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興奮するよね?



 茜色に染まった道を歩いて、いつもと同じように家に帰る。そして約束通りうちに来てくれた紫浜先輩は、また料理を作ると言ってくれた。だから俺はその後ろ姿を、ぼーっと眺めていた。


「今日は、豚の生姜焼きなんだってさ。楽しみだねー」


 ……生徒会長の、水瀬さんと一緒に。



 放課後の文芸部で、水瀬さんはリレー小説を書こうと提案した。しかしちとせも黒音も紫浜先輩も、その意見に反対した。



 上手く書けないし、恥ずかしいからと。



 でも水瀬さんは、そんな皆んなにこう言った。


『難しいって思うことに、皆んなで協力して取り組む。それが、部活ってものでしょ? それに、ちょっと恥ずかしい秘密を共有するのは、仲良くなる為の秘訣なんだよ』


 水瀬さんのその言葉に、誰も反論できなかった。だから結局、俺たちはリレー小説を書くことになった。順番やテーマなんかはまだ決まっていないが、水瀬さんが舵を取ればそれもすぐに決まるだろう。そういうリーダーシップは、流石は生徒会長だなって思う。……文芸部の部長は、紫浜先輩だけど。


 そんな風に部活は滞りなく終わって、下校のチャイムと共に皆んなそれぞれに家に帰った。……しかしどうしてか、その後すぐに水瀬さんはうちにやってきた。


「……水瀬さん。どうして突然、うちに来たんですか?」


 だから俺は、そう尋ねる。


「さっきも言ったけど、別に大した理由なんてないよ」


「水瀬さんは大した理由もなく、男の家に遊びに行くんですか?」


「ふふっ。そう言われると、私がエッチな子みたいだね。でもざーんねん。私がエッチなことをするのは、好きな人だけって決めてるの」


「じゃあ本当に、何しに来たんですか?」


「だから理由は、ないんだって」


 そんなやりとりを、先ほどからずっと続けている。けど水瀬さんは誤魔化すようなことを言うだけで、ちゃんとした答えを返してくれない。


「ねぇ、十夜くん。君はさ、紫浜さんのことが好きなんだよね?」


 紫浜先輩の後ろ姿を眺めながら、水瀬さんは当たり前のようにそう告げる。


「そうですよ」


 だから俺も、当たり前のようにそう返す。……俺は半年近く、紫浜先輩に告白を繰り返してきた。でもそれは別に隠れてやってきたことではないので、結構多くの奴が俺が紫浜先輩に好意を寄せていると知っている。


 だから今更、そこに驚いたりしない。


「じゃあさ、2人はやっぱり付き合ってるの? こうやって家にも、遊びに来てるわけだしさ」


「……いや、そういうわけじゃないですよ。俺は紫浜先輩のことが好きですけど、先輩はまだ一度も……俺のことを好きだって言ってくれてませんから」


「ふーん。付き合ってはいないんだ。それなのに紫浜さんは、あんなに頑張って料理してくれてるんだね」


「……そうなりますね」


 なんだか探るような水瀬さんの態度に、俺は少しだけ警戒してしまう。


「ふふっ。そんなに警戒しなくても、大丈夫だよ? 私たちはもう、同じ部活の仲間なんだしさ!」


「そういう人の心の機微にめざといところに、警戒してしまうんですけどね」


「それは私が凄いんじゃなくて、十夜くんが分かりやすいだけだよ。そして私はそんな可愛い十夜くんと仲良くなりたくて、ここに遊びに来たの」


「……そうですか。じゃあ少しだけ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」


「いいよ。スリーサイズは、1番上だけ教えたげる」


 水瀬さんは綺麗な金髪を揺らしながら、自信満々に大きな胸を張る。……しかし生憎と、彼女のスリーサイズに興味はない。


「いや、要りませんよ。それより聞きたいのは、水瀬さんとちとせとの関係なんです」


 確かこの前、虐められていた水瀬さんをちとせが助けたと言っていた。だからあまり込み入った事情なら、聞くべきではないのだろう。……けど俺は、それがずっと気になっていた。だってちとせが虐められていた子を助けたなんて話、一度も聞いたことがないから。


「それくらい別に構わないけど、大した話じゃないよ?」


「それでも聞いてみたいんで、お願いできますか?」


「分かった。じゃあ話したげる」


 水瀬さんは特に気にした風もなくそう言って、ゆっくりと自分の過去を話し出す。


「……私はハーフだから、髪の色と目の色が皆んなと違うでしょ? だから小学生の時、つまらない虐めを受けてたの。まあ虐めと言っても、上履きを隠されたりとか、その程度のことだけどね」


「それをちとせが、助けてくれたんですか?」


「うん。私を虐めて笑い者にしてた奴らに、たまたま通りかかった彼女が言ったの。『つまらない真似、するんじゃないわよ』って。……かっこよかったなぁ」


 水瀬さんは遠い目で、窓の外に視線を向ける。……その仕草を見ているだけで、なんとなく分かる。その思い出がどれだけ水瀬さんにとって、大切なのか。


「私と彼女の関係は、たったそれだけ。だからこの前私が話しかけるまで、ちとせさんは私のことなんて覚えてもいなかった」


「ま、それはちとせらしいですね」


「うん。けど私は彼女みたいになりたいと思って、ここまで頑張ってきた。……だから彼女に『文芸部に入ってくれない?』って頼まれたら、断ることなんてできなかった」


 やっぱり水瀬さんがあんなに簡単に文芸部に入部してくれたのは、ちとせのお陰だったのか。


「…………」


 俺はそう、納得するように息を吐く。すると水瀬さんはそんな俺の様子を見て、ニヤリとした笑みを浮かべて言葉を告げる。


「でも私が文芸部に入ったのは、君が居たからってのもあるんだ。なにせ君は、あのちとせさんが想いを寄せる男の子だ。私はそんな君が、ずっと気になっていたんだよ」


「……ちとせの気持ちも、知ってるんですね」


「君が言ったんだろ? 私は人の心の機微に、めざといって。……でもまあ、ちとせさんは自分の気持ちを隠す気なんてなさそうだけど」


「まあ、そうですね」


 そこで少し、沈黙。だから俺は、考える。……水瀬さんが突然うちにやって来た理由は、まだ分からない。彼女の言葉はどれも冗談みたいに軽くて、真偽を見抜くことができない。……けど水瀬さんは、根はかなり真面目な人だ。だから変に、気にする必要もないだろう。


 そう考えて、肩に入っていた力を抜く。すると水瀬さんは見計ったように、口を開く。


「食事の準備をしてる紫浜さんの後ろでね、こうやってこそこそ話をする。それってちょっと寝取ってるみたいで、興奮しない?」


「……なにバカなこと、言ってるんですか」


「それに隠れて憧れの人の好きな人の家に行くっていうのも、かなり寝取ってるっぽいよね?」


「いや、水瀬さん。貴女、不正とかズルとかが何より嫌いだって、言ってたじゃないですか」


「でもだからこそ、興奮するんだよ!」


「…………」


 この人もしかして、ヤバい人なんじゃないか? そう思い、距離を取ろうと立ち上がる。するとちょっどいいタイミングで、紫浜先輩がこちらを振り返る。


「あ、紫浜先輩。もしかして料理、できました? じゃあ配膳は俺がするんで、先輩は先に座っててください」


「いいんですか?」


「もちろんですよ。料理は手伝えなかったんで、それくらいやらせてください」


 そう言って俺は、台所に向かう。……水瀬さんはそんな俺を見て、ただただ楽しそうな笑い声を響かせていた。



 そしてその後、紫浜先輩が作ってくれた美味しい生姜焼きを3人で食べて、当たり障りのない会話を交わした。紫浜先輩と水瀬さんは少し壁があるように感じたけど、それでも喧嘩になるようなこともなく、比較的楽しい時間を過ごすことができた。


「いきなり訪ねてきて、ごめんね? でも楽しかった。ありがと。……さ、帰ろ? 紫浜さん」


 そして水瀬さんはそう言って、紫浜先輩を連れて帰ってしまった。だから俺はなんだか消化不良のような気持ちで、2人の姿を見送った。


「……けどまあ、また明日も会えるしいいか」


 そう呟いて、自室に向かう。そんな風にして、悶々とした気持ちを抱えたまま、月曜日が終わりを告げた。



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