ユリア 3
私はユリア。
去年ディオルト様と結婚して、臣籍降下したディオルト様のために新設されたアリセルプト公爵夫人になったの。
公爵夫人なんて、どこも同格の公爵家かちょっと格が下がっても侯爵家出身のお嬢様ばっかりで、下手するとディオルト様の元婚約者さんのお母様みたいに王女様が降嫁してたりもするから、私なんか場違いすぎるのよ、受けてきた教育が違うんだなあ、とディオルト様と一緒に社交界に出る度に実感するわ。ディオルト様は優しいけど、身分違いの恋ってやっぱり大変だよね。
でも結婚して良かったと思うのは、ご飯が格段に美味しくなったこと!
公爵家の料理人はディオルト様がお城から連れてきたから、お城の料理と同じ味なんだもの。
そりゃあ、前世に比べればまだまだだけど、それでも実家の男爵家で食べていたご飯に比べたら格段に美味しい、食材も豊富だし。
こんな時思うのよね、せめて前世でお母さんの料理の手伝いくらいしておけば良かったなあって。前世の家庭料理でも作れたら、それだけでもこの世界では料理革命できたと思うのよ、そのくらいこの世界の料理って発展してないの。まあ、貴族の令嬢が料理をするなんて外聞が悪い、て言われるだろうけど。外聞よりも美味しいご飯の方が大事よね、ああ、和食が食べたいなあ。
「ユリア、シレンディアがセレスティスで6つ名のハイエルフと神々の命で結婚したそうだよ。そしてこれから2人でレナリア大森林の近くに自治都市を建設して住むらしい。料理の神ロスメルディアが降臨して、美食の都を作るようにと神託を下されたそうだ」
・・・え?
ちょっと待って、なんか情報量多すぎていっぱいいっぱいなんですけど?
口の中がじゃりじゃりするくらい甘いガレットみたいなお菓子をお茶で飲み込む。この世界のお菓子って甘すぎるのよね、元お城の料理人が作ってくれるだけあって見た目は綺麗なんだけど。
「ハイエルフと人間族が結婚することなんてあるんですね」
ハイエルフってリシェルラルドから出てこない王族でしょ?普通のエルフ族は寿命300年くらいだけど、ハイエルフは500年以上で、エルフ族以上に美男美女揃いだってことくらいしか知らない。
「初めてのことらしいよ。セレスティスでずっと研究者をしていた方らしいんだけど、リシェルラルドの王弟殿下らしくて、結構な騒ぎになっていたんだが、先日料理の神ロスメルディアが降臨されて大陸中の全神殿に神託が下りたそうだ」
神様が降臨して、神殿に神託が下りた・・・全くもって何がなんだかわかんない。
神様って洗礼式に名前くれるだけじゃなかったんだ。
「父上がその場にいたらしくて、本物の神の御声を聞くことができた、と感動していたよ。それでシレンディアとそのご夫君のお披露目をするのに今度城で夜会があるんだ。ロスメルディアの名を冠する美食の都の発足だから、シルヴァーク公爵家の料理が並ぶらしい。大陸中の食材を扱う商会が次々と提携を申し出てきているらしいしね、きっと美味しいものが食べられるよ」
いつも私が夜会に行くのを苦痛に思っているのを知っているディオルト様が悪戯っぽく笑う。
シルヴァーク公爵家の料理って美味しいことで有名なのよね、私は当然1度も食べたことないけど。
「それは楽しみですけど、シレンディア様がたくさん食べる印象がありません」
元婚約者さんは物凄く細かった。実際お城でお茶会や夜会があった時も、料理やお菓子には儀礼的にちょっと口を付けるだけだった。侍女達であんなに食が細くて大丈夫なのか?て話していたこともあるくらいだし。
「ああ、それは城の料理が口に合わなかっただけだよ。シレンディアは割と食べる方だよ、公爵邸ではよく食べていた。実際、シルヴァーク公爵家の料理は城の料理とは比べ物にならないくらい美味しいしね。何度も城から引き抜きをかけているんだが、公爵家の料理人達は皆首を縦に振らないんだ。公爵家には美食の女神がいるので、と言ってね。今考えると、シレンディアのことを言っていたのかもしれないな」
「そ、そうなのですか?」
意外。
美の女神ならともかく、美食の女神かあ。
そして話には聞いてたけど、そんなにシルヴァーク公爵家の料理は美味しいんだ。
「そうだよ。シレンディアはああ見えて剣や弓も一人前の騎士並には使えるし、乗馬も巧みだしね。それこそ、その辺の上級貴族の令嬢よりよっぽどしっかり食べると思うよ」
元婚約者さんて、できないことや苦手なことってないのかな。
元婚約者さんと神様の命令で結婚したっていうハイエルフさんは、ディオルト様みたいにコンプレックス持ったりしてないのかな。
まあなんにせよ、そんなに美味しいご飯が食べられるなら、いつもは憂鬱なお城の夜会もちょっと楽しみ!
夜会の日、城の大広間には色々な種族が溢れていた。
神様が神託を下したせいで、大陸中の国々から新しい美食の都ロスメルディアを治める2人に会うための使者が集まった結果らしい。元婚約者さんのお相手がハイエルフだからか、エルフ族もいっぱいいる、あんな美形集団いると迫力よね。平民も各国の大商会のトップが来ているみたい、大商会のトップなら下手な下級貴族よりよっぽどお金も権力も持ってるし、新しい街ができるなら商売のチャンスだもんね、しかも神様がわざわざ言うくらいだし。
そして並べられたテーブルにはどれも人だかりができている。
立食で好きなものを取り分けてもらって食べる形式だ。
「シルヴァーク公爵家の料理は見た目でどのような味かわからないものも多いからな、ユリア、どのテーブルに行ってみる?」
「とりあえず1番空いていそうなテーブルからでいいです」
どのテーブルも混んでるけどね、比較的空いていそうなところから行ってみよう。最初はあんまり重くない料理がいいな。
「こちらはヴィンターヴェルトの調味料を主に使った料理となります。ドヴェルグ商会から提供されました」
CMでスポンサーを紹介するみたいな感じかな、各テーブル毎に材料の提供元の国と商会を紹介してくれているみたい。どこの国の食材かって大事よね、また食べたくなった時に探しやすいし。
「え・・・?」
そこにあったのは、どう見ても揚げ出し豆腐に茄子の田楽、茶碗蒸しに、豚の角煮といった、見た目にはあまり華やかではない、というか、茶色だけれども、私がずっと食べたくてたまらなかった和食だった。スープの鍋もどう見てもお味噌汁だ。それにちらし寿司のようなものまである。
「ユリア、このテーブルでいいのか?他にもっと・・・」
ディオルト様が見た目の地味な料理よりももっと別の料理の方が、と別のテーブルにエスコートしてくれようとするが、それどころじゃない!
「いいえ!私、このテーブルがいいです!」
「そ、そうか?」
見た目は私の知っている和食でも味は違うかもしれない、でも本当に和食かもしれない、期待と不安に胸がどきどきしながら、取り分けてもらった茄子の田楽に見えるものを食べる。
・・・うわあああい!味噌だー!田楽だー!
「お、美味しい・・・!」
感動のあまり涙ぐんで食べる私にディオルト様はやや引き気味だったが、気を取り直して自分も食べてみることにしたようだ。
「すごいな、豚肉の塊がナイフが必要ないくらいに柔らかく解けていく・・・」
豚の角煮!卵も一緒にある!醤油の味だ!
「よろしければこの調味料も一緒にどうぞ。少し辛いですが」
笑顔で皿に乗せてくれたのは辛子!
すごい!味噌も醤油もこの世界にちゃんとあったんだ!和食がこんなに再現されているなんて!もしかしてシルヴァーク公爵家の料理人には、私みたいな異世界の記憶持ちがいるのかも?!
鮭とイクラのちらし寿司、赤出汁のお味噌汁、とろとろの茶碗蒸しを食べた私は、感動のあまり涙を堪えるのに必死で、言葉も出なかった。
「見た目の華やかさはないけれど、とても美味しかったね。他のテーブルにも行ってみようか」
私としてはこのまま和食メニューを制覇したいところなんだけど、他のテーブルが気になるのも確か。もしかして、イタリアンとか、中華もあったりする?!
「ああ、これはシルヴァーク公爵家で食べたことがあるよ。パスタとピザと言っていた。何種類かあるようだけど、どれにする?」
そのテーブルはイタリアンだった。
パスタにピザ、この世界にあったんだ!リゾットやパエリアもある!素敵!
トマトソースにクリームソース、ボロネーゼにペペロンチーノ、悩むー!ピザもマルゲリータにペスカトーレ、クアトロ・フォルマッジ、ボスカイオーラ、どれも食べたいけど、イタリアンは重いのよね!
「久しぶりに食べたよ。似たような料理はいくらでもあるのに、何故かシルヴァーク公爵家のような味にはならないんだ」
ディオルト様はイタリアンが好きだったらしい、とても嬉しそうだ。確かにこの世界の料理って前世の洋食をもっと原始的にしたような感じよね。
「あちらのテーブルは衣をつけて油で揚げた料理がメインのようだよ、どうする?」
「少しだけ食べてみたいです、たくさん食べると他のものが食べられなくなってしまうので・・・」
トンカツー!唐揚げー!コロッケー!食べたいけど、ものすごく食べたいけど、まだ見ていないテーブルがたくさんあるの!
唐揚げと小さめに作られたクリームコロッケを1個ずつお皿に乗せてもらう。
唐揚げもだけど、クリームコロッケ、この世界で食べられるとは思わなかった。
サクッとフォークを入れると音がして、中からトロットロのホワイトソースが出てくる。
美味しいー!幸せー!
どのテーブルを見ても、美味しすぎて悶絶しているような人がいっぱいだ。
「あのテーブルはなんだろうね?丸い木の器がたくさん乗っているようだが」
あ、あれはもしかしてセイロ?!
まさかの点心?!
「よろしければこちらのお茶もどうぞ。リシェルラルドから提供を受けております」
小籠包や大根餅、焼売、餃子、豚まんといった点心メニューと一緒にジャスミンティーのような香りのお茶を注いでくれる。
すごい。
シルヴァーク公爵家には絶対前世料理人だった同じ世界の人がいる!
他にもいっぱい食べたいけど、どうしても食べられる量には限りがある。野菜料理がメインのテーブルとか、パンがメインのテーブルとか、スープがメインのテーブルとか他にもあるのに行けない!悔しい!
「あちらのテーブルはお菓子のようだね、エルフ族や女性がたくさんいる」
ディオルト様が笑って指さす先には、本当にエルフ族がたくさんいた。エルフ族は野菜と果物とお菓子しか食べないらしいし。
結構お腹いっぱいになったけど、デザートは別腹!ていうか、お菓子を食べなきゃ今日の夜会に来た意味ないじゃない?!
「デザートの果物や香辛料は主にフォイスティカイトのパルメート商会より提供を受けております」
そのテーブルは圧巻だった。
私が知っている前世のケーキが所狭しと並んでいる。ケーキバイキングに来たみたいだ。
チョコレートケーキにシフォンケーキ、各種チーズケーキに、ロールケーキ、タルトやパイも数種類、ゼリーにムース、マドレーヌやフィナンシェ、フォンダンショコラ、クッキーといった小さな焼き菓子もあるし、フルーツサンドもいろいろある。マンゴープリンにゴマ団子に杏仁豆腐にマーラーカオ!中華のデザートまである!ぜんざいと芋羊羹、フルーツ大福!いちご大福があるよ!あんこだよ!
そしてどれも甘すぎない!もう最高!
「ふふ、彼女のお菓子はどれも本当に美味しいわね。今度こそリシェルラルドに支店を出してくれるかしら」
「アナスタシア様、そのようにご自分で行かれなくてもお望みの品を取り分けてもらってきますので」
「あら、あんなにたくさん美味しそうなお菓子が並んでいるのですもの、自分で見たいじゃない?」
わあ!すっごい美人!スーパーモデルみたい!
そこにはさらりとした銀髪に紫の瞳のもんのすごい絶世の美女がいた。
他のエルフ族が皆へこへこしてるし、他のどのエルフ族よりも綺麗だからあれがハイエルフなのかな?
「あれは恐らく、リシェルラルドの王姉殿下だ。弟君の結婚祝いのために訪国されると聞いていたが、まさか本当にハイエルフがリシェルラルドから出てくるとは・・・」
「でも、シレンディア様のご夫君はセレスティスで研究者をされていたのですよね?」
「かなり特殊な例だと思う。なんせ6つ名だし・・・」
6つ名って滅多にいないし有名だけど、実際はなんか特別な力があるのかな?
6つ名がいると気候が安定するらしいけど、そんなに実感するほど変わるってどういうことなんだろう。名前をくれた神様の属性の魔力を使えるようになるから、全部の属性の魔力を使えますよ、てだけじゃないのかな?
前世に読んだ本には6つ名についてあんまり詳しく書いてなかった気がするのよね、なんせ神様が元婚約者さんから取り上げて私にくれるようなイベントがあったくらいで、それで何が変わるのかとかは何にも書いてなかったと思う。
あ、色々考えているうちに王様が出てきて挨拶が始まった。そういえば、肝心の元婚約者さんとその旦那さんのハイエルフはどこにいるの?
「先日セレスティスにおいて、神々の命により、ジークヴァルト・エヴェラルド・ライソン・フィランゼア・カルス・ナリステーア・ハルヴォイエル・リーベルシュテインとシレンディア・フォスティナ・アウリス・サフィーリア・セイラン・リゼル・アストリット・シルヴァークの婚姻が成立した。そのことは各国の神殿に伝達されたので周知のことと思う。そして更にこのアルトディシアにおいて料理の神ロスメルディアが降臨され、2人に美食の都を建設するよう命じられた。よって、我がアルトディシアはそのための土地を提供し、ロスメルディアの名を冠する美食の都の建設に協力する運びとなった。ここに集われた各国の方々は神殿に下りた神託を聞いて駆けつけてこられたのが大半だと思う。当人達から一言挨拶がある」
な、長い名前。
6つも名前あると、本人はともかく、周囲はこういう時憶えるの大変よね。
それまで騒めいていた大広間が、次の瞬間しんと静まり返った。
開いた扉から光が入ってくる。
入口に近い場所にいた人達が皆、種族を問わずに跪いていった。
な、何あれ・・・?
背の高いさらりとした白銀の長い髪に薄い金色の瞳の超絶美形のハイエルフが、元婚約者さんをエスコートして歩いてきたんだけど、けど。
な、なんか、超美麗なCGが特殊エフェクト背負ってるみたい・・・効果音がないのが不思議なくらいだ。2人共なんでか知らないけど、光り輝いてる、無茶苦茶光ってる、何あれ?!なんか後光差してるよ?!
2人が壇上に上がった時にはほとんどの人達が跪いていた、なんかよくわからないけど、威圧感?みたいなのがあって、ははーって感じになったのよね。黄門様が印籠を出した時ってこんな感じなのかしら?
正直2人が何を話したのかとかはほとんど覚えてないけど、とりあえずわかったのは、シルヴァーク公爵家の料理のレシピは全て元婚約者さんが考えたものらしいということだった。
え?じゃあ、もしかして、元婚約者さんて私と同じ異世界の記憶持ち?!
・・・しまったあああ!ディオルト様よりも元婚約者さんと仲良くなっておくべきだったんじゃない?!いや、まるで接点なかったけど!
“美の化身”とか題名ついてそうな2人が、特殊エフェクトまき散らしながら優雅に踊る姿を眺めながら、私は人生における何度目かの痛恨のミスを悟ったのだった。




