一刻の安らぎ ②
しばらくして、風呂上がりのアイシャとミーシャがリビングへと入ってきた。しかも、ミレイに借りたのだろう、バスローブ姿で。また、彼女達はジークとは視線を合わせず、気まずそうにしている。
その様子に、ジークも思わず視線を逸らし、話を切り出すタイミングを逃してしまう。
するとそこで、ミーシャがジークの前まで来て
「あの……今更ですけど、お邪魔しております。それと、お風呂……ありがとうございました……」と告げてきた。
それに対し、ジークは頷きつつ、答える。
「ああ、それは構わんが……」
しかし、ジークが言い終わる前に、ミーシャはアイシャの後ろに隠れていってしまう。
そんな彼女の姿を見ていたジークだが、アイシャからジト目で文句を入れられる。
「その、お世話になっといてあれやけど……。あんまし、嫌らしい目付きでジロジロと見ないでくれる?」
それに対し、ジークは否定をしつつ
「そんな目で、見てはいない。ただ……、お前らに怪我がなさそうでよかった」と答えた。
すると、アイシャとミーシャの二人が同時に赤面し、顔を逸らしてしまう。
「はい、お陰様で。その……、助けてくれてありがとうございます……」
とミーシャはぎこちなく告げながら。
その言葉に続いてアイシャも
「……あんたの方こそ、怪我は大丈夫なん?」とぎこちなく問いかけてきた。
それにジークは
「ああ、もう何ともない。この通りだ」と答えながら、二人に左手を見せた。
ぶった切られていた筈の彼の左手は、すでに何事もなかったかのように元通りに戻っていたのだ。
すると、それを目の当たりにして驚いた二人は、ジークの腕へと顔を近づけてきた。
「ほんとやね。驚いたわ」とアイシャは声を漏らしつつ。
そして彼女達は、先程の事や自身の格好など忘れてしまったのか、前屈みとなりジークの腕を食い入る様に見続けている。豊かな胸元を見せつけながら。
そこで、ジークはこの光景に耐えきれなくなり、
「……おい、見えてるぞ」と漏らした。
すると、二人は慌てて胸元を抑え、ジークから距離を取る。
「どこ、見てんのよ!」とアイシャは喚きながら。
それに対し、ジークはため息混じりに
「はぁ、今のは俺の所為ではないだろ。……だが、さっきは悪かったな」と謝罪を述べた。
すると、アイシャは再び尻尾を逆立たせ、口ごもりながら告げてくる。
「うっ……確かにそうやけど……。ってか、さっきの事も、もういいって! 鍵を掛け忘れてたうちらにも、非があるんやから……!」
それを聞き、ジークはこれ以上面倒事を増やさぬ様、
「そうか。まぁ、その……次はない様に気を付ける」と話を切り上げようとした。
だがそこで、台所からミレイが
「ジーク様、わたくしの体でしたら、いくらでも見ていいんですからね?」と余計な事を口にしてきたのだ。
すると、なぜかジークが二人から白い目を向けられる。
「最低……」と言う蔑んだ言葉付きで。
そこでジークは、一応家主であるにも関わらず、肩身の狭い思いをさせられるのであった。ただ、ジークにはそれを否定する気力など起きはしなかった。これ以上口を挟めば余計面倒な事になると思ったために。
そして状況を悪化させた張本人は、呑気に鼻歌を口ずさみながら、食卓に料理を並べ始める。食卓には、4人分のハンバーグとオムレツとサラダ、それとライスが次々に並べらていく。
すると、その光景にアイシャは驚き、疑問を漏らした。
「まさか、うちらの分も作ってくれたん……?」と。
それにミレイは満面の笑みで答える。
「勿論ですよ~。腹が減っては何とやらと言いますし。皆さん、ご飯にしましょ♪」
だがそこで、アイシャとミーシャは恐縮してしまう。
「お風呂までお借りして、夕食まで用意していただけるなんて……。その、申し訳ありません。せめて、運ぶのくらいは手伝わせて下さい」
ミーシャがそう申し出ると、アイシャも続いて
「ええ、それくらいはやらせて」と申し出た。
しかし、ミレイは満面の笑みで、それに断りを入れる。
「うふふ、お気になさらずに。お二人ともお疲れでしょうから、ゆっくりしていて下さいな」
それでも、彼女達は申し訳なさそうに
「あ、いや。でも……」と言って、ミレイを手伝おうとする。
ただ、ミレイもそこは譲らず
「本当に大丈夫ですから。皆さんは、先に召し上がっていて下さいな♪」と言って、彼女達を食卓の方へ追いやっていく。
それには、アイシャ達も遂に折れて、大人しく従うのだった。
「そこまで言うんやったら、お言葉に甘えて……」
そして、彼女達はジークの対面へと腰かけ、目の前の料理に目を輝かせ出す。
「すごい美味しそう。うちらじゃ、絶対作れやん」
アイシャは、まるで匂いを噛みしめるように、そう呟いていた。
そこで、ジークは何の気なしに
「お前ら、料理とかするのか?」と問いかける。
するとアイシャが、なぜかムキになり言い放ってきた。
「す、するわよ! うちだって、目玉焼きくらいは作れるんやよ!?」
そんな彼女の様子に、ジークは地雷でも踏んだのかと思い、
「そうか」と生返事で答え、会話を終わらせようとした。
ただ、それが良くなかった。
彼女はさらにヒートアップし、身を乗り出してきたのだ。
「なに? 疑ってんの? だったら、今度食わせてあげんよ! ほっぺが落っこちるわよ!」と言い放ちながら。
だがそこで、ミーシャは聞くに堪え切れなくなったのか、横やりを入れてくる。
「お、お姉ちゃん、そんな見栄張らない方が……。『悪行』の所為で美味しくない料理しか作れないんだから……」
すると、アイシャは苦虫を噛み潰した様な表情となり、ミーシャを睨みつけた。
「うっ……あんたは余計な事を言って……。でも、うちだって普通に作れば美味しい物を作れるんやよ!」
そんな言い訳をするアイシャだったが、ミーシャはさらに追い打ちをかけてくる。
「……そんなところ見た事ないよ?」と。
「待って。一昨日のカレーは普通に作れてたでしょ?」
「確かに、食べれなくはなかったけど……。でも、あれ焦げてたよ」
「え、本当に……? ってか違うやん! 火元を見ていたのはうちやなくて、あんただった! それって、あんたが焦がしたって事でしょ?」
「違うよ! 私はその日、お姉ちゃんに料理を任せて勉強してたもん! あれは、お姉ちゃんが焦がしてた!」
「うちやない! 大体…………」
「それも……」
しばらく姉妹は、ずっとこの調子で言い合いを繰り返していた。完全にジークの存在は忘れられて。その様子は仲睦まじいとでも言うべきなのだろうが。
しかし、このままでは埒が明きそうにもなかった。
そこでジークは、二人に食事を勧める。
「まぁ、そんな事よりも、冷める前に頂くとしないか?」
だが、二人からは
「そんな事やない!」
「そんな事では、ありません!」
と言われてしまう。とても息のあった勢いで。
ただ、それにより姉妹喧嘩は一応の終幕を迎える。お互い、ムスッとした表情で顔を背けていたが。