キャベ9
「一つ気になっていたのですが、なぜ農園に魔物が入って来たのでしょう?」
ルミノール領の警備は騎士団を始め優秀な人が多い。そのおかげで長い相田平和に暮らす事が出来ている事は理解しました。だからこそその中で魔物が入る事が出来たのかを知りたかったのです。
「それは……我々の責任だ」
「あ、いえ。責めたい訳ではなくもしかしたらルミノール領の危機みたいな状態なのかと」
「だいたい合ってるっすよ。うちの領地は比較的問題ないすけど、今王国全体でタチの悪い野盗に悩まされているんすよ」
「野盗ってあの盗賊?」
「そうだ、山の中を拠点に輸送している荷物などを襲う奴等だ」
記憶のどこかで二人がそんな話をしていた様な気もします。
「その規模がかなり大きくてな。ルミノールからかなりの数の応援を派遣しているのだ」
「それで中の警備が薄くなっているフォローを俺たちがやっているんすよ」
それを聞いて納得しました。騎士団と志願兵でそれなりの数が居るはずなのに、名家のアレクと閃光の騎士と呼ばれるトーマが農園の警備をしている事がイレギュラーだったのです。
「それで入って来たのですね」
「あの手の魔物は硬いから対人部隊では仕留められ無いんすよ」
「確かに馬車の時もトーマが倒してましたね」
「結構火力の高いメンバーだったのだけど、抜けてくるだけあって強かったすね」
だからアレクも強力な魔法を使う事になったのだと分かりました。
「そうとは知らず、ごめんなさい」
「いや、あれは農園に着くまでに仕留めておかねばならなかったのだ」
少ししんみりとしてしまった中、トーマは明るく話を変えようとしました。
「これ美味いっすね!」
「ああ、貴族街には無い味だな」
「でしょ? 女将さんの料理は美味しいのですよ」
「たまにはこういう店もいいな」
「隊長、また来ましょうよ!」
「そうだな、」
そう言ってはくれていたものの、わたしのわがままでこの店にしています。女将さんに気を使わせるのも悪いのでこっそり支払いをしておこうと思いました。
「キャベ子の奢りかい? まぁ、うちはその方が助かるんだがねぇ」
「他でも色々とお世話になっているので」
補償で貰った袋の中から金貨を一枚取り出しました。
「ちょっとあんた、この金貨どうしたんだい?」
「今日、役所で貰いましたけど……」
「そういう事かい。だけどキャベ子、白金貨なんてあんまり庶民の店で出さない方がいいよ」
白金貨?
すると女将さんは、金貨を九枚と銀貨八枚でお釣りをくれました。商会などで使われているこの白金貨は金貨の十倍。袋の中を見てみると案の定全て白金貨です。つまりは金貨千枚分の補償がされた事になります。
「ちょっと、アレク!」
「急にどうしたのだ?」
「白金貨が百枚入っていたんですけど!」
耳元で囁く様に言いました。
「私はちゃんとカトレシアの提示した額で申請しているぞ」
「わたしが言ったのは金貨百枚です! 十倍渡してどうするんですか!」
「農園を作り直さなければならないのだ、そのくらいは必要になるだろう」
やはり貴族というか、金銭感覚が違う事をすっかり忘れていました。多分アレクがあの場で何も言わなかったのは妥当だと判断したからだと気づきました。
「隊長は一度出したら折れないっすよ。とりあえずあって困る物でもないし、貰っておけばいいじゃ無いすか?」
「それはそうですけど……」
彼の表情からもお金を返した所で受け取りはしないと思うのです。それでも、必要以上のお金を受け取るわけにはいかないと思いました。
「キャベツが出来たら、アレクさんに届けますね。これはわたしの気が済むようにしたいだけです」
「カトレシアのキャベツか。一度食べてみたい物だな……」
「決まりです! きっと美味しいと思いますよ」
本当の所、貴族のアレクが美味しいと思うのかは心配でした。それでも、この店を気に入ってくれた事や、それまでの彼を見ているときっと美味しいと思って貰えると思ったのです。
お店を出ると、あたりはすっかり暗くなっていました。民家から漏れる明かりが、アレクの屋敷までの道を照らす様に続いています。
「いやー、美味かったすね」
「初めて行ったが、ああいう雰囲気も悪くない」
「そこは素直にいいって言ったらどうすか? そんなに中途半端だと、キャベ子さんも気になるじゃないすか」
その時、路地裏のほうから、小さな声が聞こえました。
「今声がしたっすね……」
「トーマも聞こえました?」
アレクも気づいている様で、路地裏を睨んでいる。真っ暗先でまた、小さな声がします。
「おいで、怖くない怖くない」
女の人の声。どことなく聞き覚えのある声は何かを呼んでいる様です。するとその先に向かいトーマが声をかけます。
「あれ? 聖女様、なにしてんすか?」
「あ、トーマさんっ!」
抱える様な手つきで現れたのは、昼間に精霊殿でお会いした聖女様でした。
「この子がちょっと迷っているのを見かけたんです!」
夢中になって路地裏に入ったのでしょうか、綺麗な服が泥がついて一仕事終えた様になっています。
「精霊ですか?」
「はい、でもどうしてこんな所にいたのでしょう」
聖女に抱かれているそれは彼女に近づくと少しずつ小さな龍の様な姿が見えてきました。
「何かを怖がっているみたい」
「そうなんです……さっきからずっとこんな感じで震えているんです」
まるでそれは、何か怖い物を見た様でもあり、何かされた後の様にも見えました。
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