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吸血鬼は……。



 未鏡 十夜は、吸血鬼だ。


 そんな風に言うと、なんだが物語の主人公のようで、少しかっこよく聞こえるかもしれない。しかし実際、吸血鬼というのは孤独の証明でしかなく、それ以上の意味はない。



 だから俺の過去は、冷たい孤独に塗りつぶされている。



 紫浜先輩のお姉さんが書いた、あの白い本。あの物語の主人公の話と、俺の過去はよく似ている。俺もあの主人公と同じように、最初は自分が吸血鬼だと気づいていなかった。


 しかしある日、血を見た。体育の授業でクラスメイトが派手に転んで、足から血を流した。俺はその血を見た瞬間から、人を人だと思えなくなった。


 それまでも、決して楽しい日々ではなかった。友達も多くはなかったし、両親はいつも喧嘩していた。けど、それでも他人と関わると、温かさを感じることができていた。……しかし血を見た時から、世界が一変した。まるで世界からそれ以外の感情が消えたかのように、俺の心は1つの感情に支配されるようになった。



 怖い。



 その一言が、世界の全てとなった。だから俺は、逃げ出した。何を恐れているのか自分でも理解できないまま、必死になって逃げ出して自室に引きこもる。しかし、しばらくして両親が部屋に踏み込んでくる気配を感じて、俺は窓から逃げ出した。そして当てもなく、夜の街を彷徨った。


 でもあの本のように、自分の正体を教えてくれる都合のいい存在は現れなかった。だから俺はずっと逃げ続けて、結局、警察に補導されて両親の元に連れ戻された。そして家でも学校でも死ぬほど怒られて、俺の居場所は完全になくなった。



『……ちょうどいいか』



 でも俺は、そんなことを呟いたはずだ。だって俺は、怖かった。人と関わるのが、どうしようもなく怖かった。人と関わると心が冷たい感情に支配されて、自分が自分でなくなる。そんな言い知れない、恐怖があった。


 だから俺は、1人になった。


 そしてそれから何年も、俺は1人で生き続けた。誰も俺に、話しかけてはこなかった。俺も誰にも、話しかけたりしなかった。だから心を占める恐怖は徐々に薄らいでいき、でもその代わり冷たい寂しさが心を占めるようになった。


 そして気づけば俺も中学生になり、その恐怖と孤独にも慣れ始めていた。しかしそんな折、俺に話しかけてくる奴がいた。


『お前、吸血鬼なんだってな』


 自分がそんな風に噂されているなんて知らなかった俺は、そいつのことを完全に無視した。すると怒ったそいつとそいつの仲間は、俺に嫌がらせをするようになった。


 ようにするそれは、虐めだった。でも俺はそんなことどうでもよくて、ずっと無視し続けた。すると虐めは次第にエスカレートしていき、ついにそいつらは直接俺をリンチしようとした。


『お前、生意気なんだよっ!』


 そう言って殴りかかってきた奴を、俺は殴り返した。別に、むかついたわけじゃない。その時の俺の行動は、飛んできた虫が鬱陶しいから叩いた。それくらいの意味しかなかった。



 でも、血だ。



 血が舞った。久しぶりに見た、人の血。それを見ると、薄らいでいた冷たい感情が戻ってきたのを感じた。そして同時に俺は、その感情の意味を理解した。



 つまり俺は、ただ人を愛せなくなっただけなんだと。



 人が、餌としか思えなくなった。人を見ても、人と感じられない。それこそまるで吸血鬼のように、人を血の詰まった袋としか認識できない。



 俺はそんな自分が、何より恐ろしかった。



 そして気づけば、俺を虐めていた奴らは全員その場に倒れていた。別に俺の力が、強かったわけではない。ただ俺だけ、加減しなかった。その線引きが、俺にだけなかった。だから俺だけ、指の骨が折れるくらい強く強く殴り続けて、気づけば相手が倒れていた。



『化け物……吸血鬼め……』



 誰かが、そう言った。ああそうだよ、と俺は答えた。結局その事件は、仲間内で喧嘩しただけということになり、俺とそいつらに大したお咎めはなかった。


 親はもう、俺を怒らなかった。誰も俺を、怒りはしなかった。そしてもう、誰も俺を虐めなくなった。だって俺を虐めていた奴らの半数が不登校になり、残った半分が転校することになったから。



 それからは誰もが俺を怖がるようになり、だから俺は吸血鬼になった。



 でも、それでよかった。だって俺はもう、理解したから。自分が、普通ではないのだと。吸血鬼。それは別に血を吸う鬼の名ではなく、ただ人とは違うということの証明。だから名前なんて、鬼でも悪魔でもなんでもよかった。


 ただ、人を愛することができない存在。それが、吸血鬼。そしてその吸血鬼が、俺なんだ。


 だから俺は、ずっとずっと1人で生きていくんだと思っていた。死ぬまで孤独で、死んだ後も孤独なんだと。



 でもそんな時、1人の少女と出会った。



 御彩芽 ちとせ。彼女を見た時、久しぶりに心が動いた。……綺麗だ、そう思った。それはただ、絵画を見て美しいと思うような感情でしかない。でも人を見て心が動いたのは、本当に久しぶりだった。


 だから俺と彼女は、友達になれた。……きっとそれは、彼女も俺と同じで孤独だったからなのだろう。だから不思議と、彼女とだけは分かり合うことができた。そして俺は彼女に、自分の秘密を打ち明けた。



 俺は人を人とも思えない、吸血鬼なんだと。



 しかしそれを聞いたちとせは、その言葉を鼻で笑った。



『私だって、他人なんて何とも思ってないわ』



 他人を何とも思っていない彼女と、他人に何も思えない俺。俺たちは、似た者同士だった。だからきっと、仲良くなれたのだろう。そして、そんな誰とも相いれない2人で過ごすうちに、俺は少しだけ人の心を取り戻せたような気がした。



 そんな楽しい日々が長らく続いた、とある日。彼女はこんな噂を口にした。



『吸血鬼って、同じ吸血鬼の血を吸うと人間に戻れるらしいわよ?』



 そんなつまらない噂を口にするなんて、ちとせらしくないと思った。でも続くちとせの言葉は、乾いた俺の心を強く揺さぶった。



『それでこの学校には、あんたと同じ吸血鬼が居るらしいの』



 冷血吸血鬼、紫浜 玲奈。彼女も俺と同じように吸血鬼と呼ばれ、他人を拒絶していた。そんな彼女に近づけば、何か変わると思った。別に本気で血を吸う気はなかったが、それでも同じ吸血鬼かもしれない彼女に近づけば、何か変わるかもしれない。



 そう思い、俺は彼女に近づいた。



 ……しかし普通に近づいても、彼女は俺の話なんて聞きはしなかった。ちとせの時と同じように、孤独だからといって簡単に分かり合えるわけじゃないらしい。……なら、どうすればいいのか。俺はそれを必死に考えた。



 それで結局、彼女に告白することにした。



 好きだって言葉を言い訳にすれば、多少強引に距離を詰めても怪しまれないだろう。そして実際に付き合うことができれば、彼女の秘密を聞けるかもしれない。それは他人の気持ちを考えない、最低な行いだ。けど当時の俺に、そんな良識はなかった。



 だから俺は、先輩に告白を繰り返した。



 俺の好きなんて言葉にはそれだけの意味しかなく、それ以上の想いなんてどこにもありはしない。



 ……その、はずだった。



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