戦場のリアリスト 4
「……行こう」
暫くしてそう言ったジェノだったが、その声は昏いままだ。
「私はマリエラと話を聞いてくる。ティファナは見張りを頼む」
マリエラ達は無言で頷く。
「ニワはティファナを手伝ってやってくれ」
「はい」
ジェノは京平の返事に頷き返すと、マリエラと共に教会を出て行った。その背を見送ったティファナが京平を促す。
「じゃ、アタシらも行くっすよ。多分こっちっす」
そう言って教会の奥へと進んでいく。京平はその後ろを大人しくついていった。
「ああ、あれっすね」
礼拝堂を出た廊下の先に梯子を見つけたティファナは、金属の鎧を着ているとは思えない身軽さでその梯子を上っていく。その姿に一瞬見とれた京平だったが、すぐに気を取り直し後を追った。
梯子の先は教会の尖塔にある見晴らしのいい部屋だった。先に着いたティファナは柵から身を乗り出し、遠くを見遣っている。
「京平さんて、夜目が利いたりするっすか?」
「いや、特には……」
「そうっすよねー。まあ、見える範囲でやるしかないっすね」
ティファナに倣い京平も辺りを見回してみる。村のあちこちに篝火が炊かれているが、全体を明るくするには遠く及ばない。辛うじて見える端の方には柵が建てられているのが分かる。おそらく村を囲うように建てられているのだろうが、どの程度効果があるかは疑問だ。
「ま、何かあったらその時はその時っすよ。あ、京平さんはそっち見てて下さいっす」
ティファナは軽く言い放つが、京平は緊張した面持ちで指示された方向を見つめる。
「ハハ。気楽でいいっすよ。ジェノ様がいるんすから、何が起きたって何とかなるっす」
そう言ったティファナだが、その視線は油断なく遠くを見ている。ジェノから与えられた任務なのだ。彼女が手を抜くはずもない。
「そうですね」
ティファナの言葉からはジェノへの全幅の信頼が感じられ、それは京平にも理解が出来た。
暫く見張りに徹する二人。夜の闇が迫っているとはいえ、出歩く人の姿は全くない。ヴァンパイアの襲撃を恐れてか、村全体が息を潜めているように感じられた。
「襲って、くるんですかね?」
その雰囲気にのまれそうになった京平が、訊くともなしに呟く。
「んー、勿論ゼロとは言えないっすけど、大丈夫じゃないっすかね」
聞きつけたティファナが答えてくれるが、その口調はどこまでも軽い。
「本来、司祭が噛まれた時点でここは終わったも同然だったんすよ」
「どういう事ですか?」
「下級の眷属一匹作れば、そっからはもう倍々ゲームっすから。なんせ、奴らときたら血を吸って同族増やすしか脳が無いっすし、普通の人にヴァンパイアをどうこうなんて出来ないっすもん」
「えっ?じゃあ、さっきの人は……」
幸いにも村にはそれ以上の被害はなさそうだった。だとすると、あの司祭はまだ眷属にはなっていなかったのではないか。そんな考えが京平の脳裏をよぎる。
「いや、あの人はもう手遅れだったっす。キョーヘーさんも見たっすよね、灰になって散った姿を」
「それは見ましたけど……だったら、何故……」
「村は無事なのかっすか?」
急に真面目な響きを帯びたティファナの声音に驚いた京平が彼女の方へ振り返る。そこには真剣な表情で自分を見つめるティファナの姿があった。
「分かんないすよ。何があの人をそこまで駆り立てたのか。信仰心か愛情か矜持か。分かんないすけど、あの人は耐えたんすよ。ヴァンパイアに成り果てても、襲い来る血の欲求に抗い続け、人として死んだんす」
それがどれほど辛い事だったのか。それはあの時の司祭の姿を思い出せば容易に想像できる。
「助けられなかったんですか」
ジェノ達が選択しなかったのだ。無理だとは分かっていても、それでも京平は訊かずにいられなかった。
「無理っすね」
ティファナの答えは、どこか突き放すような冷たさがあった。
「ヴァンパイアを人間に戻すなんてこと、神の奇跡でもなけりゃ無理なんすよ。それこそジェノ様みたいに転生させられるとか……」
「そうですよね……」
落胆の色を隠せない京平。レリー達に否定されたあの時から無理だろうと理解していたが、それでも心のどこかに何か手段があるんじゃないかとも思っていた。だが、現実はそう甘くはないらしい。
「話は大体聞いてるっすけど……そもそもキョーヘーさんは、その幼馴染さんのあんな姿見れるっすか?」
痛い所を付かれた京平はぐうの音も出ない。
「この後も見ることになると思うっすけど、下級眷属ってホント醜悪っすよ」
その姿を思い出したのか、うんざりだというように頭を振るティファナ。
「まあ、アタシらもジェノ様のヴァンパイア時代を知ってる訳じゃないっすから、高位の存在に関しては何とも言えないっすけど……ただ、アタシの知ってる限りじゃロクな奴はいなかったっすね」
力強く頷き、断言する。
「マジでこれだけは言えるっす。やめとけって」
ヴァンパイアをよく知る人達がこれほどまでに口を揃えて否定するのだ。やはりいいアイデアではないのだろう。
「……ですね……」
それでも京平は歯切れ悪く答えるにとどめた。心の中に有る、まだどうにかやりようがあるのではないかと思いは消えない。
「そうっすよ。つか、キョーヘーさんもパラディン目指したらいいんじゃないんすか?
そんな京平の心の内に気付いているのかいないのか、ティファナは暗くなった空気を打ち払うように明るく言った。
「レリーのオーラ見えるんすよね?意外とヒジリさんより向いてるんじゃないすか?」
「いやいや、それはないですよ」
京平が苦笑する。聖が無理なら自分はもっと無理だろう。どう考えてもパラディンと言う柄ではない。
「分っかんないっすよー。アタシだって未来に生きてた頃にはパラディンになるなんて思いもしなかったっすからね」
「そうなんですか?」
言われてみれば、確かにレリーやマリエラに比べるとパラディンらしからぬ雰囲気がある気がする。
「そうなんすよ。人生、何が転機になるかなんて分かんないすからね。選択肢はたくさん持ってて損は無いっすよ」
「……はい」
「明日、還るんでしたっけ?じゃ、次来ることがあったらチャレンジしてみるのもいいんじゃないすか?レリーにマリエラにアタシ。三人も師匠候補がいる訳っすし」
「ハハ……」
思わず愛想笑いを浮かべる京平。まるでジョーカーしか入っていないババ抜きのような選択肢だ。
「まあ、ヒジリさんが帰ってきた時には立派なパラディンになってるかもしんないすけどね」
そう言ったティファナだったが、自分の言葉を信じている感じではなかった。
「だといいんですけどね」
聖が高坂を助けることが出来るとしたら、それが最高の結末だろう。そうなる事を願っているが、そう簡単にはいきそうもない。




