エピローグ
料理の神ロスメルディアの名を冠する街を造って10年。
やはり美味しいものに抗える人は少ないようで、各国が総力を挙げて建都に協力してくれたおかげもあって、ここら辺は本当に10年前は寂れた町と村しかなかったのか?!とbefore Afterの写真でも載せたくなるくらいの劇的な変化を遂げた。
老後はロスメルディアに移住したい、と考える貴族や裕福な商人も多いようだ。やっぱり現役をリタイヤした後は、美味しいものを食べて好きなことをして悠々自適に過ごしたいよね、どこの世界だってそれは変わらないだろう。
もともと私は美容グッズや健康グッズもたくさん手掛けているから、美の女神シェラディーナも加護をくれているようで、この街では料理と同じくらい健康と美容への関心も高い。
やっぱりね、年を取ってくると健康と美容は切っても切れなくなってくるのよね、私も前世では30代前半くらいまでは好きなように食べてたし、サプリとかに興味はなかったんだけど、40過ぎたくらいから新陳代謝の衰えを感じて、そうか、子供の頃はなんでおばさん達は皆あんなにサプリが好きなんだろう、と冠婚葬祭等で親族が集まると思っていたものだが、自分がおばさんと呼ばれる年になると理解できたぞ、と思ったものだ。おばさん達がスカーフを首に巻くのが好きな理由とかね、首と手と膝には如実に年齢が出るんだよ。女子力イコールアンチエイジングである。
美味しいは正義だけれど、暴飲暴食はいけないし、肥満は健康に悪い。
幸い、この街を治めている私と夫が美の化身(笑)とか言われるくらいに見た目が良いので、美食を愛する方々にも美味しく美しく健康に、という私のモットーは受け入れられているらしい。
私も現在28歳、女が1番美しいのは27・8歳である、と前世ではいわれていたから、これからはどんどん衰えていく一方である。ただ私は年を取るというのは別に嫌ではない、それだけの年数無事に生きてこられたということだしね、老化もまた人生である。今世ではこんな絶世の美女に生まれついたが、前世は中の上くらいだったし、来世があるのなら次はどんな容姿かわからないし。所詮顔の美醜なんて皮一枚の問題である、しかも自分の顔なんて鏡でも見ないと見えないのだから、常に傍にいる伴侶の顔は眺める分には綺麗にこしたことはないが、自分の顔は割とどうでもいい。常に年相応に美しくありたいとは思っているが、過ぎた若作りをするつもりはない。
私に可愛いおばあちゃんは無理だと思うので、美しく上品な老婦人を目指している。
まあ、それも私の夫が私の容姿にまるで執着がないからこそ、言えることなのかもしれないけれども。
私はジークヴァルト様の顔が好きだが、彼の方は本当に私の容姿はどうでもいいらしい。種族的に絶世の美形ばかりだと、逆に顔の美醜なんてどうでもいいのかもね。
「セイラン・リゼル、そろそろ出発の時間だ。取りやめるのなら私はそれでも構わないが」
「取りやめませんよ、行きましょう」
今日はこれからリシェルラルドへ行くのだ。もともとアルトディシアとリシェルラルドは隣国だから、それほど距離はない。遊びにおいで、とアナスタシア様に言われてから10年も経ってしまった。いや、ハイエルフの感覚では10年くらいさほど長くもないだろう。
「別に私は無理に行かなくてもいいのだがな」
ずっと一緒にいるとわかるが、ジークヴァルト様は何事も割と尾を引くというか、根に持つ性格である。だからこそ400年以上もずっと神気を引き摺っていたのだろうけれども。
今回リシェルラルドへ行くのも、心の整理ができたら、と言ってから10年もかかってしまった。ハイエルフにとっての10年は短くても、今のジークヴァルト様の寿命は私と一緒なんだから、今までみたいにのんびりしてたらあっという間に死んでしまうよ。もともと私は前世から竹を割ったような性格と言われてきたのだ。
「ならここで留守番していてくださっても結構ですよ、私1人で行きますので」
そう言うと拗ねたように後ろから抱き締めてくる。相変わらず可愛い人、いやハイエルフである。
「行こう。いや、わかっているのだ、私もいつまでもリシェルラルドに背を向けているわけにはいかないことは」
溜息を吐く夫と共に馬車に乗る。
まあ私もね、いくら自分の容姿にさほど拘りはないとはいえ、超絶美形揃いのハイエルフの集団に会うのに、この先自分が年老いてよぼよぼになってからというのは、少しばかり遠慮したいのだ。
国が変わればもちろん街並みも変わる。
アルトディシアは前世のフランスっぽかったし、セレスティスはチェコのようだったが、リシェルラルドの建物はなんだかイスラミックだ。そして私は前世から美しいイスラム建築が大好きである。
そして見えてきた王城は、ブルーモスクだった。マレーシアでなくトルコの方ね。森の中に高い尖塔がいくつも建ち並んでいて、テンション上がる。
「楽しそうだな」
馬車の窓から街並みを眺める私にジークヴァルト様が声を掛けてくる。
「ええ、とても美しい街並みではありませんか」
「そういえば君は建築物も好きだったな、君の前世はとんでもなく多趣味だ」
多趣味というか、器用貧乏というか、下手の横好きというか、とにかく興味のあることは片っ端からやっていたのは確かだ、しかも途中でやめないからどんどん増えていくんだよね。前世のことを聞きたがったジークヴァルト様に、色々話していたら呆れられてしまった。ひとつのことを極められるような天才ではなかったから、多方面に秀才を目指した結果なんだよ。
「セイラン・リゼル様、よくきてくださいましたね。ジークヴァルトも。長旅で疲れたでしょう、こちらへ」
城に着くとアナスタシア様が迎えてくれた。非公式の訪問だから大々的なお迎えはない。公式訪問なんて面倒だからしたくない、とジークヴァルト様が言ったからだ。確かに公式訪問だと、夜会とか社交とか面倒だしね。
「フォルクハルトが貴女に会うのをとても楽しみにしているのですよ。明日のお茶会に招待しても大丈夫ですか?」
「はい、勿論ですわ」
王に会うとか緊張するけど、公式訪問じゃないからまだ気が楽だね。まあ、義兄に紹介されるということなんだけれども。
「よろしければ明日までに解凍して、お茶会の席で出してくださいませ」
手土産の冷凍お菓子箱を渡す。冷凍されたものを、冷蔵で解凍するというのもこの10年で周知されたように思う。
今は春なので、桜(この世界では桜という名ではないけれども)のスイーツの詰め合わせだ。ロスメルディアには近くのレナリア大森林に木があって咲いていたけど、他の国に咲くのかどうかは知らない。まだロスメルディアから他国へは出していないお菓子だ。
「まあ、もしかして新作ですか?!楽しみですこと!」
アナスタシア様が軽やかに笑う。
リシェルラルドからも毎年エルフ族の料理人が留学してくるから、この国の料理事情もかなり変化していると思うんだけどね。
今日はゆっくり休んで旅の疲れを癒すようにとアナスタシア様が言って客室から退室されると、ジークヴァルト様が溜息を吐いた。
「ジークヴァルト様、大丈夫ですか?やはりリシェルラルドにいるのは辛いですか?」
もともとジークヴァルト様は、この国を嫌ってその感情で天変地異を起こさないために出奔したのだ、いくら400年以上経っているからといって嫌悪感が消えるとは限らない。抑えるのが辛いようならば、予定を繰り上げて早々にロスメルディアに帰るつもりだ。
「いや、大丈夫だ。逆に何も感じないことに驚いている。もう、それだけの時が過ぎたのだな・・・」
ジークヴァルト様は小さく微笑むと私を抱き締めた。
「私がこの国に帰ってこれたのは君のおかげだ。父上と母上たち、アルトゥール兄上の墓参りにも行けるだろう。君がいなければ私はきっと死ぬまでセレスティスから出ることはなかっただろう・・・」
生まれ育った故郷をずっと嫌ったままというのは辛いよね、私がきっかけだとしてもジークヴァルト様が乗り越えることができたのなら良かった。
翌日、お茶会の席でアナスタシア様から紹介されたフォルクハルト様というのは、ジークヴァルト様の目が銀色になっただけの、まるで一卵性双生児のようにそっくりだった。いや、身に纏う雰囲気は違うのだけれども、黙ってると本当にそっくり。
「堅苦しい挨拶は必要ないよ、私のことは是非お義兄様と!」
「初対面で何を言っているのです、フォルクハルト!」
「そうです、フォルクハルト兄上、セイラン・リゼルが面食らっているではありませんか!」
・・・リシェルラルドの現王陛下はプライヴェートでは割とフランクな性格だったらしい。今度お父様やお兄様に教えてあげよう。
「姉上は身軽にジークヴァルトに会いに行っていたからいいだろうけど、私は王座に在る限りこの国から出られないのだから、この先また会えるかどうかもわからない弟夫婦ですよ?少しくらいいいでしょう」
「ロスメルディアに行ってみたいから、息子に譲位するとか言っているくせに何を言っているのです」
アナスタシア様が呆れたように鼻で笑う。ここの姉弟は全員異母姉弟らしいけれど、仲は良さそうだ、だからこそジークヴァルト様は400年前傷付いたんだろうけど。
「フォルクハルトのことはいいですから、持ってきてくださったお菓子のことを教えてくださいな。本来ならばお茶会のお菓子はこちらで用意しなければならないのですけれど、貴女のお菓子に勝るものはありませんもの」
テーブルの上には、私が手土産に渡した桜シリーズが全て並べられている。
「こちらはロスメルディア近郊に群生している木に春に咲く花を使って作成したお菓子です。ロスメルディアでは桜シリーズと呼んでいまして、まだ他国へは輸出しておりません。桜マカロン、桜ロールケーキ、桜シフォンケーキ、桜と白餡のパウンドケーキ、桜ミルクプリンとなっております。ミルクプリンは酒精が強めとなっております」
「リシェルラルドには生えていない木ですね、とても可愛らしい花ですこと」
「君が季節毎にお菓子を送ってくれるので、私もすっかり口が肥えてしまったよ」
いつも高級茶を送ってくれるので、お返しに送っているだけだ、夫の親族だしお中元やお歳暮の感覚である。
「私はこのミルクプリンが好きなのです」
お酒の国ヴァンガルドが作っている日本酒もどきで作成したミルクプリンは、ジークヴァルト様のお気に入りである。
「このサクラシリーズは他国へ輸出しないのですか?」
「花を塩漬けにしたり、蜜漬けにするのに手間がかかりますので、生産数が少ないのですよ。塩漬けの花にお湯を注いで飲んだりもしますけれど」
「君はこの花とライスを一緒に生姜で炊いたりもしていただろう?花見をしながら食べたが、あれは美味だった」
桜ご飯は前世から新春と春に炊く私の季節料理のレパートリーである。俵型に握って、桜の塩漬けを一つずつ飾って、お花見弁当にして食べるのだ。ジークヴァルト様が炊飯器も作ってくれたし。
「いいなあ、ジークヴァルト、其方毎日幸せそうだな」
フォルクハルト様が、ジークヴァルト様を目を細めて見遣る。
「ええ、毎日とても幸せですよ」
ジークヴァルト様が何の衒いもなく答え、アナスタシア様とフォルクハルト様がそれは嬉しそうに微笑んだ。この姉兄は本当にジークヴァルト様のことを案じてくれていたのだろう。
今回のリシェルラルド訪問の目的はお墓参りである。
ジークヴァルト様のお父様とお母様たちが亡くなった時もジークヴァルト様は帰国していないそうだから、それはしっかりお参りしておかなくてはね。それに髪一筋残さずに雷に焼かれてしまったので、遺品だけが納められているというアルトゥールお兄様のお墓も。王城の奥まった場所にあるという王族のお墓に案内してもらう。
何も言わずに静かに父親のお墓の前に佇んでいるジークヴァルト様の後ろ姿を、少し離れて眺める。実母はエルフの愛妾で、ハイエルフの正妃たちを母親として育ったと言っていたから、親子関係のことはよくわからないけれども、姉兄との関係を見ている限り家族仲は悪くなかったんだろうな。
「すまない、セイラン・リゼル、アルトゥール兄上の墓は特殊だから、少し違う場所にあるのだ、付き合ってくれるか?」
神の雷に焼かれたといういわば罪人だから、当時この王族専用の墓に遺品を納めるのもひと悶着あったらしく、ジークヴァルト様が押し切った形で埋葬させたらしい。
あまり日の当たらない場所に小さな苔むした石碑がある。
「アルトゥール兄上、来るのが遅くなって申し訳ありません・・・」
ジークヴァルト様が石碑の前に跪く。
ああ、あれだ。唐突に前世の曲を思い出した。
私のお墓の前で泣かないで、と歌う曲だ。普段なら前世の曲を歌ったり弾いたりする時には、編曲して歌詞も全く変えるのだけれども、この場では原曲そのままが相応しいだろう。
「セイラン・リゼル?」
いきなり歌い出した私にジークヴァルト様が振り向くが、6つ名が神の器だというのなら、神様達ももうこの可哀想な兄弟を解放してあげてもいいではないか。
ぽつり、と石碑の上にジークヴァルト様の涙が落ち、その場から次々と石碑の周りに花が咲いていき、いつしか石碑の周囲は花が咲き乱れていた。
そして残滓のように残っていたジークヴァルト様の神気も完全に消えたようだ。
“・・・・・・”
誰かが私に話しかけてきた気配がしたが、そのまま風になって消えてしまう。
「・・・その曲は、君の前世の曲か?」
「ええ、そうです。とても、優しい曲でしょう?」
「ああ、そうだな。とても、優しくて、切ない曲だ・・・」
よしよし、と私を抱き締めるジークヴァルト様の頭を撫でると、小さく笑う気配がする。
ああ、なんか予感がする。
この10年できなかったから、種族の違いもあるし私達に子供はできないんだろうと思っていたけれど。
帰ったら産着の準備をしなくては。それに離乳食のレシピだ。
この世界にはハーフという概念はなくて、他種族と結婚したら生まれる子供は両親どちらかの種族になるから、前世の物語のようにハーフエルフは迫害されるというようなこともないから安心だ。孫の顔とまでは言わないけれど、せめて成人した姿くらいは見たいからできれば人間族がいいな。
やれやれ、街のことが落ち着いてきたと思ったら今度は子育てか。こればっかりは前世でも経験がないからなあ。楽隠居はまだまだ遠そうだ。
でもまあ、それもきっと楽しいだろう。
人間族か、ハイエルフかわからないけれど、きっと生まれてくる子は私が会ったことのないアルトゥール様によく似た男の子に違いない。
これで完結です。
読んでくださった皆様ありがとうございます。
1月31日、番外編置き場を投稿しました、良ければ覗いてください。




