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「パルメート商会とドヴェルグ商会とは、また大物を引っかけてこられましたね」
帰りにアストリット商会に寄り、3日後に会食で友人を2人紹介すると伝えるとディアスに苦笑された。
「フォイスティカイトとは国交も盛んですし、パルメート商会はアルトディシアにも支店があったからわかりますけど、ヴィンターヴェルトとはあまり交流がありませんでしたから、ドヴェルグ商会の名はこのセレスティスに来てから知りましたの。大きな商会なのですか?」
「ヴィンターヴェルトでは1番大きな商会だと思いますよ。ドワーフ族は鍛冶や細工物が得意ですから、食材だけでなくそちらの伝手もあると思われます。セイラン・リゼル様?セイラン様とお呼びした方が良いでしょうか?ご友人ということでしたら、アストリット商会の品物全てご予約いただけるよう取り計らいましょう」
「セイランでお願いしますわ。これから色々なお料理やお菓子を作りますから、お2人とは仲良くしたいのです、よろしくお願いしますね」
自分の足で学院帰りにてくてくと商会に寄る手軽さがたまらない。最初はディアスも恐縮していたが、最近は私がふらりと寄るのに慣れてきたようだ。
アルトディシアではいちいち呼びつけないとならなくて実に面倒だった。
会食当日。
リュミエールは南国フルーツの大きな果物籠を、フリージアは限定生産で店頭には出していないという醤油と味噌、ではなくミルとゼルを手土産に持ってきてくれた。嬉しい、調味料が好きだと語っておいて良かった。
ディアスとシエラ夫妻は2人にもうすぐ新発売のグレープフルーツの香りのシャンプーとリンスの小瓶と、カットしたパウンドケーキとクッキーとロシアケーキの焼き菓子詰め合わせを贈っており、2人が目を輝かせている。
「このシャンプーとリンスはセイラン様のご希望でフォイスティカイトのグレープフルーツの香りのものが良い、と言われて開発した品なのです。良ければ感想をお聞かせください」
もともと私は甘ったるい香りよりも柑橘系とかグリーン系の香りが好みなので、そういう系統を愛用しているが、花や桃のような甘い果物の香りも女性には人気が高いらしい。セレスティスの近くの山では岩塩が産出しているので、いろいろな香りのバスソルトもこれから開発してもらう予定だ。冬のセレスティスは結構寒いらしいしね。
「今日のお料理はセレスティスに来てから考えたものばかりですの。アルトディシアでは手に入らなかったフォイスティカイトとヴィンターヴェルトの食材を使っているものが多いので、よければ感想をお聞かせくださいませ」
前菜は牛タンのエスカベーシュだ。
網焼きした牛タンを生姜入りの和風ドレッシングに漬けて、芽キャベツ、トマト、玉ねぎとあえたものだ。
「まあ、これはミルを使ったものですか?それにジンジャーにビネガーに油に砂糖、でしょうか?ずいぶんとたくさんの調味料を組み合わせていますのね、初めて食べる味わいですわ」
フリージアが目を瞬かせながら食べている。リュミエールもおっかなびっくりといった様子で口に運んでいる。ディアスとシエラは私が新しい料理を出すのは慣れているので、気にせず食べている。
「次はゼルを使いましたのよ」
前菜の2品目はナスの田楽だ。
ナスをゴマ油で炒め、砂糖とみりんを混ぜたゼルを乗せ、白髪ねぎと山椒を振った。
ちなみに山椒はレントという名で香辛料の産地フォイスティカイト産である。
「ゼルは人間族の方は色と見た目が苦手だという方が多いのですが、セイラン様は大丈夫ですのね。それに、この風味は何を使っているのでしょうか?とても良い香りです」
「レントの実ですわね、フォイスティカイトで採れる香辛料のひとつですわ。フォイスティカイト出身の私でもこのような使い方は初めてです」
そのうちちりめん山椒も作りたいと思っているが、内陸のセレスティスではじゃこが手に入らない。やはり生ものの流通は難しい。
「スープの代わりに茶碗蒸しにいたしました」
味噌汁は私は大好きだが、この世界では初めて食べる人間にとってはハードルが高いらしく、私が考えたものは昔からなんでも作り、なんでも食べてみるオスカー以外は最初躊躇していたので、具だくさんの吹き寄せ茶碗蒸しにしてみた。トロトロの茶碗蒸しの中にそれぞれ違う味付けで炊いた野菜や鶏肉がゴロゴロ入っていて至福の一品だ。
「ライスとパン、両方ありますので、お好きなものをどうぞ」
この世界、ありがたいことに米は最初からあった。白米をそのまま食べる習慣はあまりなく、パエリアやリゾットのような調理がメインだけど。この料理なら私は米一択だが、パンを好む人も多いので両方用意した。
鶏の炊き込みご飯のおにぎりと焼きおにぎりの乗った皿、バターロ-ルの入った籠をテーブルの真ん中に置く。パンも最初この世界で記憶が戻った時はハード系のパンばかりだったのだけど、バターロールやクロワッサンを作った。
「セイラン様は以前からパンよりもライス料理がお好きですね。いつも変わった料理が出てきて楽しませていただいております」
ディアスとシエラがにこやかにおにぎりに手を伸ばす。
炊き込みご飯とそれぞれ醤油と味噌を塗って香ばしく焼いた焼きおにぎりは、それぞれミルとゼルという素晴らしい調味料をこの街で手に入れてからの新作だ。最初に焼きおにぎりを食べた時、私は感動で涙が出そうになった。やはり米と醤油と味噌はソウルフードである。
メインはロールキャベツだ。
鶏唐揚げを包んでホワイトソースで煮たボリュームのある品である。
なんだか招待した2人が途中から無言で食べているのだが大丈夫だろうか、あまり口に合わなかったのだろうか。
「リュミエール様、フリージア様、いかがですか?もしかして、お口に合いませんでしたか?」
「いえ、そんなことありませんわ、フォイスティカイトでも、このセレスティスでも食べたことのない料理ばかりで驚きましたけど、とても美味しいです、是非レシピを知りたいくらいですわ」
「はい、食べ慣れたはずのミルとゼルですのに、こんなに美味しくなるなんて・・・アルトディシアの料理の手法なのでしょうか?我が家の料理人を修行に預けたいくらいです」
「我が家の料理人と一緒に考えた料理ですの。お口に合いましたら幸いですわ」
デザートはマンゴープリンだ。
滑らかな舌触りとマンゴーのねっとりとした甘さが堪らない。
「マンゴーはそのまま食べることしかしておりませんでした、フォイスティカイトは産地ですのにお恥ずかしい限りですわ」
「これはマンゴーというのですね、なんて美味しいのでしょう」
やはり女の子2人はマンゴープリンが気に入ったようで、目をきらきらさせて食べている。
果物が豊富なフォイスティカイトなら、いくらでもお菓子のバリエーションがありそうなのに、素材が美味しいと加工しようと思わないのだろうか。
リュミエールとフリージアはそれぞれパルメート商会とドヴェルグ商会に来てくれた際には、自分の名を出せば店頭にはない品でも奥から出すし、なんなら自国から取り寄せると言ってくれた、これでまた料理の幅が広がりそうだ。
「セイラン様、先日開発を依頼された靴の中敷きと室内履きが完成いたしましたのでお持ちいたしました。よろしければ、リュミエール様とフリージア様にもお試しいただいてはいかがでしょうか?」
会食が終わり、皆で食後のお茶を飲んでいるとシエラが切り出してくる。もし完成しているのなら、この場で提供を、と先に言っておいたのだ。
「あ、できたのですね、待っていたのです。リュミエール様、フリージア様、足にお悩みはありませんか?」
「足の悩み、ですか?」
2人がきょとんとする。まあ、いきなり言われてもなんのことやら、て感じだろうね。
「恥ずかしながら私、学院内の敷地が広すぎて毎日足がとても疲れてしまいますの。なので、足が疲れにくいような靴の中敷きを開発してもらったのです」
「わかりますわ!私も毎日夜に靴を脱ぐと足が浮腫んで・・・」
「私は親指の付け根が痛くなって・・・」
いつどこの世界でも、足の悩みは女性に共通である。やはりこれは良いモニターではないか。
新商品は商業ギルドで契約魔術で特許登録されるので、登録後一律10年は権利が保障されている。
うまくいけばフォイスティカイトとヴィンターヴェルトに口コミで広がるだろう。女性の情報網はどこの世界もすごいのだ。
試供品として長距離歩行用の靴の中敷きと室内履きを2人に進呈し、また感想を聞かせてね、と言ってその日の会食は終了した。
「セイラン様、あの中敷きというのすごいですわ!足の疲れ方がまるで違うのです!室内履きも、もうあれなしでは家の中で生活できませんわ!」
3日後に学院で会ったリュミエールが興奮していた。私も中敷きのおかげで、図書館でどれを読もうか本棚の前で長時間立ちっぱなしで本を物色していても疲労度が違うのでとても助かっている。アルトディシアにいた頃から毎日お風呂上りには侍女による全身マッサージがあるけれど、常に足裏を刺激しているのでは疲労度がまるで違うのだ。
「はい、私も親指の痛みがなくなりました」
おそらく人間族よりは体力も筋力もあるであろうドワーフ族にも効果があったのならこれは売れるだろう。フリージアがにこにこしている。
「足のタイプによっていくつか商品があるのですよ。お2人にお渡ししたのは、長距離歩行用の中敷きと室内履きはソフト指圧タイプなのですが、他にもO脚用、偏平足用、外反母趾用とありまして、室内履きも強力指圧タイプがありますの。足のお悩みは人それぞれですもの、ご自分に合ったものをお選びいただければと思いますわ」
「是非国元の母や姉にも紹介したいと思いますわ。もう商品は店頭に出ているのでしょうか?」
「売り出すのは来週からと言っておりましたよ。ご家族によろしくお伝えくださいませ」
私は商人ではないはずなのだが、すっかりセールストークが身に付いた気がする。
売れれば売れるほど私にもお金が入ってくるからいいのだけれども。
美容グッズや健康グッズはどこの世界でも売れるのだ。