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ファーレンハイト

私の名は、ファーレンハイト・シルヴァーク。

シルヴァーク公爵家の現当主だ。

私は現在非常に頭の痛い思いをしている、主に娘のせいで。

思えばあの娘が洗礼式で6つ名を神々から与えられた時から、私の気の休まる日はなかったのだ。

6つ名を与えられた者の感情が乏しくなるというのは、国の中枢にある者にとっては知られた話だったが、あの娘の場合、感情が乏しくなったというよりはおかしくなった。

そう、おかしくなったのだ、それまではやや内気ではあるものの普通の娘だったのに、6つ名を与えられた後からあの娘は変人になった。

まず、邸の図書室に入り浸り、ひたすら本を読み耽るようになった。だがまあこれは特に問題はなかった、幼子としては少しばかりおかしいが、この国の未来の王妃となるべく定められた存在が知識と教養を身につけるのは褒められこそすれ、非難されるようなことではない。問題があったとすれば、当時娘の婚約者と定められていた第2王子が劣等感に苛まれたことくらいだ。その程度で心折れるようならば、王の重責になどどのみち耐えられなかっただろうから、早々に王位継承から脱落して正解だったと思われる。

そして次に始めたのは、邸の厨房に通い出したことだ。下級貴族は知らぬが、上級貴族の淑女が自ら厨房へ行き料理をするなど褒められた趣味ではない。それなのにいつの間にやら我が家の全ての料理人達から美食の女神などと呼ばれ、すっかり人心を掌握してしまった。実際あの娘の考案する料理もお菓子も、全てこれまでにないほどに美味だから質が悪い。美味しいは正義なのです!と力説されると、皆が頷かざるを得ないではないか。次期王妃の趣味が料理だなどと、決して他所には知られないようにと邸中に箝口令を敷くハメになった。

できなくて困ることはあっても、できて困ることはないのです、と言ってなんでもかんでも手を出し、幼子が興味本位で始めたことなどすぐに飽きるだろうと思いきや、手を出したことは全て完璧にものにする。

息子2人があの娘と一緒に育ちながらも第2王子のように劣等感に苛まれなかったのは、ただ単にあの娘が変に老成していたからだ。世の中の全てを達観し、早く楽隠居したい・・・と呟くような相手に劣等感を抱くよりも憐れみが先立ったのだと思われる。

遊ぶ暇もなく王妃教育を詰め込まれて我儘ひとつ言わずに可哀想に、と周囲からは言われていたが、あの娘にとっては王妃教育なんぞ片手間に熟していたではないか。むしろ様々な分野を学ぶことは趣味の一環だったのだろう。

挙句の果てに出入りの商会まで手懐けて、新商品を開発するために自分の名のひとつを与えて新商会まで立ち上げさせるし。

第2王子に婚約解消された時は、いくら国のための政略結婚といえども、あまりの変人ぶりがばれて遂に愛想を尽かされたかと思ったものだが、これ幸いと王に交渉してセレスティスに留学してしまった。あの娘に交渉事をさせると、老獪すぎて年齢がおかしくなったような錯覚を起こさせる。

あれだけ精力的に色々なことを熟しておきながら、本人の望みは楽隠居・・・

地位や権力、財産に一切の興味を持たない有能な者ほど扱いにくいものはない。


あの娘は常に仕事をさせておかなければならないのだ、周囲におかしな本性がばれないだけの美貌も教養も身に付けているのだから、無駄に優秀な頭脳を国のために役立てさせておけば、変人だとばれることもないだろうと思っていたのに。王妃なり、宰相夫人なり、とにかく常に忙しくさせておかなければ何をしでかすかわからない娘なのだ!


恋愛になんぞまるで興味がなさそうだったのに、どこをどう間違えたら数百年前から各国上層部に神の化身と称されている6つ名のハイエルフを引っかけてくるような事態になるのだ・・・?


2人で田舎で楽隠居するとかほざいていたが、何も仕事をせずに楽隠居なんてさせたら、あれの変人さが際立つ一方ではないか!


おかしな娘を6つ名のハイエルフに宛がって、とリシェルラルドから苦情がくるわ!


「ファーレンハイトよ、リシェルラルドから王姉殿下が来るそうだ」


「王姉殿下、でございますか?」


「ああ。弟の結婚を寿ぎに来るそうだ」


王が非常に疲れた顔をしているが、おそらく私も似たような顔だろう。


「・・・それは、我が不肖の娘が大変ご迷惑を・・・」


「いや、そもそも第2王子が真実の愛などとおかしなことを言い出して、其方の娘との婚約を解消したのが発端だからな・・・」


リシェルラルドから出てくることのないハイエルフの王族が、弟の結婚祝いのために訪問。胃の辺りを擦る。


「シレンディアの夫となったハイエルフの方とはもう対面したのか?」


「いえ、3日後に招待状を出しております。本日は娘夫婦が将来住む場所を協議していただくために登城したのですが・・・」


「住む場所?どこか希望があるのか?」


「いえ、娘曰く、6つ名2人が夫婦として住む場所は、この先300年ほどは安定するだろうと女神アルトディシアから言われたとのことで、シルヴァーク公爵家の領地に住まわせて良いものか、それともどこかもっと荒れた地に新居を準備するべきかと思いまして・・・」


「300年・・・」


王が絶句する。

100年もない寿命の人間族には長すぎる時間だ。その間ずっと気候が安定し天災も起こらないとなれば、これまで未開であった場所の開拓も容易に進むであろう。


「それは、シレンディアが寿命で死んだ後も、そのハイエルフの方はその地に留まってくださるということか?」


「いえ、娘曰く、そのハイエルフの方は娘の死後に生き続ける気はない、となにやら禁術を行使したようで、娘と共に逝く覚悟を決めておられるようです」


「なんだと・・・?」


王が呻き声を上げる。当然だ、リシェルラルドから訪国するという王姉殿下がどういう反応をするのか、考えただけでも恐ろしい。


「シレンディアが夫として連れてきたのは、神々と語ることができると各国上層部に神の化身として知られている方であろう?それが、100年もない人間族の寿命に付き合うというのか・・・?」


「娘と、一緒にセレスティスに留学していた次男によりますと、その方はどうやら娘のことを殊の外気に入っているらしく・・・」


変人なところを気に入っているようだ、とあの馬鹿娘は言っていたが、まだ本性を知られていないだけではないだろうな?!なんせ見てくれと頭だけは抜群に良い娘だ、伊達に次期王妃として社交や外交の教育を受けてきたわけではない、いくらでも完璧な淑女に化けられる!


「・・・3日後にそのハイエルフの方と対面して真偽を見極めてきてくれ。2人の住む地の選定はその後でも良かろう。できれば、ギーゼルフリート侯爵領とアルフォンシア辺境伯領にまたがる未開の森の近辺に住んでくれれば助かるのだがな。アルトディシア総神殿が2人の住まう地に移転したいとか言い出しそうだが・・・」


王が乾いた笑いを漏らす。

6つ名2人が住むことで周辺が300年も安定するとなれば、侯爵も辺境伯も諸手を挙げて歓迎するだろうが、住む場所をどちら寄りにするかでまた揉めそうだな。




馬車から降りた長い白銀の髪のハイエルフを窓から見下ろす。

うちの馬鹿娘で絶世の美貌というものは見慣れているつもりだったが、種族と性別が違うとまた違うものだな、うちの娘はいくら光り輝いていたところでおかしな本性を知っていると全く神々しく見えないが、あちらはまさに各国上層部に神の化身と伝えられているに相応しい神々しさだ。

一体何をどうまかり間違えてうちの馬鹿娘と結婚することになったのか・・・女神アルトディシアに押し付けられて仕方なく、とかではないだろうな?

今下で娘を抱きしめて頬に口付けている姿を見る限りでは、きちんと好意を持っていそうだが。

やれやれ、種族も年齢も違いすぎる相手との対面は気が重い。ましてやそれが娘婿とは。




ああ、正面から間近に見ると、まさに圧倒されるような凄絶なまでの絶世の美貌だ。

ハイエルフというのは皆が絶世の美男美女らしいが、この方はそこに神気も加わっているから、正視できる者の方が少ないのではないだろうか。うちの馬鹿娘曰く、娘の家族と友人は無意識のうちに娘の庇護下にあるので神気に中てられないらしいが、これを公衆の面前に連れて行っても大丈夫だろうか、流石に1度はお披露目をしておかないわけにはいかないのだが。


「まずは先にお詫びを。ご家族の承諾を得ないままにご息女と婚姻を結ばせていただきました」


「いえ、それは神々の命によるものだと神殿から聞いております。むしろ、この娘を神々に無理やり押し付けられたのではないかと危惧していたのですが」


目の前のジークヴァルトと名乗った世にも美しいハイエルフが薄っすらと微笑む。種族も性別も超越したような存在だが、ハイエルフとは皆このような生き物なのだろうか。

部屋にいる側仕えや護衛騎士達が皆揃って陶然とした顔をしている、シレンディアのことは皆幼い頃から見慣れてもいるし、中身を知ってもいるから今更見惚れることもないのだろうが、ここまで美しく神々しいと見惚れずにいるのにもなかなか胆力が必要だ。


「彼女に出会うまでの私は死んでいたようなものです。彼女の存在は私の喜びと幸せそのものです。彼女に出会えた幸運を私は神々に感謝いたしました」


・・・騙されていないだろうか。私ならいくら絶世の美女でも、この馬鹿娘のような変人を妻にするのは嫌だ。何を考えているのかさっぱり理解できないし。


「・・・ご存知かと思いますが、この娘はかなりの変人でして、人間族の高位貴族は普通自分で料理をするようなことはしないのですが、幼い頃から厨房に忍び込んでは自分で料理をしますし、人生の楽しみは美味しいご飯と本と音楽だ、と幼い頃から言っておりまして、仕事などしなくてすむのならしたくない、悠々自適に楽隠居したい、と幼少時より常々言っておりまして、何か仕事をさせておけばそれなりに熟せるのですが、少しでも暇な時間を与えるとおかしなことばかり始めるような娘なのですが、後悔されていませんか?」


「お父様、私はこれまで自分に課せられた義務はきちんと熟しておりましてよ。余暇を使って好きなことをするのを咎められる謂れはありませんわ」


「その好きなことが淑女としておかしなことばかりだから言っているのだ。こんな変人だとは思わなかった、と後で言われたら困るだろう」


この恋愛感情などまるで解さないと思っていた変人の娘が、このハイエルフと一緒にいると珍しく割と浮かれているように見えるのだ、呆れられて捨てられたら可哀想だろうが。


「彼女はセレスティスでよく私の研究室に自作のお菓子を差し入れてくれていました、どれもとても美味でしたよ。私は妻の趣味のひとつが料理であっても全く問題ありません。美味しいご飯と本と音楽があれば幸せだというのも本人から聞いています。悠々自適な老後を送りたいと言われていますので、私には幸いここ400年ほどほとんど使う機会もなく貯まる一方だった資産もありますので、この先何不自由なく悠々自適な隠居生活を送るだけの甲斐性はあるつもりですので、安心してお任せください」


実に晴れやかに言ってくださるが、つまり、既に包み隠さず本性をばらしてしまっているのか、この馬鹿娘!


「シレンディア・・・」


「なんです?お父様」


「お前のような変人の夫となってくださった方に、もっと遠慮というものをだな・・・」


「結婚したんですから、将来設計の擦り合わせは必要だと思いませんか?」


ずきずきと痛むこめかみを揉む。人間族の高位貴族の淑女が皆こんなのばかりだと思われたらどうするのだ!


「私は彼女が感情制限されているはずの6つ名とは思えないほどに、好奇心旺盛で趣味に邁進している姿にどうしようもなく惹かれたのです。面白みのない普通の人間族の貴族令嬢だったならこれほどまでに心奪われることもなかったでしょう」


「そう言っていただけるとありがたいのですが。しかしこの娘は今でこそ貴方と並んでも遜色のない容姿をしておりますが、2・30年もすればどんどん衰えていきます。貴方は娘の人間族としての寿命に付き合うとのことですが、貴方の容姿はこの娘が死ぬ時まで変化しないのでは?それで良いのですか?」


種族による寿命の違いというのは残酷だ。片方がどんどん年を取って老いさらばえていっても、片方は始めに出会った時と変わらぬ姿のままでいるのだから。


「私はセイラン・リゼルの容姿に惹かれたのではありません。きっと年老いて今の姿の面影がなくなったとしても、彼女は私にとって誰よりも美しいままでしょう。確かに私の容姿や身体能力は変わりませんが、彼女が年老いて身体が弱った時に、軽々と抱き上げてやることのできる身体能力を最後まで保持できているのは良いことだと思っておりますよ。それに彼女は私の顔がとても好きだそうですから、経年劣化しないのは素晴らしいと言われましたしね」


経年劣化。

これほどの絶世の美貌の持ち主に対して、言うに事欠いてそれか!


「シレンディア、お前に少しでも情緒を求めた私が馬鹿だった・・・」


「情緒?なんのことです?」


きょとんとしているが、仮にも好きな男と結婚したのなら、もう少し男女の心の機微とか、情感とか、ないのか?!ないんだな!

これでは色々心配していた私が馬鹿みたいではないか、まあ良い、この娘の為人を理解した上で気に入ってくれるような男などそうそういないだろう、育ち方を間違えた変人だがこれでも一応可愛い娘だ、幸せになれるのならそれにこしたことはないだろう。


実はセイランの本性を1番正確に理解していたのはパパンでした、という話です。

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― 新着の感想 ―
え~、恋愛に関しては、パパは自分だって情熱的なママにあんまわかりやすく愛情返してあげてないみたいじゃん。 娘に情緒言う前におのが身を振り返りなよ。
おとうちゃん ひどいよ
パパさま、最高♪
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