キャベ5
「バッチリ確認できましたわっ!」
首、腕、胸、腰周り、足……ありとあらゆる場所を揉まれたわたしはあきらめています。アレク様にネチネチとゴネた仕返しなのかも知れないと考えていました。
それから椅子に座らされて三十分。その間も執事は直立不動で立ったままピクリとも動きません。
「もうすぐお昼になってしまう……」
「カトレシア様、昼食を召し上がりますかな?」
「少しお腹は空いたかも知れないです」
「では軽食などいかがですか?」
「では、それでお願いします」
頼んではみたもののここは貴族街。とんでもない金額を請求されたらどうしようかと考えてしまいます。いざという時は補償金に上乗せしてもらおうと、最悪の事態を考えていました。
「こちらベーグルでございます」
「意外と庶民的!」
見た目はパンに野菜とハムを挟んでいる物。キャベツ農家としては挟まっている水々しい葉物の野菜が気になっています。
「この野菜は……レタスでしょうか?」
「はい、レタスでございます」
キャベツのライバルでも有るレタス。まだ口にした事は無かったものの一度どの程度の物なのかは気になっておりました。まさかこんな所で食べられるとは。
一口食べてみます。
ふむ、少しずっしりとしたパンにハムの塩気がちょうどいいみたいです。しかし、その水分を奪う生地をしっかりとフォローする水々しさ。このレタスとやらはなかなかやりおりますぞ。
「如何ですか?」
「はい、悔しいです」
「悔しいのですかな?」
「美味しくて悔しいのです……」
「それは良かったです」
よくは無いのですが、キャベツで作るなら一度煮たりして塩気を足すといいかも知れないという発見もありました。ですがわたしのキャベツがベーグルと出会う事など無いと考えると、パンにしようという事で頭の中で決着がつきます。
丁度ベーグルを食べ終わると、マダムが再び現れわたしは臨戦体勢に入ります。一体次は何をされるのかと構えていると……。
脱がされました。
それも全てです。
執事は外を見ている様なので安心しましたが、このまま外に捨てられるのではないかと不安にしかなりません。
ですがその予想はいい方に裏切られました。
それも大分いい方に。
マダムは綺麗でサイズがピッタリの下着と服を着せてくれます。普段より大分タイトなはずの服は意外にも着心地が良く動きやすい物だったのです。
「うんうん、バッチリねぇー」
「あの、これは?」
「アレク様から作る様に言われていたのょ。依頼が動きやすく派手過ぎない物だからちょーっと難しかったわよぉ?」
鏡をみると、市場でも浮かないデザインで色も落ち着いている。それでいてどこか上品な雰囲気は貴族街ならではのクオリティを示していた。
「ありがとうございます」
「お礼はまだ早いのっ。同じ形で色違いで三着作ったからこれもあげるわょ」
「ええっ……こんなに?」
「だってぇ、型紙が勿体ないでしょお?」
わたしのサイズで町民のデザイン。確かに他で作る事は二度とないだろう。その為色を見るサンプルも全てくれたのだと理解しました。
「ではお屋敷の方へ案内させて頂きますね」
綺麗な服で執事を連れて歩いています。町民のデザインとはいえ綺麗に仕立て上げられた服は貴族街でも自然な気分になり、まるで貴族になった様です。
「それで……ここはお城ですか?」
「いえ、クロマライト家のお屋敷でございます」
わたしの畑より広い敷地に真っ白で青い屋根のお城の様な建物。広い庭には食べられないけどカラフルな花が沢山見えます。
「えっと……」
あたりをキョロキョロと、田舎者を全力でアピールします。すると綺麗な騎士服を着た美しいシルエットの男性がこちらに歩いて来ています。
「カトレシア、よく来たね!」
「あの……誰ですか?」
「アレクだよ。折角来賓として迎えさせてもらうのだからそれなりに用意させて貰ったよ」
「なんか別人なのですが……」
空気に飲まれているのか、昨日のアレク様の親近感の有る雰囲気は全くなくなっている。それどころかどう見てもかなり高位な貴族にしか見えませんでした。
彼はスッと腕に手を回し、上品な趣きで簡単に屋敷を案内して回った。
「どうして腕を組むのです?」
「エスコートと言うのさ。屋敷では色々な方に見られているからね、しっかりと客間までエスコートさせてもらうよ」
まるで王室の様な客間に着くと、緊張の糸が切れた様にソファーに座る。アレクもすぐに向かいのソファーに腰を掛けた。
「あ、そういえば」
「補償の件か?」
「いえ、こちらに来る途中トーマに助けて頂きました。アレク様に伝えてくれと言われていたので」
「なるほど、トーマが……ね。だが、無事で良かったよ」
「えっと、伝えましたので」
「ありがとう。だが、なぜ同じ騎士であるはずのトーマは呼び捨てなのだ?」
「そう呼ぶ様に言われましたので」
アレクは少し考える素振りをします。すると何か閃いた様に少し前のめりになりました。
「ならば私の事もアレクと呼んでくれ!」
「はい? ですがアレク様は」
「なぜダメなのだ? 償いの意味も込めてカトレシアには対等に接して貰いたいのだ」
彼の言い分は理解出来るものの、こんなお屋敷を見てしまった以上、気軽には話せそうもありません。
「ですが対等というのは……」
「いや。対等でなければならない。そしてもし良ければ私とこの街を見て回らないか?」
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