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貴族は位が上がるほど状態異常に対する魔術具を身に付けているものだ。
特に毒、魅了、幻覚に対抗する魔術具は必須だろう、どこで仕掛けられるかわからないのだから。
こんなシンプルな指輪ひとつに毒、魅了、幻覚無効の効果を付与するなんてすごいね、流石は長年セレスティス随一の天才と讃えられてきた研究者だ。
ほへーと私はするりと指にはめられた指輪を眺める。
耐性じゃなくて無効だよ、各国の王や宰相が喉から手が出るほど欲しがるだろう。
この世界に結婚指輪の習慣はないはずなのに、偶然にも左手の薬指だ。
いや、これは現実逃避だ、わかっている。
怒涛のような1日が過ぎ、一晩経って私のところにやってきたジークヴァルト様は美麗に微笑んで指輪を嵌めてくれ、私の男の好みを知りたいと言い出した。
500年近く生きている相手を自分好みに染め変えるなんて、そんな大それたことをするつもりはありませんが・・・?
ジークヴァルト様の後ろで護衛騎士のローラントも頭痛を堪えるような顔をしているではないか。
私の望みならなんでも叶えたい、装飾品もいくらでも作成して贈る、と言っているが、これではキャバ嬢に貢ぐ男のようだ、私にキャバ嬢のようなモテテクはないはずなのだが。
前世の私の男友達には、キャバ嬢にはまり込むような男はいなかったが、逆にキャバ嬢にはまり込んで貢ぎまくる友人を諫める立場にあったのは数人いたから、どういうものなのかは知っている。
いくら諫めても全く聞く耳持たないのだ。
彼女が本当に好きなのは俺だけなんだ、彼女は親が病気でお金に困ってそんな仕事をしているだけなんだ、彼女にクリスマスプレゼントにブランドのバッグをねだられたんだ・・・いくら騙されてるだけだと言っても聞かないんだよ・・・という男友達のため息を何度か聞いた記憶があるぞ。
なんか後ろのローラントの目がその男友達を彷彿とさせる。
うーん、私は結婚詐欺師ではないし、別にジークヴァルト様を騙したわけでもないし、何かをおねだりしたわけでもないのだが、なんだか申し訳ない気分になる。
騙されやすそうだなあ、ジークヴァルト様。
私がキャバ嬢、もとい、娼婦とかでなくて良かったね。
下手に財力も有り余ってるだろうから、いいカモにされそうだ。
1度ルナール辺りにでも弟子入りして、女遊びの仕方を教えてもらった方が良いのではなかろうか。
とりあえず何かさせておいた方がいいのだろう、いくつかアクセサリーのデザインを簡単に書いて渡す。作ってくれるというのなら作ってもらおう、重いアクセサリーは肩が凝るから好きではないが、軽くしてくれるのなら大歓迎だ。
しっかし、私の男の好みねえ。
前世から私の男の基準は顔と頭だ。
顔は間違いなく好みだな、私は元々面食い気味だけど、ジークヴァルト様の顔ならずっと眺めていられる、美人は3日で見飽きるなんて言うけれど、ジークヴァルト様の顔は見飽きない、至高の芸術品だし、しかも何年経っても劣化しないなんて素晴らしい。
頭の良い人が好きだけど、その点は楽楽クリアしているし、読書の邪魔とかされたら殺したくなるほど腹立つけど、ジークヴァルト様はそんなことはしないし、隣で一緒に読書できるだろう。
私は強さには拘りはない、有事の際に自分自身の身を守れる程度の腕さえあれば、お互い護衛騎士が常に貼りついている身分だ、問題ないだろう。
私が色々趣味に邁進していても気にしないだろうし、むしろ後押ししてくれそうだ。
浮気は間違ってもしなさそうだし、逆に執着が重いくらいだろうか。
まあ、その重さが多少問題かもしれないが。
「どうかしたか?」
私が黙ってジークヴァルト様の顔を眺めていたからだろう、心配そうに問いかけられる。
「先ほど聞かれましたので、私の殿方の好みというものを考えておりましたが、今まで政略結婚が当然だと考えておりましたので相手に何かを求めるつもりはありませんでしたが、改めて考えてみますとジークヴァルト様はかなり私の好みに合致するようです」
うん、私の趣味の邪魔さえしなければどんな相手でもいいと思っていたけれど、ジークヴァルト様は私にとってかなりの好物件である。
「本当に?」
「はい」
にっこり微笑んで見せると、それはもう輝かしい微笑みを向けられた。普通の人間ならこの微笑みだけでバッタリいきそうだ。
「ならば、その、今日はこちらに泊まっていってもいいだろうか・・・?」
もじもじと耳を赤くして目を伏せるジークヴァルト様はとても可憐で可愛い。
周囲に何の相談もせずに強行したとはいえ、結婚したのだ、実質的な既成事実を作っておくのも悪くはないだろう、ジークヴァルト様の研究棟は引っ越し準備でバタついているだろうし。
それにアルトディシアに行く前に私の前世の記憶のことを話しておくのも良いだろう、そのうち寝物語に話すと約束したし。
常に護衛騎士やら側仕えやらが同室に控えている者同士、本当に内緒話をしようと思ったら寝室くらいしかする場所はないのだ。
「はい、構いません」
頭を抱えているクラリスの姿や、呆然としているローラントの姿が目の端に映るが、別に構わないだろう、アルトディシアに行く前にジークヴァルト様の抱えている心の闇もちょっとは晴らせるものなら晴らしておきたいし。
別に夫婦であってもお互い秘密のひとつやふたつやみっつやよっつ抱えていても構わないとは思うが、ジークヴァルト様にとっては私という存在が必要なのだろうから、もう少し心の距離を近付けておきたいのだ。