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幸せです。



「ジェットコースター。なかなか、ハードでしたね。先輩は、大丈夫でした? 気分悪くなったりとか、してません?」


 俺はそう尋ねながら、先輩の様子を伺う。


「…………」


 先輩はジェットコースターに乗っている最中、ずっと硬い表情でバーをぎゅっと握りしめていた。だから俺は少し、心配だった。もしかしてジェットコースターは、先輩に合わなかったんじゃないかって。


「……凄かったです。想像よりずっとふわふわして、気づいたら……終わってました」


「まあ、最初はそんなもんですよね。でも、無理する必要はないですよ? だから次は──」


「いえ、凄く楽しかったです」


 先輩はキラキラと目を輝かせながら、真っ直ぐに俺の瞳を見つめる。


「今もまだ、ドキドキが収まりません。やっぱり何事も、実際にやってみないと分からないものなんですね。ジェットコースターがこんなにドキドキするものだなんて、私……知りませんでした」


「初めてで面白さを理解するなんて、やりますね。先輩」


「はい。私も内心、自分には合わないかなって思ってたんです。私は運動もあまりしませんし、こういう激しいのは酔っちゃうんじゃないかって」


 でも凄く、楽しかったです。先輩はいつもよりずっと無邪気な顔でそう言って、また俺の腕を抱きしめる。


「先輩がそう言ってくれるなら、俺も嬉しいです」


「ふふっ。貴方が嬉しいなら、私も嬉しいです。……でも貴方もちゃんと、楽しんでましたか? 何だか貴方は、ずっと私の方ばかり見ていた気がするんですけど……」


「……いや、楽しんでましたよ? ただ俺はジェットコースターより、先輩のことが気になったんです。先輩、ぎゅっとバーを握って硬い表情をしてたから、もしかして合わなかったのかなって」


「私の心配をしてくれるのは、嬉しいです。でも、貴方もちゃんと楽しまないと、ダメです。……ほら、もう一度乗りましょう? 今度は私も周りの人みたいに、バーから手を離してみます」


 先輩は俺の腕を引っ張って、またジェットコースターの方へと向かう。……そんな先輩はやっぱりいつもよりずっと子供っぽくて、俺は思わず笑ってしまう。


「じゃあ先輩。今度は2人で手を上げて、思いっきり叫び声をあげてみましょうか?」


「……声を上げるのは、まだちょっと恥ずかしいです」


「あ、そうですか? じゃあ俺が先輩の分まで、声をあげますね」


「はい、お願いします。……でもどさくさに紛れて、大声で告白とかはしないで下さいね? それは流石に、恥ずかしすぎるので……」


「流石に俺も、そんなことはしませんよ。でも……」


 そこで先輩の方に一歩近づいて、耳元で小さく囁く。



 好きですよ、と。



「──! だから突然は、やめてください!」


「ははっ、ごめんなさい。でも先輩が言ったんでしょ? 大声はやめてって。だから小声で小さく、告白しました」


「そういう問題じゃありません!」


 先輩は顔を真っ赤にして、ジト目でこちらを睨む。……けど俺の腕をぎゅっと抱きしめたままなので、本気で怒っているわけではないのだろう。


「……って、先輩?」


 先輩は手を離さないどころか、寧ろより強く俺の腕を抱きしめる。だから先輩の大きな胸を通して、ドキドキとした激しい鼓動が伝わってくる。


「貴方、少しエッチな顔してますよ? ……そんなに私の胸が、気になりますか?」


「あ、すみません。そんな顔、してました?」


「ふふっ、冗談です。……でもドキドキと、貴方の鼓動が伝わってきます。もう何度も触れてるのに、やっぱり慣れないものなんですか?」


「慣れとか、多分ないと思いますよ。……というか、先輩だってドキドキしてるじゃないですか」


「そう、ですね。確かにこれは、慣れませんね……」


 2人して顔を赤くしながら、笑い合う。そしてまたジェットコースターに乗って、次は他の絶叫系のマシーンの方へと向かう。



 そしてそんな風に、先輩と一緒に時間を忘れてはしゃぎ回っていると、気づけばあっという間に昼過ぎになっていた。


 だから流石に少し休みたいな。なんて思ったところで、先輩はにこりとした笑みを浮かべて、その言葉を口にした。


「そろそろ、お昼にしましょうか。私、今日もお弁当……作ってきたんです」



 ◇



 春の麗らかな日差しが、夏の熱い日差しに変わり始めた暑い午後。俺たちは木陰に置かれたベンチに腰掛けて、先輩が作ってきてくれた弁当に舌鼓を打っていた。


「今日はいつにも増して、豪勢ですね」


 俺は綺麗に揚げられたエビフライを箸でつまみながら、そう言う。


「はい。だって、約束してたでしょ? 今度のデートで、私が貴方にご馳走するって。……だからその、気合を入れて作りました」


「ありがとうございます。このエビフライ、めちゃくちゃ美味しいです」


「ふふっ。そんなに喜んで頂けるのなら、私も作った甲斐があります」


 いつものように、並んで弁当に箸を伸ばす。最近はずっとこうやってお昼を食べてきたけど、やっぱりこの時間は幸せだなって改めて思う。


「それで、先輩。遊園地はどうですか?」


「思っていたより、ずっと楽しいところです。私、こんなにはしゃいだの、生まれて初めてかもしれません」


「……楽しんでもらえてるなら、俺も嬉しいです。じゃあ午後は何か、乗りたいものとかありますか?」


「それなら私……もう一度、あの……なんて言うんでしたっけ? 上にあがって凄い勢いで降りるあれに、また乗りたいです」


「あー、フリーフォールですか。別にいいですけど、食べてすぐじゃ気分悪くなったりしませんか?」


「私は多分、大丈夫です。……あ、でも私ばかり楽しんでも、ダメですよね? その……今日は2人の、デートなんですから」


 先輩は食べ終わった弁当箱に蓋をしながら、申し訳なさそうに俺を見る。


「変な遠慮しないでくださいよ、先輩。俺は先輩と居られるなら、何だって楽しいですから」


「相変わらず優しいですね、貴方は」


「好きな人の前なんで、かっこつけてるだけですよ」


「……ずるいです。そういう言い方は」


 先輩は甘えるように、俺の肩に頭を乗せる。だから俺はそんな先輩の肩を、優しく抱きしめる。……もう暑いと言っても差し支えない気温なのに、先輩の温かさは何故だかとても心地いい。


「もう少し、こうしていたいです」


「……じゃあ少しだけ、食休みしましょうか」


 遊園地の楽しげな喧騒を聴きながら、ほんの少し間だけ身を寄せ合う。けど俺たちはすぐに立ち上がって、時間を惜しむように、喧騒の中へと歩き出す。



 そして気づけば、綺麗に澄んでいたはずの青空が徐々に茜に飲まれて、遊園地を赤く染め上げていた。


 ……だから俺は、思ってしまう。もっとずっと、こうやって遊んでいたいなと。この夕暮れのまま世界が止まって、俺たちはずっと2人で遊び続ける。そんなことを、夢見てしまう。



 ……けど世界はとても非情で、どれだけ願っても時間が止まることはない。



 だから俺は遊園地の中心にある観覧車を指差して、惜しむように口を開く。


「先輩。最後はあれに、乗りませんか?」


「……観覧車、ですか。いいですね。ではそれに乗って、今日はもう……終わりにしましょうか」


 2人で身を寄せ合い、ゆっくりとゆっくりと観覧車に向かって歩き出す。



 だから楽しい楽しいデートは、もう少しだけ終わらない。



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