キャベ6
「折角服も頂いたので構いませんよ」
「良かった。役所までの間にこの街を案内したいと思っていたのだ」
少し表情が優しくなったアレク様は、支度すると街を案内してくれました。
「アレク様……アレクはずっとここに住んでいるのですか?」
「ああ、ここで生まれてここで育っている。丁度あそこに宿舎がみえるだろう?」
「あ、はい。綺麗な建物ですね」
「あれが、騎士の訓練宿舎だ。私が騎士になるまではあそこに通い訓練していたのだ」
宿舎からは、威勢のいい声が聞こえます。彼も昔は同じ様に訓練を受けて今の地位にいるのだと知りました。
「アレクは小さな頃から騎士を目指していたのですか?」
「そうだな。祖父が英雄という事もあって、自然とルミノールを守る騎士になろうと考えていた」
「すごいですね」
「いや、考えていたと言っても子供の戯言の様なものだ。英雄になりたい夢などは誰でも持っているさ」
わたしの美味しいキャベツを作りたいと考えていた位の話なのでしょうか。
「カトレシアはどうなのだ? あの農園をその歳で経営しているというのは普通ではないと思うのだが……」
「あ、キャベツ農家にはなりたいと思ってましたよ。ただ、父が早くに亡くなっただけで」
「すまない。余計な事を聞いてしまった様だ」
「いえいえ、何年も前ですし周りの人も優しくしてくれてますので今はそれなりに楽しんでいます」
気を使わせた様な気がして、少し悪い事をしたと思いました。
「農園再開には私も協力させてもらうつもりだ。だから、しばらく我慢させてしまうが許してくれ」
「もういいですよ、補償もして貰えますし九割位は許してます。アレクも農園を守ろうとした結果ですから」
「九割か……だが、そう思ってもらえるなら私としても気持ちが楽になる」
意外にも赤くなっているアレクをみて、少しイメージが変わる。多分この人は凄く優しくていい人なのだろうと思いました。
案内すると言って丁寧に案内しているし、常にわたしや農園の事を気にかけてくれている。本当はもう許しているのだけど、少しだけ彼に意地悪したくなっていただけです。
街を見ていくうちに、なんとなく彼がどの様な環境で育ってきたのか、どんな青年だったのかが見えてきた気がしました。
「アレクは彼女は居ないのですか?」
「な、何故そんな事を」
「背も高くて、顔も性格もいい騎士様なんて周りが放ってはおかないと思うのですが」
「す、少し褒めすぎではないか。私は別に騎士一筋で生きてきたので、そんな……」
「あれ。心当たりがありそうですね?」
「か、揶揄わないで貰いたいっ!」
それまでの余裕のある雰囲気から一転、初恋の少年の様に慌てているのが見えました。
「か、カトレシアはど、どうなのだ?」
「わたしは……」
「わたしは?」
「キャベツ一筋ですかね?」
「それなら私と同じだな!」
アレクと少し打ち解けていると、冷ややかな視線を感じました。なぜならここは、役所に入ってすぐの受付の前なのです。
「あの……補償の件でよろしいですか? あと、アレク様はおモテになられますよ?」
「ほら、やっぱり?」
「受付嬢、変な事を言わないで貰いたい」
「まぁ、事実ですので」
アレクは耳を赤くしながら、確認証を渡すと受付嬢が用意している紙にサインする。わたしもその横にサインを求められた。
「これで手続きは終了です。あとは担当の者から声をかけますので補償金をお受け取り下さい」
終わってみると呆気ない物でした。金銭面での安心はあるもののどこか寂しい様な気がします。身分の違いがある事もあり、アレクとはもう会う事は無いのだと理解していました。
「カトレシア、私はこれで終わりとは思ってはいない。また農園が再開されるまで時間を作って寄りたいと考えている」
「はい。ありがとうございます」
「……どうした? 不満なのか?」
「いえ。充分ですよ」
気持ちを察したかの様なアレクの言葉は、心を掴み涙が溢れそうになりました。
また、会える。
嘘でもそれは、不安の紐を解いてくれます。
「そうだ、今から精霊殿に寄っていかないか?」
「精霊殿?」
「精霊を祀る神殿だ。我々騎士は魔法を使うだろう? 精霊の力を借りる為、定期的に精霊殿に祈りを捧げているのだ」
話には聞いていた。魔法が使えるかどうかというのは精霊に祝福されている事が必要という。庶民にも使える者はいるが生活魔法程度で、騎士はその力を術や技として昇華している為、戦いで使える程の魔法になる。
「一度見てみたいと思っていたのです」
「それは良かった。運が良ければ聖女にも会う事が出来るかも知れない」
アレクの言う聖女とは、祝福を最も受けた女性。彼女だけは別格で、その力のみで治癒や浄化を行える神聖な存在と聞いていました。
「聖女かぁ……会ってみたいですね」
「カトレシアも祝福を受けられるかも知れない、そうすれば生活も便利になる」
便利になるだけでなく、貴重なスキルの為不作の時にも多少の収入が得られるのは庶民には大きすぎる恩恵だと思いました。
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