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4話 アスモデウスの呪い

 ミレイはジークの席の近くで食事も取らず、ただ立ち尽くしている。彼の帰りを待ちわびて。


「ジーク様、遅いですね……」


 彼女は用意してきた弁当を見て、ポツリと呟く。

昼休みは後10分程しかない。


――もしかして、何かあったのでは!?


 彼女がそう思った矢先に教室のドアが開け放たれた。


――ジーク様!?


 彼女はそう期待を抱くが、そこから現れたのはエレク=ラジエルであった。

彼は落ち着かない様子で席へと向かって行く。


そして席に着いても、しきりに周囲を窺いソワソワとした様子であった。そんな不振な態度でいるエレクに、ミレイは少し疑念を抱く。


――ジーク様はエレクさんを不振に思っている節があった。もしかして、彼に何かをされた……?


 ミレイはそう考えたが、勿論確証などない。

今はただ、ジークが無事に戻って来てくれる事を願うばかり。


 そして、待つこと5分程が経過した。その時、ミレイの待ち人、もとい悪魔がやっと姿を現す。


 ジークは凛とした出で立ちで、教室内へと入ってきたのだ。そんな彼に変わった様子などない。二時間前となんら変わらない姿であった。


 その様子に、ミレイは頬を緩ませる。


 やがて、彼はミレイの前まで歩み寄ってきた。

そこで、ミレイは彼へと問いかける。


「ジーク様お帰りなさい。遅かったですね? どうかされたのですか?」


「ああ、イアン先生に呼びだされて職員室まで行っていた」


 それを聞くとミレイは安堵した。


「あ、そうだったのですね。あまりに遅いものですから、何かあったのかと思いましたよ」


 するとジークは、ミレイのそんな様子に、ため息混じりに答えてくる。


「馬鹿を言え。何かなんてあるわけがないだろ」と。


 また、彼は続けて

「それよりも、アイシャ達はまだ戻ってないのか?」とも問いかけてきた。


 そこで、ミレイは教室内を見渡すが、二人の姿はどこにもない。


「ええ、そのようですね。何か用事ですか?」 


「いや、いないならいい」


 ジークはミレイの問いかけには答えず話を切ってくる。


 すると、彼の視線がミレイの握る弁当へと向けられた。


「もしかして、飯も食わずに待っていたのか?」


「勿論ですよ! ジーク様よりも先に食事を頂く事なんてできませんから」


 彼女は得意げに答えるが、それに対しジークは言い聞かせてきた。


「……次も同じような事があったら、先に食っていて構わんからな」 


 そして彼は弁当を要求し、それを受け取ると、半分ほど空間を開けて椅子に腰かける。


「少し狭いが、お前も座れ」


 ジークはそのスペースに座るようミレイに促してきた。それは相合い傘ならぬ、相合い席と言ったところである。


 しかし、それには彼女が珍しく戸惑いを見せた。


「えっと、ジーク様……? いきなり、どうしたのですか……?」


 その様子に、ジークは再びため息を漏らす。


「立って食わせるわけにもいかないだろ」と。


 それにミレイは納得すると共に、ジークへと微笑みかけた。


「うふふ。別にわたくしは食事をとらなくても大丈夫ですのに。お優しいですね」


 だがそこで、彼は首を横に振ってくる。


「飯は食える時に食っておけ。それが鉄則だ」


 ジークはそう言うと、弁当を広げ、米と玉子焼きにハンバーグなどを急いで口の中にかき込む。


 彼女はその姿を見て、

「やはり、照屋さんですね」と小声で呟きつつもジークの隣へ斜めに腰かけた。


 2人の体は密着し、お互いの体温までわかる。ミレイはそれに少しドギマギしつつも、弁当を開け、総菜に口を付ける。


 そして、彼の顔を見つめた。


 しかし、ジークは特に気にした様子もなく食事に夢中な様子。 


 それに、ミレイは少しいじけて、彼に体を押し付けた。


 すると流石のジークも、それには気になった様子。


 だが、ミレイが思っていた反応とは違う。


「ん? 狭すぎたか?」


 彼は無神経にも、そう問いかけてくる。


「もう、違いますよ。その、距離が近いと意識しちゃうじゃないですか?」


 ミレイはそう答えるが、ジークは怪訝な表情を見せてきた。


 そして、

「なんか勘違いしてないか? 言っとくが、変な気は起こすなよ」と釘を刺してくる。


 ミレイはそれに対し、一応「はぁい」と答え、さらに体を密着させた。


 しかし、その幸せな時間にも早々と終了のチャイムが鳴る。


 ミレイは彼の感触を名残惜しく思いつつも、食べかけの弁当に蓋をしてカバンに仕舞う。


 そして、彼女は立ち上がり、ジークの後ろへと立つのであった。

 



 その後、すぐさま教師が入ってきた。


 しかし、ジークは心ここにあらずと言った様子で他事を考えていた。それは先程の出来事。


 そして、勿論ジークはミレイに嘘を吐いていた。


 彼は20階もの高さから地面にしっかりと落っこちていたのだ。


 あの時ジークは自害しようとしたのではない。もとより、身体強化の魔術で難を逃れられると踏んでいた。


 だが、無傷で済むとは思っていなかった。彼が無傷で済んだのは、落ちる最中に何とか姿勢を変え、給水塔を背にすることにより、ある程度の衝撃が吸収できた為である。恐らく、中身が水でなければ無傷ではすまなかっただろうそれに、給水塔が無残な形に変形してくれたお陰で拘束からもすぐに解放された。


 しかし、当然の如く全身はずぶ濡れとなり、制服も所々穴だらけとなってしまった。


 そのまま、教室に戻れば怪しまれる。そのため、彼はシャワー室で体を乾かし、制服を購買まで買いに走る羽目となった。


 彼はそんな面倒な対処を迫られた所為で、教室に戻ってくるのが遅れたのだった。


 痕跡は可能な限り消し去ってきた。そう簡単に気づかれることはない筈。


 だが、エレクにはミレイとの一部始終を監視している素振りがあった。



 そんな事を考えていると、不意にアイシャとミーシャが教室へと戻ってきた。


 そして、二人は急いで自分たちの席へと向かって行く。


 その最中、ジークは小声でアイシャに話しかけた。


「アイシャ、後で話したいことがある」


 それに彼女は少し驚いた表情を見せ、

「……え? なに?」と問いかけてきた。


「ここでは話せん。ミーシャに関することだ」


 ただ、そう告げると同時に彼女が声を荒げてくる。


「まさか、あんたもミーシャの事を……!?」


 それにより、彼女は周囲の視線を一手に集めた。


 そして、壇上の教師が怪訝な表情で問いかけてくる。


「どうしたのですか? アイシャさん?」


 そこで、彼女は我に返り

「あ、いえ……」と答え席に着いた。


 その後、ジークはしばらくしてから彼女に言い聞かせるように言う。


「そんな訳がないだろ。気を張り過ぎだ」


「ご、ごめん」


「まぁ、いい。あとで、一階のカフェまで来てくれ」


 すると、彼女は依然として訝しんでいたが、一応頷いてくれた。




 やがて、2限も終わり、ジークは1階のカフェまで移動していた。2限と3限の間には30分の休憩時間がある。そのため、多くの者がカフェまで休息や談話をしに来ていた。


 席と席の間隔は開いているし、周囲にはそれなりのざわつきもある。密談をするにはもってこいの空間であった。


 そして現在、ジークは窓際の4人席を陣取っている。


 そこに、しばらくしてアイシャとミーシャの二人が姿を現す。


 アイシャはジークの事を相変わらず不審がり、一方のミーシャは目線を逸らし当惑した様子であった。


「とりあえず、掛けてくれ」


 ジークがそう促すと2人はそれに従う。


 そこで、ジークは店員を呼び止める。


「ブレンドでいいか?」


 そう問いかけると、二人とも頷いていた。


「じゃあ、ブレンド2つと、ココアフロート1つ。あと、ガムシロも付けてくれ」


 ジークがそう頼むのに対し、アイシャとミーシャは少し引いていた。


「あんたって、甘党なん……?」


 それに、ジークは首を横に振る。


「違う。糖分は頭の働きをよくする」


「そうかもやけど……、ココアフロートにガムシロはやりすぎ」


 アイシャがそう言うと、注文したものがすぐに届いた。


 そして、ジークはココアフロートにガムシロを3つも入れ、

「そうか? 意外といけるぞ」と言い放つ。


「絶対、舌が馬鹿になってるやん」


 彼女はそう告げながら、ブラックに口を付ける。


 そして、カップから口を離すと途端に真剣な表情となり、問いかけてきた。


「で、話ってなんなん?」


 そこで、ジークもスプーンをフロートに突き刺し、淡々と語り出す。


屋上での一部始終を。

~~~~



 ジークは一通り話終えると、少し溶け出したフロートを口の中に放り込んだ。


「……その話が本当なら、ラジエルは妙な事に首を突っ込んでるって事やんね? それに、あいつがミーシャに迫ってきている現状を鑑みても、無視はできない」


「ああ。それと、何らかの強硬策を講じようもとしている」


「そうみたいやね……」


 彼女は唇を噛みしめながら呟く。


 そこで、ジークは念のために再度同じ質問をする。


「本当に、体への違和感がないんだな?」


「うん。あんたに言われたことが気になったから、ミーシャに調べてもらったんよ。けど、なんも見つからんかった……」


 そう彼女は肩をすくめて答えた。


「……そうか」 


 ジークはそう呟くと、ココアを眺めながら少し考え込む。


――エレクはアイシャに対し何らかの能力を施したと思っていたのだが、それに関しては思い過ごしだったのか……?


 しばらくして、ジークは顔を上げると今度はミーシャに語り掛けた。


「ところで、ミーシャ」


 すると、彼女はビクッと肩を震わせコーヒーカップで顔を隠してしまう。


 ジークはその様子を少し気にするが、構わず話し続ける。


「お前が、エレクに詰め寄られるようになった心辺りはあるか? それと、お前が誰かに狙われるような心辺りも」


 そう問われると、彼女は俯いたまま弱々しく答え始めた。


「ラジエルさんに迫られるようになった理由は思い当たりません……。一週間くらい前から唐突に……。けど…………」


 彼女はそこまで言うと、アイシャへ視線を送る。


 それは、まるで彼女に助けを求めるかのような目配せであった。


 そこで、ジークも首を傾げながらアイシャの方を見る。


 すると、彼女はこめかみに指を充て深く考え込んでしまった。


 ジークはそんな彼女の様子をフロートを食べながら窺う。


――正直、彼女らの事をあまりよくは知らない。アスモデウス家とサタン家は親交がない。

そもそも、アスモデウス家はソロモン72柱が一つであり、ソロモン家は以前からサタン家を目の敵にしている節があったのだ。そのため、ソロモン72柱に関与している悪魔の多くから、あまりいい顔をしてもらえない。アイシャは特にそれを気にしている様子など一切ないが。

 

 そして、ジークがフロートを食べ終わっても、一向に返答はない。


 ジークはそれに痺れを切らし、

「狙われる様な理由があるんだな?」と問いかけた。


 すると、彼女はようやく腹をくくり語り始める。


「うん。……ミーシャにはね、とある力があるんよ。ううん、正確には呪いやね。アスモデウス家の中でも血を特に色濃く受け継いだ者が背負う『悪行イビル』が」


 アイシャはそう言うと、カップを口に運ぶ。


 それにつられ、ジークもココアを一口含む。


「……『悪行イビル』か」と呟きながら。


 そしてジークはグラスを口から放すと、遠慮がちに問いかけた。


「どんな『悪行イビル』か具体的に聞いても?」


 すると、アイシャは

「絶対に口外しやんでよ」と前置きをしてから話し始める。


「ミーシャの持つ『悪行イビル』は、簡単に言うと誘惑する事なんよ。ただ、それはあまりに強力で『魔の物』を呼び寄せたり、手名付けたりすることも出来るんや」


 そこでジークは少し驚き、ミーシャの方を見た。


 しかし、彼女は相変わらず俯きがちで、目を合わせようとはしてくれない。


 だが今はそんな事よりも、アイシャがあえて『魔の物』という呼び方をした事に引っかかりを覚えていた。


「その『魔の物』って呼び方……、悪魔だけでなく魔界にいる生物をも含んでいるからか?」


「そこを突っ込んでくるんやな。まぁ、その通り。ううん、むしろ悪魔より心を持たない『魔獣』の方が色濃く影響を受ける」


 彼女がそう告げてきたのに対し、ジークはさらに問いを投げ掛けた。


「それは数や範囲に制限はないのか?」


 するとそれには、ミーシャが顔を伏せたまま口を開いてきた。


「……数に制限はありません。それと、試した事はありませんけど、共同自治区内であれば、どこへでも私の『悪行イビル』は届くと思います……」


 それを聞かされ、ジークはさらに驚く。


「そんな力を持っていて、よく今まで大きな問題にならなかったな?」


 しかし、そう問いかけられると、ミーシャは明らかに肩を落としてしまう。


 そして彼女は

「……はい。小さい頃は苦労しました……。けど、今はある程度『悪行イビル』を制御できる様になりましたので……」と言葉を詰まらせながら、小さな声で答えてくる。


 そんな彼女の様子にジークは、彼女がこの呪いによって過去に何らかのトラウマを植えつけられたのだろうと察した。  


 ただ、そこで再びアイシャが話し掛けてくる。


「これで分かってくれた?」と。


 そんな彼女は、明らかに話を終わらせたがっている。

それは、ミーシャの様子を見れば無理もないことだ。

これ以上、多くを語らせるのは酷であろう。


 そう思い、ジークはこの話を切り上げた。


「ああ。ミーシャが狙われている事にも、一応の納得がいった」


「……その言い方は複雑やね。願わくば、何もかもが杞憂であって欲しいんやけど」


「そうだな。だが、念のためにもほとぼりが冷めるまで無用な外出を控え、大人しくしていろ」


「うん、そうすんね。色々教えてくれてありがとう」

「礼には及ばん。俺がお前たちに情報を与えたのは親切心からではないからな」


 それを聞くと、アイシャは怪訝な表情で問いかけてきた。


「え? それはどういうこと?」


 だが、それには答えず、ジークはおもむろに携帯を取り出した。それは折り畳み式のガラケー。


 それを見て彼女は

「懐かしいものを使ってんやね?」とガラケーを物珍しそうに覗き込んできた。


 ただそこで、ジークは神妙な面持ちとなる。


「……店員に流行り物として進められたんだが」


「あんたそれ、騙されとるやん!」


 ジークはそれを聞き、少しばかりショックを受けた。


 しかし咳ばらいをして、すぐに話を戻す。


「ンンッ……そんなことより、連絡先を渡しておく。何かあっても、なくても情報をくれ」


 ジークはそう言うと、紙ナプキンに書き写したアドレスと電話番号を渡した。


 だがそこで、アイシャは訝しみつつ問いかけてくる。


「それは、構わないけど……。あんたの狙いは何?」


 それにジークは淡々と言い放つ。


「俺は、エレクの裏にいる存在を突き止めたい。ただ、それだけだ」と。


 ジークがこの話を持ち掛けたのは、彼女たちの身を案じたという面もある。


 しかし、それよりもエレクの裏にいる者の存在、それが何なのか、何を目論んでいるのか。その情報を二人を通して得ようとしていた。


 つまり、ジークは彼女たちを利用するつもりだったのだ。


 父から受けた任は天使たちの陰謀を暴くこと。まだ確証もないし、何より父の言った事を鵜呑みにするのは癪であった。


 だが、シャーリーの為にもジークはこの任を全うしなくてはならない。


 今はその一心で、暗い闇の底へと足を踏み入れていく。


 迫り来る脅威が、どれだけ危険な存在かも知らぬまま――

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