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ジークヴァルト様には3日後にうちの邸に来てくれるよう招待状を出すことにし、翌日お父様は非常に疲れた顔で王と密談しに城へ行った。
私とジークヴァルト様が暮らす場所を協議するらしい、なんせ300年の安定が保障されるのだ、場所選びは慎重に、ということだろう。
私が王妃にならないのなら、強大な魔獣が数多く生息する未開の森を領地に持つ辺境伯か、多少拓けてはいるがやはり強大な魔獣の生息地である森と湖を領地に持つ侯爵家が、特に声高々に私を次期当主の嫁に欲しいと言ってきていたらしい、6つ名がいれば気候が安定するのは確かだしね。
私はそういう自領のことを第一に考えられる貴族が結構好きなので、その近辺に住んで多少なりとも役に立てたら良いと思う。
本来権力者の結婚というのは国や家の利権を第一に考えるものであって、感情なんて二の次、3の次である。なんの権力も持たない一般庶民が真実の愛を育むのは結構だが、権力者がそれをやると周囲への迷惑が半端ない。
ジークヴァルト様が世捨てハイエルフで良かった、リシェルラルドの王位継承権を保持していたら私は結婚しようとは思わなかっただろう、お互いの国に迷惑がかかりすぎる。
「さあシレンディア、貴女の旦那様について教えてちょうだい!なにしろハイエルフをお迎えするのは初めてですからね、失礼のないようにしなくては!」
お母様はともかく、そんなことに興味のなさそうなお兄様まで一緒にいる、どういった風の吹き回しだろうか。
「基本的にリシェルラルドから出ることのないハイエルフの情報だ、ひとつでも多く欲しいに決まっているだろう。お前は昔から時々他種族に対する配慮が抜けているぞ」
「そうは仰いますけどね、お兄様、私が他種族に対して何も思わないのはおそらく6つ名のせいですよ?」
お兄様が片眉を上げる。
「どういうことだ?」
「6つ名は神々によって感情を制限されるのですから、良くも悪くも他種族に対する差別意識もないのです。他種族とは、寿命と容姿が多少違うだけの存在ですわ。おそらくジークヴァルト様も同じようにお考えだと思いますよ?」
「なるほど、ではお前が夫として連れてきたハイエルフも、特に他種族に対して差別意識は持っていないということか?」
ないだろうな、というより、あの方の場合は・・・
「兄上、あの方は他種族というよりも、姉上とその他の者という区別しかしていないと思います」
ジュリアスが頭痛を堪えるようにこめかみを揉んでいる。
「そうでしょうね、あとは数少ない御身内、お姉様とお兄様は認識されていると思いますけれど」
「なんだそれは」
お兄様が呆気に取られたような顔をしているが、でもそうなんだよ。
「私は今現在アルトディシアの神気を纏って光り輝いているでしょう?私と縁もゆかりもない方は、私を見るだけで跪いて祈り出したくなる衝動に駆られるらしいのですよ。ジークヴァルト様もリシェルラルドの神気を纏っているので同様です。ただ私は、私の友人達と家の者達のことは無意識のうちに庇護下に置いているらしく、私の庇護下にある者は神気に対抗できるそうですよ」
「たしかにやたらと神々しいが、お前に祈ったところで何もないだろう?」
残念ながら何の御利益もないだろうね、だから跪いて祈られても困るのだが。
「兄上は見ていないからそのようなことを言えるのです。セレスティスの神殿で6大神の間から出てきた姉上とあの男に、神殿の中にいた全種族が一斉に跪いたあの光景を!」
「神の器である6つ名には神気なんてさっぱりわかりませんので、私には他人からどう見えるのかはわかりませんけれどね、そのせいでジークヴァルト様は他人と関わることを良しとせず、ずっとセレスティスで隠遁生活を送っておられたそうですから」
「・・・つまり、他人と関わることを良しとせず、ずっと引き籠っていた偏屈なハイエルフということか?」
あ、なんて身も蓋もない・・・
「まあ、否定はしませんけれど、別に偏屈ではないと思いますよ?結構可愛い方ですし・・・」
「姉上、あれのどこが可愛いんですか、どこが!」
「あら、可憐で可愛らしいではありませんか」
ジュリアスがげっそりした顔で頭を振っている。
「お前の男の趣味がおかしいのはこの際どうでもいいが、人間族ばかりのこの邸にお迎えしても特に気分を害することはないということだな?」
なんかお兄様が投げやりになってしまった、別に私の男の趣味はおかしくないと思う、元婚約者のディオルト様のことは最初からまるで好みではなかったけれども。
「大丈夫だと思いますよ?セレスティスではよく私の住んでいた小さな家に来ていましたし、クラリスやイリス、オスカーとも普通に話していましたから」
「側仕えのクラリスとイリスはともかく、料理人のオスカーとまで面識があるのか?」
「オスカーはジークヴァルト様のことを、やたらと神々しい甘党のハイエルフ、と称していましたね。ちなみにオスカーは狐獣人族のシュトースツァーン家次期当主とも仲良しです」
やっぱり美味しいものを作ってくれる人のことは皆好きだよ、オスカーは人当たりも良いしね、うん。
「エルフ族がお菓子と野菜と果物しか食べないのは今更だから、甘党というのはともかく、ハイエルフの王族相手にお前は一体何をやっているのだ・・・」
「お互い身分を伏せてセレスティスで師弟として関わっておりましたし、あの方とっくにリシェルラルド王家から籍を抜いていますから関係ないですよ」
煩いのはエルフ族至上主義の一部の者達であって、ジークヴァルト様自身は種族とか身分とかどうでもいいだろう。
「難しい話は殿方同士でしてちょうだい、私は恋愛にまるで興味を示さなかったシレンディアが、異国の地で2人きりで結婚してしまうほどのお相手のことを聞きたいのです!」
しばらく黙っていたお母様がとうとう痺れを切らしたらしい。
「・・・ジュリアス、お前はシレンディアの夫と面識があるのか?」
「面識がある、というだけですよ、本当に。セレスティスでも極々限られた者しか存在を知らない方だったんですから。でもあの方、本当に姉上以外はどうでもいいんだと思います。姉上に何かすれば、本気でリシェルラルドを滅ぼすくらい顔色も変えずにやってのけると思います、厄介なことにそれだけの知力も財力も持っています」
エルフ族にしか効かない病原菌とか開発しちゃいそうだしねえ、財力は有り余っているし、6つ名だから天変地異も引き起こせるし、なんでよりによってあんな物騒な性格の男の感情制限弛めちゃったかね。
「さあシレンディア、私貴女の夫の名前と種族と年齢しか知らなくてよ。過去にリシェルラルドで何があったのかは昨夜聞きましたけれど、貴女とどういう出会いをして、どうやって愛を育んだのか、1番大切なことを何一つ聞いていませんわ!」
お母様の鼻息が荒い。
実の娘の恋バナなんて楽しいだろうか、あれは他人事だから楽しいのだと思うが。
「ジークヴァルト様は魔法陣と魔術具作成の権威なのですけれど、神気を纏っているために限られた者しか出入りのできない研究棟に籠っておられたのです。私はセレスティスで医学や薬学方面と魔法陣や魔術具方面の講義を主に受講しておりまして、ジークヴァルト様に師事したくてどうにか紹介状を手に入れたのです。初めてお会いした時から、なんというか、波長が合うといいますか、一緒にいて落ち着く方だとは思っていたのですけれど、こんなに美しい方がいるのだと感嘆いたしましたわ」
まあ、ジークヴァルト様に見惚れない人がいたら、それは美的感覚が狂っていると思うけどね。
「初めてお会いした瞬間から、一緒にいたいと思ったのですね?!そして美しいと思うなんて、それは一目ぼれだったのではなくて?!」
一目ぼれ?
いやあ、ご神木様だ、と思ったしねえ、ものすごく美しい芸術品に出会った時のようなものだと思うけど。まあ、それも一目ぼれといえば一目ぼれなんだろうけどもさ。
前世の経験でいうのなら、東寺の国宝の持国天の像を見た時とか、あまりにも美しくてその像の前に30分以上佇んでいたこととかあるし。密教系の仏像は迫力あって格好良いのが多くて寺巡りが楽しかった。
「一緒にいて波長が合うのは、姉上とあの方が6つ名同士だからではありませんか・・・」
ジュリアスがげっそりと口を挿むが、お母様は聞いていない。
「貴女がそれほど美しいと言うのですもの、お会いするのが楽しみですわ!お菓子は何を準備しましょうか?お菓子の好きなハイエルフの方ですし、2・3種類準備した方が良いですよね?何がお好きなの?」
客人を持て成すためのお菓子や料理を考えて料理人に指示を出すのは邸の女主人の役目だ、そういう意味では男の話は男同士でしろというお母様は正しい。
「甘いものなら何でもお好きだと思いますけれど。いつも手土産に何かお菓子を持って研究棟に行っていましたし、よく一緒に食事もしていましたから。少しですが、肉や魚も食べられますよ。秋も深まってきましたし、秋らしいお菓子を準備いたしましょう、モンブランとシャルロット・ポワールとタルトタタンでどうでしょう?」
「ならそうしましょう。ハイエルフの方ですからお茶ですよね?シーヨックが無難かしら?それで?貴女はいつ恋心を自覚したのです?」
・・・いつ?
ジークヴァルト様のことはそれこそ初対面の時から好きだ。
でもこれは親愛感情ではないと自覚したのは・・・
「ジークヴァルト様の涙を見た時でしょうか?それまで私は殿方が人前で泣くなど情けないと思っていたのですけれど、ジークヴァルト様の薄い金色の瞳から一筋宝石のような涙が流れるのを見て、なんて綺麗なんだろうと・・・」
お母様がわなわなと震えている、何か間違えただろうか?
「シレンディア!私は正直、貴女が流されて結婚したのではないかと思っていたのですよ!貴女はずっと国と家のためならば誰でもいいと言っていましたし!それが、愛する殿方が見せた弱い部分にときめいただなんて!」
いや、この男を放っておくわけにはいかない、天変地異が勃発する、という使命感に捕らわれたというのは事実だけれども。まあ、そんな使命感以上にジークヴァルト様のことが好きだからいいといえばいいんだが。
・・・お母様が涙を流して喜んでいるからまあいいか。