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戦場のリアリスト 3

 日が沈もうかという頃に、一行は目的の村が見える所まで辿り着いた。

 夕食の準備でもしているのだろう。遠目にも細い炊事の煙が見える。それを見たジェノ達の間に、安堵の空気が流れた。


「急ぎましょう」


 マリエラ達が馬の足を速める。ほどなくして一行は村へと足を踏み入れた。


「村長!村長はいるか?」


 馬から降りるなりジェノが声を張り上げる。その声に建物から幾人かの村人が顔を覗かせるが、ジェノの顔を見て一様に驚きの表情を浮かべた。


「龍の巫女様だ……」

「ジェノクレス様……」


 そんな囁きも耳に入ってくる。

 一方ジェノはと言うと、その声に対し如何にも面倒そうに頭を掻いていた。


「……ジェノクレス様……」


 聞きなれぬ響きに思わず口に出した京平だったが、ジェノに睨まれてしまい首を竦める。


「まるで聖人みたいじゃないですか」


 それでも懲りずに言葉を続けた京平の頭をティファナが軽く叩いた。


「まるでじゃないんすよ。ほら」


 そう言ってティファナが指した先には、慌てて走ってくる老人の姿が見えた。胸元で揺れる聖印は、毎日教会で見ているものと同じだ。


「龍神のシンボル……え?じゃあ、この村って……」

「ええ。殆どの方が龍神様を信仰されてますわ」


 なるほどと納得する京平。そういうことであれば、聖女扱いも頷ける。


「だからあんまりジェノ様に変な態度取ってると、吊るされちゃうっすよ」


 ティファナの脅しとも冗談ともつかない言葉に、京平は無言で頷く。


「これはこれは龍の巫女様直々においで下さるとは……」


 そういって頭を下げようとした村長を、ジェノが押しとどめる。


「気にすることはない。これも私の勤めだ。だいたいの話は使いの者から聞いているが、噛まれたのは司祭だけか?」

「は、はい……司祭様が身を挺して庇ってくださったおかげで、他の者は誰も……」

「そうか……司祭は教会だな」

「は、はい」

「分かった。……ああ、そうだ。その場に居合わせた人達を集められるか?後で構わないので、出来れば話を聞きたい」

「ええ、ええ、勿論ですとも」


 首が千切れんばかりに村長が頷く。


「では、頼む」


 ジェノはマリエラ達を促し歩き出す。


「どうかお気を付けて」


 その声に軽く手を上げて答えたジェノは、教会へと向かった。


 村の中央に建てられた教会は、この村の規模にしては立派な建物だった。

 一行が近付いていくと、建物から少し離れた所に立っていた若者が走り寄って来る。


「巫女様」


 ジェノは例によって頭を下げようとする若者を手で制する。


「見張りか?」

「あっ、はい、そうです」

「何か動きはあったか?」

「い、いえ……あ、いや、一度大きな音がしましたけど、それ以外は何も……」


 その言葉にジェノが怪訝そうな表情を浮かべる。


「……逃げられた訳じゃないのか?」

「それはないと思います。こうして四人で囲んで見てましたし、適度に交代もしています。夜には篝火も焚いて見逃さないようにしていたつもりです」


 若者が指す方向には、同じように建物を見つめている男が立っていた。


「そうか、分かった。ありがとう」


 ジェノは労をねぎらうかのように若者の肩を叩くと入口へと向かう。


「滅多な事はないと思うが、念の為だ。他の連中を連れて少し離れていろ。後は私達が引き受ける」


 若者は一礼すると他の仲間の方へと走って行った。それを見送る事もなく、ジェノは厳しい表情で歩みを進める。マリエラ達もそれぞれ得物を準備しながら後に続く。それを見習って京平もとりあえず剣を抜いた。

 ジェノは扉に手を掛けると振り返りマリエラ達と視線を合わせた。三人で何かを確認するように頷きあうと、扉を押し開ける。

 薄暗い室内に動く者の気配は感じられない。四人はジェノを先頭に慎重に中へと入っていく。

 マリエラが灯りを取り出すと、京平にも室内の様子が朧気ながら見えてきた。すぐ近くには引き千切られたロープの残骸が転がっている。更に奥へと目を向けると、砕かれた龍神の像とその像に一心に祈りを捧げる一人の人物の姿が見えた。四人に気付いていないのか、身じろぎひとつしない。


「どうだ?」


 ジェノの問いに、マリエラ達がその人物を注視する。そして揃って首を横に振った。


「そうか……」


 ジェノは小さく呟くと足を止め、祈りを捧げ続ける人物に声を掛けた。


「……もういいぞ」


 その声で初めてジェノの存在に気が付いたのか、その人物はゆっくりと振り返った。まだ若い男性だ。元は端正な顔立ちをしていたのだろうが、今や見る影もない。その目は狂気をはらんだ光を宿し真っ赤に血走っており、固く結ばれた口元からのぞく小さな牙は下唇に突き刺さり血を滴らせ、胸の前で固く組んだ両の手には鋭い爪が深々と食い込み肉を切り裂いていた。


「!」


 その姿に京平は息を呑むが、ジェノ達は平然としている。


「もういい、楽になれ」


 もう一度諭すように言ったジェノの姿を、赤い目が捉える。次の瞬間、瞳の狂気は影を潜め、代わりに安堵の色が見えた。

 男は全身を震わせながら首を横に振る。そして何かを訴えかけるようにジェノを見た。


「……そうか、そうだよな。ここまで粘ったんだ、その方がいいに決まってるよな……」


 ジェノは昏く呟くとマリエラから剣を受け取る。そして男の前に跪くと、その剣を迷いなく左胸に突き立てた。

 何かから解放されるように力を失い崩れ落ちる男の体を、ジェノが優しく抱き止める。


「よく頑張った。お前の頑張りが村を救ったんだ。その誇りを胸に、逝くといい」


 ジェノの囁きを聞いた男は穏やかな表情を浮かべ、そして灰となり散っていった。


「えっ?」


 状況が飲み込めない京平が助けを求めるように左右を見ると、マリエラ達は頭を垂れて祈りを捧げていた。慌ててその姿に倣う。

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