだろう。
「念の為に確認しとくけど、スペシャルガチャでも場所はランダムなんだよな?同じ所に出たりしないよな?」
「そこはガチャですから、同じ場所に出る確率がゼロとは言いませんが、ランダムではあります」
「OK。スペシャルガチャで今の世界へ転生させてくれ」
京平の決断に、神は満面の笑顔で応えた。
「そうこなくては。ではでは、早速参りましょう。転生先に……」
「ああ、ちょっと待て。それだ、それ。昨日からずっと気になってたんだよ。その、転生先に願いを込めてって奴。それ、いったい何なんだよ?」
「えっ?何って言われましても……『おねがいリンカーネーション』なんで、何か言った方がいいかなって。転生先に願いを込めて。ほら、何かそれっぽいでしょう?」
「じゃあ、言う意味は?」
京平の問いに、神はきっぱりと言い切った。
「特にありませんね。気分です、気分」
「……マジで訳分かんねぇよ……」
頭を抱える京平の肩を、神が軽く叩く。
「まあまあ、細かい事はいいじゃありませんか。京平さんは兎にも角にも、『おねリン』でガチャを回して異世界を体験する。その事に変わりはないのですから」
「確かにそうなんだけどな……」
上手く言いくるめられたようで納得いかない様子の京平だったが、神の言う通りなのも事実である。
「ではでは、参っちゃいましょうよ。兎にも角にも、転生転生。ガチャを回して、希望の世界を探しに行きましょう!」
何でこいつはこんなにテンション高いのか、という思いを隠そうともせず、うんざりした表情を見せながら準備をする京平。それを知ってか知らずか、神はノリノリでいつものモーションに入る。
「それでは参りましょう。転生先に願いを込めて。レッツ、異世界スペシャルガチャ!」
今回は京平も一発で掛け声を合わせ、異世界へと旅立っていった。
京平を見送った神は、暫くは真面目に二人の異世界の様子をモニタリングする。やがて二人の身辺が落ち着いたのを確認すると、今度はどうやって暇を潰そうか頭を悩ませだした。
そして何か思いついたのか、一つ手を打つと家の中をうろうろし、台所を見つけるとにんまりとした笑顔を見せた。
「フフフ。出雲で名を馳せるシェフ転生の神の腕前、とくとご覧に入れて見せましょう!」




