寂しい嘘
時を少し遡り悠輔が退院して半年後、冬の寒さが身に染みる1月の夜。
「悠、醤油取ってー!」
「はいよー。」
悠輔と弟達は夕食を食べているところだった。
「悠にぃ、僕もー。」
「はいよっと。」
祐治も醤油をと言い、それを悠輔がとる。
どこにでもある普通の夕食の途中だった。
(悠輔、魔物だ。)
(りょーかい。)
「あ、いっけね。」
「どしたの?」
「村さんに呼ばれてたの忘れてた、いってこなきゃ。」
悠輔は自然を装い食卓を離れ、ささっと出かける準備をする。
「村瀬さんに伝えておいてね、あんまり悠を連れ出すなって。」
「わかった、伝えとくよ。」
玄関まで見送りに来た浩輔が頬を膨らませながら言う。
「それじゃ、行ってくる。」
「いってらっしゃい。」
悠輔が玄関から出ていくと、浩輔は眉を垂らし悩むそぶりを見せる。
「悠、なんか変だよ…。」
村瀬からの呼び出しは基本的に昼間だ、しかも村瀬のほうが家に来ることのほうが多い。
そんな村瀬からの呼び出しというのも少し不信で、慌てて出ていく悠輔も怪しいといえば怪しい。
「……。」
自分には言えない秘密がある、そう想像するのは容易いことだ。
しかし悠輔が言うつもりがないのなら聞き出すことは出来ないだろう、弟の頑固さはよく知っているから。
「さすがに怪しまれるかなぁ……。」
場所は変わって東京タワーの頂上。
戦闘用の装備に身を包んだディンは呟く。
ここのところ魔物の出現が多く、そのたびにどこかに行かなければならない悠輔が怪しまれていないかというのは不安なところだ。
「来たな。」
そういいながら剣を構えると、上空から魔物が飛来する。
数は数千体程度だろうか、空を覆いつくすという言葉が正しく聞こえてくる。
「限定封印、三段階開放。」
ディンが呟くと金色のオーラがディンを包むように噴出する。
「灼熱の炎よ…!」
右手で剣を持ち、左手を刃に添え詠唱すると、剣から炎が吹き荒れる。
「行くぞ…!」
独り言と同時に跳躍するディン。
一気に魔物の群れの真ん中に跳ぶと、剣を思い切り振りかぶった。
「くらえ!」
剣から迸る炎が吹き荒れ、魔物の群れを焼き尽くしていく。
数千体いた魔物が一気に霧散し、消えていく。
「あらよっとっ!」
残った魔物を掃討しながらディンは考える。
もしもばれてしまったら、その時はどうすればいいのかと。
それは悠輔次第な所が大きいが、しかしディンにとっても問題ではある。
「まあ今考える事でもない、か!」
最後の一匹を一刀両断し、剣を鞘にしまう。
「はぁ。」
疲れた、と言いながらまだ余裕がありそうなディン。
「さて、どっかで時間つぶすか。」
さすがに村瀬に呼ばれたという嘘をついてすぐ帰ってくるのは不自然だろうと、ディンは東京タワーの頂上に着地する。
「きれい、だな。」
そこから見えるビル群やネオンの光を眺めていると気が休まる。
基本自分が表に出ているときは戦う時だけだからなのか、新鮮味を感じる。
「守らねぇと、な。」
そこから見える人々がディンのことを何と呼んでいるのかは知っている。
化け物と呼ばれていることを。
悠輔が親しくしている友人達にも、心のどこかで化け物と思われていることも。
しかし。
「それでも、守りたいからな。」
それがディンの答えだった。
たとえ化け物と呼ばれようと怪物と呼ばれようと。
守りたいものを守る、それが答えだった。
「ただいまー。」
「お帰り、遅かったね?」
「ちょっと立て込んでな。」
悠輔が家を出たのが7時過ぎ、帰ってきたのは10時過ぎ。
2時間半ほどディンは東京タワーから景色を眺めていた。
「そっか、村瀬さんに伝えてくれた?」
「ああ、伝えといたよ。」
嘘をつく。
しかしそれしか手段がないのが事実だ。
「そう、良かった。」
それだけ言うと浩輔は2階に上がっていってしまった。
「ばれてる、かなぁ…。」
一人冷めた夕食を温めながら悠輔は呟く。
浩輔の態度がいつもよりそっけない、それはいつも何かをやらかした時だからだ。
「はぁ……。」
ばれてはいけないが、ばれてしまった方が楽なのかもしれない。
そんなことを考えながら、一人寂しく食事をするのであった。