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国にも家にも何の相談もなくいきなり結婚なんてしてきて!とクラリスは大層ご立腹だったが、文句は神殿に行って神々に直接言ってくれ、と言うと流石に黙った。もう帰国してからもこれで押し通そうと思う、神々が実在しているのが明らかな世界で、直接神々に苦情を申し立てられるような胆力のある人がいたら、私は無条件でその人をリスペクトするだろう。
神々の命で6つ名同士で結婚なんてして、夫婦で神殿にでも入るつもりか、と言われたが、それならそれでもいいと思う、基本的に聖職者は独身だが、6つ名同士なら特例として認められるだろうし。
ただまあ、神気を垂れ流した後光の差す私たちが夫婦で神殿に入ったりしたら、毎日参拝客が涙を流して跪いて祈り出しそうなので、それはちょっと鬱陶しい。神殿になんて入ったら、季節ひとつ分くらいで消えるだろうと言われた私の神気も、なかなか消えないような気がするし。
「お嬢様、本当にあの御方とご結婚なされたのですよね?」
「そうだと言っているでしょう。大体今の私はアルトディシアの神気を纏って光り輝いているのでしょう?こんな私と結婚できるのなんて、同じようにリシェルラルドの神気を纏っているジークヴァルト様くらいですよ」
別の相手と結婚しても、家の中に神殿を作られて祀られるのが関の山だと思う。
「はあ、こういっては何ですが、お嬢様もあの御方も浮世離れしていらっしゃいますので、ご結婚されて、そのう、男女として閨を共にされるイメージが湧かないといいますか・・・」
イリスの歯切れが悪いが、その言い分には私も全面的に賛成だ。
私以上にジークヴァルト様にはそういう欲が薄い気がする。
普通の男相手だったらね、結婚したら後継ぎを作るという貴族としての義務もあるし、嫌でもやることやらなければならないんだろうけど、私とジークヴァルト様はねえ・・・
「私はジークヴァルト様と2人きりでお話したいことがありますし、ジークヴァルト様も同様だと思うのですよ。もしかしたらお話しているだけで夜が明けるかもしれませんね」
ちなみにジークヴァルト様は今お風呂である、ローラントがげっそりした顔をして急いで着替えを取りに戻ったが、クラリスとイリスは私が神気を纏っても変わらず私の世話をしてくれているが、ジークヴァルト様に直接触れることのできる者はなかなかいないらしく、ジークヴァルト様は普段から自分のことはほとんど自分でやっているらしい。
ジークヴァルト様への好感度が上がった。
貴族は側仕えがいるのが普通だが、私は前世の記憶があるので、男だろうが女だろうが最低限の自分のことくらいは自分でできてほしいと思うのだ。まあ、だからこそ私の側仕えは2人で事足りているというのもあるのだが。普通の高位貴族の令嬢なら、側仕え2人だけで日々生活するなんてあり得ないだろう、母親には常に最低5人は付いていたし。
「はあ、客室ではなく、お嬢様の寝室にご案内してよろしいのですね?」
深々とため息を吐かれるが、仮にも結婚したのだからいいに決まっている、ジークヴァルト様もそのつもりだろう。
今夜泊まっていってもいい?と赤くなって言う様はまるで乙女で、とても可憐で可愛らしかったが、普通逆ではないだろうか、いや、私は前世から男らしいとよく言われたが。
寝室でホットワインを飲んで待っていると、クラリスに案内されてジークヴァルト様がやってきて私の隣に座った。
そこはかとなく色気があるように見えるのは気のせいだろうか。
「急にすまない。アルトディシアに行く前に君に話しておきたいことがあったのだ」
少し顔を伏せると、いつもは後ろで緩く纏めている白銀の髪がさらさらと落ちてきてとても綺麗だ。
「君はいつか寝物語に自分の秘密を話してくれると言っていたな。だが君の話を聞く前に、私の昔の話を聞いてほしい、あまり楽しい話ではないが聞いてくれるだろうか・・・」
「はい、勿論ですわ」
ジークヴァルト様は私を軽く抱き寄せると、静かに話し始めた。
「私には現在異母兄と異母姉が1人ずついる。姉は先日紹介したアナスタシア、兄はリシェルラルドの現王であるフォルクハルトだ。だが、本当はもう1人異母兄がいたのだ。リシェルラルドの王族の系譜から名を抹消されたアルトゥールという兄が・・・」
そこからジークヴァルト様の昔語りが始まった。
静かに語られる昔語りは、とても暗く重かった。
つまるところ、ジークヴァルト様の実母がハイエルフではなくエルフだったことで、ハイエルフの母を持つ兄姉ではなくジークヴァルト様が洗礼式で6つ名を授かったことでリシェルラルドが割れたということか。王位継承争いはどこの国でもあるものだけれども、なかなかにドロドロの争いが何年にも渡って繰り広げられたらしい。
「アルトゥール兄上は、私が6つ名を授けられてから変貌したと言ったが、当時の私にはわからなかった。兄上に可愛がられていたという記憶はあっても、それに伴っていたはずの感情がまるで理解できなかったのだ。今にして思えば神々によって感情を制限されたからなのだが、あの時リシェルラルドでそのことを知る者は誰もいなかった。知っていたら、感情のない者を王位に就けようなどとは誰も考えなかっただろうに」
ジークヴァルト様が自嘲するように微笑む。
「そしてアルトゥール兄上は禁呪に手を染めたのだ。私から6つ名を奪うべく、禁呪を展開し、そして神々の怒りに触れ髪一筋も残さずに私の目の前で雷に焼かれた。6つ名などなくなれば元のお前に戻るのか、と言っていたが、兄上の禁呪で私の6つ名を奪うことはできず、替わりに神々によって施されていた感情制限が緩んだ・・・」
私を抱き寄せるジークヴァルト様の力が強くなる、少し震えているようだ。
「私は王位などどうでも良かった、周囲が望むのならその地位に就くのも止む無し、といったところだ、それは君も同様だろう?だが、感情制限が緩んでしまった私は、あの瞬間、当の私を無視してくだらない王位継承争いを繰り広げ、アルトゥール兄上を追い詰めたリシェルラルドという国を心底嫌悪したのだ。そして止まぬ雨が降り出した・・・」
それが過去にリシェルラルドで起こった天変地異の顛末か。
重い。
どうしよう、私に前世の記憶がある話なんて鼻でせせら笑われそうなくらいに、重い。
そりゃあ気に病むわ、400年も鬱鬱とするはずだよ。
でもまあ、そのアルトゥール様とやらがジークヴァルト様を弟として可愛がっていたというのは本当なんだろうな、さくっと殺せば済むものをわざわざ禁呪なんぞ展開して6つ名を奪おうとしたんだから。
「国によって王位継承争いは常にありますけれど、アルトゥール様というお兄様が、ジークヴァルト様のことを大切に思っていたということだけはわかりましたわ」
「アルトゥール兄上が、私のことを、大切に思っていた・・・?」
ジークヴァルト様が信じられないことを言われた、というような表情で薄い金色の目を見開く。
なんでそんなに驚くんだろうね?
「そうですわ。だって、邪魔なら殺せば済むことではありませんか。6つ名を暗殺して神罰が下ったという話は聞いたことがありませんもの。現に私もアルトディシアにいた頃は何度か暗殺者に遭遇しておりますし。それをわざわざ名前を奪う禁呪を展開するなんて面倒な真似をしてまで、ジークヴァルト様を元に戻したかったのでしょう?」
6つ名は権力者に近いから、常に暗殺の危険があるんだよね、実際過去に暗殺された6つ名も何人もいるわけだし。神々にとっては、死んだら次の6つ名を選べばいいだけの話だけど、自分たちが与えた名前を無理やり奪い取るような真似は許せない、ということなんだろう、きっと。
「そう、か、アルトゥール兄上・・・」
ジークヴァルト様の薄い金色の目から、つ・・・と涙が一筋零れ落ちた。
美人は泣き顔まで綺麗だなあ、と思いながら、白銀の頭をよしよしと撫でる。
「君はまたそうやって私の頭を撫でる・・・」
「泣きたいのでしたら、胸でも膝でもお貸ししますよ?」
ジークヴァルト様は小さく笑うと、いきなり私の膝裏に手を入れ抱き上げた。
「ジ、ジークヴァルト様?」
「慰めてくれるのなら、寝台の方が良い。君は私の妻なのだから、構わないだろう?」
杉の木のように細いイメージだったが、意外と筋肉はついているらしい。
ジークヴァルト様は軽々と私を抱き上げてスタスタと寝台に行き、そっと降ろされる。
「君に出会えて良かった・・・」
吐息のように囁かれて、重ねられた唇を受け入れた。
ジークヴァルト様は、私ほどには枯れ果ててはいなかったらしい。




