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楽しくいきましょう?



 思わず手を伸ばしたくなるような青空が広がる、心地よい午後。長い授業を終えた俺は、いつものように文芸部の部室に顔を出す。


「こんにちわ。未鏡 十夜さん」


 すると当たり前のように、先輩がそう声をかけてくれる。


「こんにちわ、紫浜先輩。……って、まだ先輩だけなんですね」


「はい。水瀬さんは生徒会の方に顔を出さなければならないので、少し遅れると言ってました」


「そうなんですか。俺はちとせと黒音から、ちょっと遅れるって聞いてます」


 ちとせは掃除当番。黒音はボードゲーム部。そして水瀬さんが生徒会ということは、今は俺と紫浜先輩の2人きりということになる。


「…………」


 だからふと、思い出してしまう。温かで柔らかな先輩の感触と、あの激しい……キスを。


「その……2人きり、ですね」


 先輩も俺と同じことを思い出したのか、照れたように手元の本に視線を向ける。


「そうですね。でもまあ、2人きりなんていつものことですよね?」


「ですよね。……2人きりで話すのなんて、いつものことです」


「…………」


「…………」


 そこでお互い、黙り込んでしまう。……けど、こんなところで照れて立ち止まる俺じゃない。だからあえていつもより近くの椅子に座って、先輩に話しかける。


「先輩。この前言った通り、昨日のデートでちとせに俺の気持ちを伝えました。……俺は先輩が好きで、だからお前とは付き合えないって」


「そうですか。でも彼女、諦めなかったでしょ? ……いえきっと逆に、もっともっと貴方のことが好きになったはずです」


「……どうしてそう、思うんですか?」


 まるでちとせの気持ちが分かると言うような先輩に、俺はそう尋ねる。


「私も……女ですから。だから、分かるんです。分かるように、なったんです」


「それは俺には、分からない感性ですね。でもそれは……いや、先輩の言ってることは当たってますよ。俺の気持ちを聞いても、ちとせは変わらず俺のことが好きだって言ってくれました。……俺はあいつが、泣くと思ってたのに……」


 きっとだから俺は、答えを出すのを躊躇していたのだろう。


「あの人は貴方が思っているよりずっと、強い人だと思いますよ」


「かも、しれませんね。俺はあいつのことを知っているようで、全然知りませんでした」


 でもだからって、俺の気持ちは揺るがない。だから俺は余計な感傷を振り払い、先輩の瞳を真っ直ぐに見つめる。


「それで、紫浜先輩。昨日、寂しくなかったですか?」


「……いきなり、どうしたんですか? 私は別に、寂しくなんてなかったですよ」


「いや昨日、ふと思ったんです。俺がちとせとデートしてる間、先輩は部屋で1人で居るのかなって」


「だから私が、寂しい思いをしていたと?」


 先輩は心外だと言うように、本を閉じる。


「生憎ですけど、私はその程度で寂しいだなんて思いません。だって私はずっと、1人でしたから……」


「でも先輩この前……」


 1人で居るのに耐えられなくなるって、そう言ってたじゃないですか。そう言葉には、しない。だってそれをここで言うのは、先輩への侮辱に感じたから。


「……そんなことで、貴方が気を遣う必要なんてないんです。貴方があの人とデートして、ちゃんと自分の想いを伝える。それは必要なことで、私も認めたことなんですから……」


 でも、と先輩は言葉を続ける。


「でも、もし寂しかったって言ったら……貴方は何をしてくれるんですか?」


 先輩が、俺を見る。潤んだ瞳で何かを期待するように、ただ俺だけを見つめる。


 だからどくんと、心臓が跳ねる。視線が、先輩の薄ピンクの唇に吸い寄せられる。そして先輩も、俺の唇を見つめているのが分かる。


「…………」


 ……けど流石に、ここでキスをするわけにはいかない。ちとせも黒音も水瀬さんも、皆んなに無理を言って文芸部に入ってもらったんだ。なのにその頼んだ俺たちが誰も居ないからって、部室でキスするのは違うと思う。


 だから俺は、手を強く握り込んで胸の中で暴れ回る感情を抑えつける。そして遠い青空に視線を移して、ゆっくりと言葉を告げる。


「先輩。部活が終わったあとって、時間ありますか?」


「……はい。ありますよ」


「じゃあまた、うちに来ませんか? 今度のデートのことで、先輩に話しておきたいことがあるんです。それに他にも、先輩としたいが……」


「……分かりました。では、その……今日もお邪魔させてもらいます」


 はにかむような表情を浮かべる先輩に、俺も笑みを返す。そして少しだけ、先輩から距離を取る。……だってこれ以上近くに居ると、先輩に手を伸ばしてしまいそうだから。


 そしてしばらく、そのまま黙って空を見上げていると、勢いよく部室の扉が開いた。


「お待たせ。思ったよりずっと早くに仕事が片付いたから、私もこっちで青春を過ごすことにしたよ」


 そんな楽し気な声を響かせて、水瀬さんが部室にやってくる。そしてそのあとすぐちとせと黒音もやって来て、瞬く間に5人の部員が揃う。


「じゃあ皆んな揃ったことだし、そろそろ部活を始めようか!」


 水瀬さんはそう言って、皆んなの顔を見渡す。


「……別に構わないけど、文芸部って何する部活なのよ?」


 そしてそんな水瀬さんに、ちとせは今更な疑問を投げかける。……しかし思えば俺も、文芸部が普段どんな活動をしているのか、よく知らない。だから長らく文芸部に所属していた紫浜先輩に、こう尋ねる。


「紫浜先輩。先輩は普段、どんな活動をしてたんですか?」


「私はずっと、この場所で本を読んでいただけです」


「というか、その女が何の活動もしてなかったから、文芸部は廃部になりかけたんでしょ? ならそいつに訊いても、意味なんてないわ」


「……いやまあ、それはそうかもしれないけど……」


 しかし真面目な生徒会長を部員に引き入れた以上、今まで通り何もしないというわけにも、いかないだろう。そう思い、水瀬さんに視線を向ける。すると彼女はにこりと笑って、弾む声で言葉を告げる。


「ふふっ。まずはね、親睦を深めようと思ってるんだよ。だって私が知ってる皆んなのことなんて、名前とクラスくらいでしょ? だから初めの活動は、皆んなが仲良くなれるようなことがしたいんだ」


「それは確かに、そうかもですね。じゃあ黒音が何か、ボードゲーム部からゲームでも借りてきましょうか? 皆んなでゲームをすれば、すぐに仲良くなれますよ!」


 黒音はそう言って、大きい胸をたゆんと揺らす。


「ううん。せっかくだけど、今はその必要はないよ。それより私、皆んなとしたいことがあるんだ」


 そう告げる水瀬さんに、この場にいる全員の視線が集まる。そして水瀬さんは、そんな皆んなに応えるようにその言葉を口にした。



「皆んなでさ、リレー小説を書かない? きっと凄く、楽しいよ!」



 そんな風にして、再始動した文芸部の初めての活動が幕を開けた。



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