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さて、アルトディシアに帰国したはいいものの、これからどうしようかな。

とりあえず、ジークヴァルト様にはリシェルラルドの大使館に行ってもらおう、うちの家族にはまず先に私から説明しておかなくては会わせられない。

リシェルラルドは隣国なのでちゃんと国交と大使館があって良かった、とりあえずそちらで待機していてくれと言うと、ジークヴァルト様は嫌そうだったがシェンティスが何やら凄みのある笑顔でジークヴァルト様を引き摺るようにして連れて行ってくれた、正直護衛騎士のローラントよりよほど頼りになった。


「あー、父上と兄上に一体何を言われるか・・・」


「今更ですよ、文句があれば直接神々に言ってくださいと言えば良いのです」


「それは6つ名の姉上にしかできない言い訳です!」


ジュリアスがすっかり意気消沈している、ジークヴァルト様はやはり私以外の者にとっては非常に疲れる存在らしい。

婚約も何もかもすっとばして異国の地で出会った他種族の男と2人きりで結婚してきました、というのは流石の私もちょっと実の父親には報告しにくい案件だ。

概要だけ聞くと、真実の愛に目覚めたから婚約を解消してくれ、と3年前私にのたまったディオルト様と大差ないではないか。


・・・あれと同レベルか、なんか今地味に傷付いたぞ、私。


邸に着くと、夕食を家族全員で摂るように、と父親からの言葉を伝えられた、絶対逃げるなよ、ということだ、ジュリアスは蒼褪めて俯いている。

とりあえずは旅装を解いて、晩餐の準備をしなければ。家族と夕食を食べるのにいちいち着替えたりするのって本当に面倒くさいが、これが大貴族というものである。


「2人共よく戻ったな、積もる話はあるが、まずは食事を終えてからにしようか」


無表情の父親に淡々と言われ、ジュリアスは引き攣っている。お話し合いはとりあえず腹ごしらえをしてからということですね、お父様。話の内容や展開によっては、食事が喉を通らなくなる可能性もあるしね。お兄様はお父様と同じような無表情で、お母様は対照的にわくわくした顔をしている。


夕食はオスカーに采配を揮ってもらって和食寄りにしてもらった、食後に面倒な話し合いが待っているのに、重い料理なんて食べたくない。


「お前はセレスティスでまたずいぶんと新しい料理を開発したようだな」


「大陸中の食材が輸入されておりましたからね、料理の幅が広がって非常に楽しかったですわ。できればこの先ヴィンターヴェルトと商取引を始めて下さると嬉しいです」


和食食材は主にヴィンターヴェルト産なんだよ、頼むよ、筆頭公爵!


「ヴィンターヴェルトか・・・距離があるからあまり国交がないからな。お前はドワーフ族よりも、エルフ族や獣人族と随分と交流を深めて帰ってきたようだが?」


「ドワーフ族の商会とも個人的に友誼を結んでまいりましたわ。もしアルトディシアとヴィンターヴェルトの間に正式に国交が開かれるのなら、支店を置くのも吝かではないと言われております」


ふふふ、ほほほ、とお父様と笑い合っていると、隣でジュリアスが恨めしそうな顔をしている。弟よ、この先海千山千の相手と交渉をしようと思ったら、実の父親相手にビビっていてはいけない。まあ私も、父親以上の年まで生きて色々な交渉事を纏めてきた記憶がなかったら怖かったと思うけれども。


「まあ良い。ヴィンターヴェルトのことは急ぎではないからな。本題に入ろうか」


食後のお茶を飲み、抹茶、もといルシアンのクッキーを少し物珍しそうに食べた後、お父様は家族以外を部屋から出した。


「シレンディア、セレスティスで6つ名持ちのハイエルフと神々の命で婚姻を結んだ、と神殿から報告が来たが相違ないか?」


「相違ありませんわ。セレスティスを襲った天変地異を鎮めるために必要なことでしたので」


「お前がやたらと派手に光り輝いているのもその影響ということか?」


「天変地異を治めるために女神アルトディシアをこの身に降ろした後遺症ですわね」


隣でジュリアスは胃の辺りを擦っている。


「何故天変地異を治めるために婚姻が必要となった?」


「2人がかりでなくてはおさえられない規模の天変地異に発展しようとしていたからです」


まさか馬鹿正直にジークヴァルト様が私と離れたくなくて天変地異を引き起こした、なんて言うわけにはいかない。そんな面倒な男はやめろと言われるのがオチだ。私も他人事ならそんな男はやめておけと言うだろう。


「6つ名が存在することで周囲の気候が安定するのは知られているが、天変地異を鎮めるような力があるというのか?」


「本来6つ名というのは神々が天変地異を鎮めるために降りる器だそうですよ。安定しない場所に置く重石のような存在だそうです。もっとも、神が降りた後には意識が戻らずにただの抜け殻になってしまうことも多いらしいですけれど」


ぴくりとお父様の眉が上がる。


「お前は女神アルトディシアを降ろしたと言わなかったか?お前も目覚めない可能性があったのか?」


よしよし、いい流れだ、このままジークヴァルト様の好感度を上げていこう。


「そのようですね。ジークヴァルト様、私の夫となった方がご自身を媒体に私の意識を呼び戻す禁術を展開され、私は呼び戻されました。戻る際にアルトディシアからジークヴァルト様を連れて行くようにと言われましたので、一緒にこの国に来てくださることになりました」


他人をごまかす時は、なるべく多くの真実を混ぜるのが信憑性が増す。

私は自力で目覚めたが、ジークヴァルト様が私を呼び戻すために自分を媒体に禁術を展開しようとしていたのは事実だ。


「・・・セレスティスに6つ名のハイエルフが隠遁しているというのは、各国の上層部には密かに知られている話だ。神々や6つ名絡みで何かあった場合には相談に訪れると良いと語り継がれてきたが、お前が夫として連れてきたハイエルフはその方だろう?」


各国上層部にそんな口伝があったんだ、まあ、497歳だと言っていたから、100年も生きない人間族にとっては十分伝説の類だよね。道理で滅多に自国から出ないはずの6つ名に何人か会ったことがあるはずだよ。


「おそらくそうでしょうね、今497歳だそうですし、400年ほど前に女神リシェルラルドをその身に降ろしたことがあるそうですから。いくつか神々から聞いたという話も教えてくださいましたし」


お父様が苦々しい顔をして深い深いため息を吐いた。


「そのような方をアルトディシアに、お前のような変人の夫として迎えることをリシェルラルドが容認するのか?お前の価値など6つ名であることを除けば、少しばかり顔と頭が良いだけだろう。あの国は人間族の我々には想像もつかないほどに排他的で差別意識が強い」


真面目な顔をして実の娘を顔と頭が良いだけの変人とか断じないでほしい。


「リシェルラルドのことは現王とその姉君に任せると言っておられましたけどね。あ、ジークヴァルト様の異母兄と異母姉だそうです。差別意識の強い過激派のエルフは私の暗殺依頼を出したそうですけれど、これは獣人族が動いてくれまして、主要な者は皆消されたはずですわ」


「それも聞かなければならないと思っていた。お前は一体何をして全ての獣人族を動かすような権利を得たのだ?獣人族は皆自由で激情家だ、いくら金を積んだところで気に入らなければ動かない」


これねえ、獣人族以外は皆理解できないだろうね、私自身未だにそんなことで?と思っているくらいだし。


「全ポーション類の味の改善です」


「・・・は?」


お父様のこんな間抜けな顔を見るのは初めてじゃないだろうか。


「セレスティスで薬学を学びまして、なんとなく味が良い方が飲み易いだろうと思って、薬効は変わらないのですが、味の良いポーションを作成して売ったら、全ての獣人族が泣いて喜ぶ勢いで感謝されたのです」


「たかがポーションの味で?」


「たかがポーションの味で」


味覚、嗅覚の鋭い獣人族にとっては物凄い偉業だったらしい。


「私の暗殺依頼を知った獣人族の暗殺者が怒って、私と専属契約をしていたシュトースツァーン家の冒険者に報告してくれたのですよ。暗殺依頼を出した者達を逆に暗殺するためにジークヴァルト様が大金貨1000枚出してくださって、私からは全改良ポーションの権利をシュトースツァーン家に譲渡いたしました」


「大金貨1000枚?!」


驚くよね、日本円の感覚だと1000億だよ、大国アルトディシアの筆頭公爵であるお父様でもぽんと出せる金額じゃないよ。


「ジークヴァルト様にとってははした金だそうです。実際、大金貨1000枚なんて霞むような魔術具をお礼に作成して、シュトースツァーン家次期当主である私の友人に贈っていましたし」


大金貨1000枚どころか、何百万枚も貯め込んでいるジークヴァルト様にとってはたしかにはした金だ。全財産がどれだけあるのか、自分でもよくわかっていないみたいだし。


「お前にそれだけの価値があると、お前の夫となったそのハイエルフは認めているということか?」


あ、それ聞いちゃう?まあ、実の父親が顔と頭が良いだけの変人と断言する娘だもんね。


「自分で言うのもなんですが、あの方、私のことが物凄く好きなんですよ」


お父様とお兄様が呆れたような半眼になってしまった。対照的にお母様は目がキラキラだ。


「あ、ちなみに、6つ名を神々が与える時点で、外見と能力が高いのは当然だそうです、神々にとってはもしかしたら器として使うかもしれない身体ですから。ですから、ジークヴァルト様にとっては私の見た目と頭は当然なのでどうでも良いらしいです、ただでさえ種族的に全員が絶世の美形のハイエルフですし」


「貴女のお相手はそんなに綺麗な方なのですか?」


これまで黙ってお父様に会話を任せていたお母様が食いついてきた。

お母様は一般的な世の女性の例に漏れず恋バナが大好きだ。


「初めてお会いした時、なんて美しい方なのだろうと見惚れましたわ」


正確には、ご神木様だ、注連縄掛けて拝みたい、と思ったけど。


「確かに、姉上の隣で見劣りしない絶世の美形なことは間違いありませんよ。しかもやたらと神々しいし」


ジュリアスがため息を吐いて相槌を打つ。


「ジークヴァルト様にとっては私が変人なところが好ましいようですよ。6つ名というのは、洗礼式で神々から6つ名を与えられた時点で感情を制限されるそうなのです。私は自分の感情が乏しいという自覚がありますが、普通はそんな自覚もないそうです。成長と共にどんどん自我も薄くなって、感情のない人形のようになるそうですわ。ですから、感情を制限されているはずなのに、好奇心旺盛で趣味に邁進している私に惹かれたと言っていました」


「ちょっと待ちなさい、そんな重要な6つ名についての情報を惚気話に混ぜるんでない!」


お父様に怒られた。

惚気話と言われてもね、事実だし?


「6つ名を授けられた者は一様に感情が乏しくなると言われているが、それは神々の干渉によるものだったのか?」


「そのようですよ?女神アルトディシアにも私は6つ名として感情を制限しているはずなのに変わっている、と笑われましたし」


「女神にまで言われるほど変人なのか・・・」


お父様、そこ?


「あら、なら貴女の夫のハイエルフも感情を制限されているのではなくて?」


お母様が首を傾げる。まあ、ジークヴァルト様のことは話しても良いと本人から許可をもらっているから、せいぜいお母様が私達の味方になってくれるように語ろうではないか。


「そうなのですけれど、ジークヴァルト様の感情制限は少し緩んでいるそうなのです。リシェルラルド王家の醜聞ですので、あまり口外はしないようにと言われましたけれど・・・」


そこからは聞くも涙、語るも涙のジークヴァルト様の昔話だ。

どこの国でも王位争いはあるとはいえ、なかなかにヘヴィーな内容だしね。

一般的にリシェルラルドで伝わっているように、神々の怒りで天変地異が起こったと説明しておこう、起こしたのはジークヴァルト様ではない。


「・・・それでジークヴァルト様は王位継承権を放棄して二度とリシェルラルドへ帰らない覚悟でセレスティスに移住されたそうです。約400年前の話だそうですわ」


ぐす・・・っ


お母様がハンカチが絞れそうな勢いで号泣している。

男性陣はそれを見てなんだかげっそりしている。


「そんな辛い思いをされてきた方なのですね。しかもやっと想いを交わした相手が現れたと思ったら、寿命の違う他種族で、一緒にいられる時間が限られているなんて・・・!」


「あ、お母様、ジークヴァルト様は私のいない世界で生きるつもりはないそうです。私が死ねば自分も一緒に逝けるように禁術を行使していました」


「まあ・・・!国だけではなく種族としての寿命まで捨てた恋だなんて・・・!なんて素敵・・・!」


その調子で盛り上がってください、お母様。


「・・・まあ、リシェルラルドから文句がでないのなら、6つ名が2人いることになるアルトディシアとしては特に文句はでないだろう。お前に求婚してきた者達にとってはいい面の皮だがな。それでお前はこの先どうするつもりなのだ?」


お母様がこうなった以上、もう止められないと悟ったお父様は投げやりだ。


「アルトディシアによると、私達2人が暮らす場所はこの先300年程は安定するそうですので、うちの領地の1番拓けていないところにでも住もうかと考えているのですが。私は自分ではわかりませんが神気を振りまいているのでしょう?それはジークヴァルト様も同様ですので、社交も遠慮して田舎で2人で静かに暮らしますよ」


「お前が変人だというのはそういうところだ。次期王妃として教育されながら、地位にも権力にも全く興味を示さずに、その癖なんでも完璧に熟すから煙たがられるのだ」


「自分に課せられた義務を熟していただけですわ。やらなくて済むのなら、仕事なんてしたくないじゃないですか」


あ、なんか男性陣が揃って深い深いため息を吐いた。


「お前がこの国の王妃にならずに済んだのは、この国とって僥倖だったのかもしれぬ」


お父様がヤケクソのように呟く。


「この先6つ名が生まれても次期王妃になんて定めない方が良いですよ。普通は私以上に感情が乏しいはずですから。6つ名はそれ故に誰からも愛されない、とジークヴァルト様が言っていました。私のように意志がはっきりしていて、多少なりとも他者になんらかの感情を抱くのは非常に珍しいそうです」


「王家に進言しておこう・・・お前が住む場所は王家とも協議することにする、この先300年もその土地が安定するというのなら、うちの領地以外にもっと荒れた場所がいくらでもあるだろうからな。ただ、領地の問題は利権だけではなく感情が絡むから難しい」


どこでもいいよ、ジークヴァルト様と2人でのんびり好きなことして過ごす悠々自適な生活が送れるのなら。


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― 新着の感想 ―
女神にまで言われるほど変人なのか…wwwww
ユリアの語った乙女ゲーが、実際にこの世界のものだったら、 嫉妬は誤解で、6つ名を奪われることは本人にとってはご褒美。 (6つ名の末路って微妙だし) 逆にユリアが人形になってたかもしれないと思うと、面白…
[気になる点] あんまり覚えてないけど、ユリア?が嫉妬から6つ名を奪われるストーリーって言ってませんでしたっけ。感情がそれほど無いなら嫉妬もしそうに無い気がするけど、やっぱり別世界なんですかね。
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