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招待状の時間通りにやってきたジークヴァルト様は、完全武装というか、完璧な正装姿だった。紫の地に金の刺繍のびっしり入った長衣に黄色いストールのようなマントを左肩に掛けている、私の感覚だと前世のパキスタンの民族衣装である、無茶苦茶綺麗。
ただでさえ絶世の美形が完璧な正装姿なんぞ披露するとどうなるか?
答えは、呆然自失の阿鼻叫喚である。
ジークヴァルト様に随行してきたリシェルラルド大使館の者達であろうエルフ族達も、ローラントとシェンティス以外は既に倒れそうな顔をしている。
私が庇護下に置いているはずのうちの使用人たちでさえ、大半は呆然自失だ。後ろの方では私がセレスティスに留学中にうちに勤めだした若い側仕えが何人か倒れたような気配がする。
「セイラン・リゼル、会いたかった」
神々しく微笑んで私を抱きしめるジークヴァルト様に苦笑する。
この微笑みひとつでまた何人か倒れたよ?
「3日前にお別れしたばかりではありませんか」
「3日!そんな大昔の話!君が傍にいない時間は永遠にも等しかった」
うーん、すっかり人が、というか、ハイエルフが変わったなあ、大丈夫だろうか、落としてしまった螺子は一体どこに転がっていったのだろう、神々に聞けば締めなおしてくれるだろうか。
まあ、うちの家族は伊達に筆頭公爵家やってないから、ジークヴァルト様に耐えられるだけの胆力は持ち合わせているだろう、多分。
家族との顔合わせは、ひたすら父親がこんな娘で本当にいいのか?とジークヴァルト様に確認していた、私はそんなに信用がなかったのか、少し心外である。アルトディシアにいた頃は、完璧な次期王妃としての仮面を被り続けていたつもりだったのだが。
そしてジークヴァルト様は、私が寝たきりの老人になっても自分で介護してくれる気満々らしい、なんだかきゅんとした、すごくときめいた。甲斐性あって老後の介護もしてくれるなんて、なんて素敵な旦那様だろう、思わずうっとりと見つめてしまう。ただでさえ完璧な美貌が3割増しで輝いて見える。
「あとは住む場所についてなのですが、国としては、レナリア大森林と呼ばれる未開の森がありまして、その近辺に住んでいただければ、と王とも話していたのですが、いかがでしょう?娘によると、300年は安定すると女神より言われたとのことですので、なかなか開拓の進んでいない地に住んでいただきたいのですが」
「私たちが望まぬ限りは、どのような魔獣も大人しくしているでしょうし、開拓に際して災害が起こることもないでしょう、私はセイラン・リゼルと共に暮らせるのならどこでも構いません。君もそこで構わないのだろう?」
「そうですね、ギーゼルフリート侯爵とアルフォンシア辺境伯が私達の平穏な暮らしの邪魔さえしなければそこで構いませんわ。その2家が私達の所有権を争うようなことにならないように、是非調整をお願いいたします」
実際のところ、そこが1番問題なんだよね、私達は所謂公共インフラだから、なるべく自領に近い位置に住んでほしいと思うだろうし、事あるごとに私達を顕示しようとするようでは困る。
「・・・いっそ、2家の中間地点にある町ひとつくらいを国に買い上げてもらって、直轄領にしてそこを管理することにしますか?」
「町ひとつ買い上げるというのなら、私が出しましょう。小さな町ひとつ自治を許可してくださるのでしたら、リシェルラルドも私がアルトディシアに取り込まれると嫌な顔をするのを抑えられるでしょうし」
町ひとつ買い上げて自治かあ、6つ名の私達が治める町だ、下手するとバチカンみたいになるんでない?リアルで神の化身が治める町てことになるんだろうし。
まあ、国と侯爵家と辺境伯家が私達を取り合うよりは平和かもしれないけど。
「・・・王と侯爵家と辺境伯家と協議いたします。その時はまたお呼びたてすることになると思いますが、ご容赦ください」
「勿論です。金銭で解決するのでしたら、いくらかかっても構いません」
流石、自分で把握しきれないほど財産が余りまくっている男は言うことが違う。
領地を買って最終的に独立するのって、まるでモナコやリヒテンシュタインみたいだね。まあ、ジークヴァルト様が誰かの下に着くのはなんか想像できないから、別に構わないけど。しかも私達が平穏に暮らすことが周辺の安定に繋がるわけだから、侵略を仕掛けられることもないだろうし、むしろ周囲が必死になって守ってくれるだろう。
ジークヴァルト様はものすごく名残惜しそうにリシェルラルド大使館に帰って行った。だがこの邸に留まられると、うちの使用人達の心臓が持たないだろう。リシェルラルド大使館の方も大変だろうけど。
「お前の夫は、同じ空間にいると非常に神経を削られる方だな・・・」
お父様がげっそりしている。
「他人の容姿をどうこう言ったことのない貴女がとても綺麗だというから楽しみにしていましたけど、本当になんて美しく神々しい方でしょう、あの方は他の人間族に会わせて大丈夫なのかしら?」
お母様まで困惑気味だ、強烈な恋愛脳で打ち勝てると思っていたが、そうでもなかったらしい。
「私は初対面の時からなんというか波長があって、一緒にいてとても楽な方なんですけどね、6つ名同士だからでしょうかね?元々あまり人前に出ることを好む方ではないので、どこに住むことになっても最低限の社交だけ熟したら2人でそこに引っ込みますよ」
「私は昔からお前が何を考えているのかさっぱり理解できなかったが、あれと一緒にいてとても楽だというのは本当に理解できない・・・」
なんか側仕えや護衛騎士たちまでもが、お父様の言葉にうんうんと頷いている、遺憾だ。
「しかし町ひとつ買い上げて自治か・・・セレスティスやシェンヴィッフィのような中立都市にするつもりか?レナリア大森林の近くの町などあまり発展していない寂れた町や村ばかりだろうから買い上げるの自体はさほどかからないだろうが、そこを発展させるために手を入れるとなると相当な金額がかかるぞ?」
「お父様、あの方、自分の財産を正確に把握しきれていないほどに有り余っているんですよ?なんせ400年セレスティスで趣味の魔術具を作成してはそれを各ギルドに売却して、特許料が入って、魔術具の作成依頼を受けて、と繰り返してきた方ですから。各国首都の神殿と冒険者ギルドに設置されている通信の魔術具もジークヴァルト様が作成したものらしいですし。各ギルドの口座に大国の国家予算並みの額の預金が唸っているそうです」
「・・・結局のところ、お前と同じで地位や権力や財産に執着を持たない有能な変人ということか」
お父様が深々とため息を吐いた。
「実の娘を変人呼ばわりとかひどいではありませんか」
「むしろ赤の他人を変人呼ばわりしたら失礼だろうが」
正論である、全くもって反論できない。
「まあ良い。お前とあの方が並んで座っているだけで、ギーゼルフリート侯爵もアルフォンシア辺境伯も全く文句は言えないであろう、その無駄に光り輝いている神気も領地交渉に役立つのならせいぜい派手に役立てると良い。特に周辺になんの野心も持たない中立都市ならば王も文句は言わないであろう」
お父様が投げやりだ。
私達みたいなのが下手に爵位も持たずに隠居している方が周囲に利用されそうで心配だもんね、もっとも私もジークヴァルト様も、他人に易々と利用されてやるほどお人よしではないつもりだが。
それにしても、私は領地の端の方で静かに暮らせればそれで良かったのだが、新たな自治都市建設とは、なかなか楽隠居にはほど遠いようである。




