ローラント
私の名はローラント。
現リシェルラルド王であるフォルクハルト様の元筆頭護衛騎士であり、リシェルラルドの騎士団長を勤めた後、フォルクハルト様よりジークヴァルト様の護衛騎士となってくれないかと直々に頼まれ、セレスティスにやってきた。
子供たちは皆成人して孫も何人かいるし、妻はせっかくなのでセレスティスでいくつか興味のある学問を修めると言って学生生活を楽しんでいる。
200歳を過ぎてから他国へ居を移すのは嫌だと言われるかと思ったが、元々文官であった妻は文句も言わずに付いてきてくれて、セレスティスでの生活を殊の外楽しんでいるようだ。私より先に赴任していた側仕えのシェンティスとも旧知で休日には一緒に出掛けたりしているし、なんだかリシェルラルドにいた頃よりも毎日楽しそうに見える、正直羨ましい。
ジークヴァルト様は居住している研究棟からほとんど出られることがなく、来客も滅多にないので、護衛騎士としての仕事はほとんどなく正直身体が鈍ってしまいそうだ。
フォルクハルト様から、いつも引き籠ってばかりのジークヴァルト様をたまには鍛えてやるように、との命令も受けているので、たまに剣や弓の稽古もさせてもらっているが、いつも研究室に籠っているか本を読んでいるかのどちらかなのに、ジークヴァルト様はお強い。6つ名というのは何事も大概の者より優れているものだということは聞いていたが、正直下手な騎士では立つ瀬がない。引退した騎士団長や副団長が護衛騎士に赴任するのも頷ける。しかも歴代の団長や副団長を相手に鍛錬してきてこられた方だから、下手すると私の剣の癖なども全て知られているので非常にやりにくい。
そして鍛錬は面倒くさがって毎日はしてくださらない。
「暇で身体が鈍るというのなら、冒険者ギルドに登録して狩りにでも行って構わぬぞ?どうせ私がここから出ることは滅多にないからな」
どうやら、歴代の護衛騎士達も同じ悩みを抱えていたようで、ジークヴァルト様に毎日鍛錬するように勧めて、逆に冒険者にでもなって研究に必要な素材を取ってこい、と言われた者が何人もいたようだ。
仕方がないので、私も先達に倣い、冒険者ギルドに登録してジークヴァルト様に命じられるままに素材採集をしているうちに、いつの間にか白金カードになっていた。
6つ名が望む素材は手に入るようになっているそうだが、それを狩れる腕がないと困るのでジークヴァルト様は代々の護衛騎士を専属の冒険者として使ってきたらしい。
別に私は冒険者になりたかったわけではないのだが。
いや、命令に従ってのことだし、臨時収入も正直騎士団長時代よりも遥かに入るし、別に構わないのだが、なんだか釈然としない。
私は元リシェルラルドの騎士団長で、ハイエルフの貴人を護衛するための騎士なのだが。
護衛騎士ではなくほとんど冒険者としての生活を送って20年ほど経ったところで、ジークヴァルト様が人間族の弟子を取るとのことで、久しぶりにジークヴァルト様のお側に侍ることになった。
「人間族がジークヴァルト様の傍で正気を保っていられるものなのか?あ、我々に作成してくださったような護符をその弟子のためにも作成されるのか?」
「どのような対応になるかは、その人間族と対面してから考えるそうですよ。エアハルトが大層変わった人間族なので、ジークヴァルト様の無聊の慰めにでもなれば、と紹介してきたのですが、私は初めてですが、これまでもジークヴァルト様は時たま魔法陣や魔術具作成の弟子を取ることはあったそうですし」
ハイエルフの長い生の中では一瞬にしかすぎないような寿命の弟子を取るのがジークヴァルト様にとって良いのか悪いのかは私にはわからないが、ジークヴァルト様が決められたのなら私はそれに従うまでだ。それに他種族の者が頻繁に出入りするとなれば、私も護衛騎士の本分に戻れるしな。
そうしてやってきたセイラン・リゼル殿は、ジークヴァルト様と並び立っても遜色ない圧倒的な美貌の持ち主だった。
私達が護符なしでは近寄ることもできないジークヴァルト様に何の畏れもなく近づき、あっさりとジークヴァルト様がとても美しいので見惚れた、と言って笑っていた。
美しいのはハイエルフなのだから当然だが、ジークヴァルト様の神々しさがセイラン・リゼル殿には理解できていないようだった。
そしてその理由にジークヴァルト様は気付かれたようだったが、何も言わずにそのままセイラン・リゼル殿を弟子として受け入れられた。
セイラン・リゼル殿が来るようになってから、ジークヴァルト様は目に見えて変わられた。
神殿の神像のように動かなかった表情が時に笑い、時に呆れ、時に驚き、護符がなければ跪いて祈りを捧げたくなる神々しい神気が、セイラン・リゼル殿と一緒にいる時には和らいだ。
ほとんど研究棟から出たことのないジークヴァルト様を郊外の湖まで連れ出し、あまつさえ他の人間族や獣人族やドワーフ族の友人たちと一緒に立ったまま食事を取らせたりしたのには頭を抱えたくなったが。
本国の者達が知れば卒倒しそうだと思ったが、ジークヴァルト様がこれまで見たことがないほどに楽しそうにされていたし、何故かセイラン・リゼル殿の家人たちと友人たちは、ジークヴァルト様を前にしても驚きの表情は浮かべても跪いて祈りだすことはなかった。
そしてセイラン・リゼル殿はジークヴァルト様にエスコートされても平然としていた。
普段の会話程度ならば、胆力の据わったものならば護符なしでも可能だが、ジークヴァルト様に直接触れられて全く物怖じしない者がいるなど、信じられない!
そしてその日を境に、ジークヴァルト様は時折セイラン・リゼル殿の招待を受けて彼女の家に食事に赴かれるようになった。
確かに彼女がいつも手土産に持参してくれるお菓子はどれも非常に美味だが、まさか年単位で研究棟から出られなかったジークヴァルト様が食事のためだけに頻繁に外出するようになるなど、信じられなかった。
いくらジークヴァルト様が気に入られたところで、せめてエルフ族だったなら良かったのだが、人間族では100年もせずに年老いて死んでしまう。
ハイエルフの方々と並んでも遜色ない美貌はもっと早くに衰えるだろう。
ジークヴァルト様はそのことにあえて気付かぬふりをしているのだろうか。
セイラン・リゼル殿が帰国の挨拶に来た時、私はどこかほっとしていた。
このままセイラン・リゼル殿がジークヴァルト様の傍にい続ければ、いつかジークヴァルト様が深く傷付くことになるのではと危惧していたから。
他種族の友人があっという間に年老いて死んでいくのを見るのは辛いものだ。
エルフ族が排他的と言われリシェルラルドから出る者が少ないのは、他種族は皆自分よりも寿命が短いというのも大きいからな。
300年の寿命のエルフですらそうなのだ、1000年の寿命を持つハイエルフの方々は言わずもがなだろう。
だがセイラン・リゼル殿がジークヴァルト様に別れを告げた翌日から、セレスティスでは止まぬ雨が降り出した。
何日も止むことなく降り続ける雨を見つめ、ジークヴァルト様がこの雨は自分のせいなので神殿に行く、そして神々に自分を滅してもらうと言われ6大神の間に唯1人で籠ってしまわれた時には本当に肝が冷えた。
天変地異を引き起こすほどの何があったのか、と悲痛な顔をするシェンティスと私の前に現れたセイラン・リゼル殿は、あっさりと自分も6つ名だと明かし、ジークヴァルト様の護符を身に付けている私でも足が竦んで動けない神気の溢れる6大神の間にすたすたと入って行った。
ジークヴァルト様の神気に怯まずにすんでいたのは、6つ名だからだったとは。
中でジークヴァルト様とどのような話をされたのかはわからぬが、6大神の間からお2人が出てきた時、セイラン・リゼル殿は溢れんばかりの神気を纏っていた。
アナスタシア様が、ジークヴァルト様がかつてリシェルラルドを降臨させた時に比べればずいぶんと神気も薄れている、と仰っていたが、こうして比べてみると確かにジークヴァルト様の神気は薄い。その代わりにセイラン・リゼル殿が目も眩まんばかりだが。
そしてお2人はとんでもない発言をした。
神々の命により、婚姻を結んだというのだ。
ジークヴァルト様はわかる者にはわかる上機嫌で各国の神殿に伝達を送り(この魔術具を設計したのはジークヴァルト様だそうだから、実に手慣れていた)、傍に控えていたエルフの神殿長は血の気が引いて卒倒しかけたため私が支えてやる羽目になった。
そして今、溢れんばかりの神気で光り輝いているセイラン・リゼル殿を前に、何故私はここにいるのだろう、と現実逃避をしたくなった。
「君はどのような男が好きだ?できうる限り君の理想に近づけるよう努力する」
「いきなりどうなさったのです?一緒にアルトディシアに来てくださる準備をされていたのでは?」
セイラン・リゼル殿が一体どういうことだ?と私に視線で問いかけてくるが、私ではなくシェンティスに聞いてくれ、あの女、引っ越しの手配は側仕えの仕事だからと研究棟に残りやがって!
「引っ越しの準備に私がいても役に立たないだろう?だから君の男の好みと、あと衣裳や装飾品の好みを確認しに来た」
500年近く生きてきても、恋愛経験が皆無というのは恐ろしいものだ。
いや、ずっと腫れ物を扱うように接してきた私たちにも責任の一端はあるのだろうが、本国から送られてくる側仕えや護衛騎士も私やシェンティスのようなもう孫までいるような年の者ばかりだしな、いっそ愛妾にでもなれそうな娘を何人か送り込んでおけば良かったのだ、と今になって後悔する。
「殿方の好みですか・・・では逆にお聞きしますが、ジークヴァルト様はどのような女性が好みですか?」
「私は君という存在の全てに心惹かれているから、ありのままの君が好みだ」
なんだか砂でも吐きたい気分になってきた。
6つ名というのは、神々によって感情を制限されているから、恋愛感情のような感情の振れ幅の大きなものは理解できないのではなかったのか?
「ジークヴァルト様、私達は生まれ育った国も種族も違いますし、生きてきた時間も違います。結婚というのは、一緒にいるためにお互いに歩み寄れる部分は歩み寄り、受け入れられない部分は我慢せずにきちんと話し合うことで改善する必要があるものだと考えております。生活習慣、物事の価値観、どれも違いますもの、私の全てを肯定してくださるのは嬉しいですが、それは対等な家族ではありませんわ」
・・・なるほど、シェンティスの言う通り、精神的にはセイラン・リゼル殿の方がジークヴァルト様より遥かに大人のようだ。
「なるほど、そういうものか。では気付くことがあれば何でも言ってほしい、私はこれまでほとんど周囲に興味を持たないように生きてきたから、あまりそういうことがわからないのだ。君の望みならなんでも叶えたいと思う、それが今の私の1番の願いだ」
感情を動かすと天変地異に繋がるから、周囲に興味を持たないように生きてきたと言われると、図らずもそれを強いる形になっていたリシェルラルドの者としては何も言えない。
実際今日のセレスティスの空は、ジークヴァルト様の今の御心を表すかのように、晴れ晴れと雲一つなく晴れ渡っていた。
「これからずっと夫婦として一緒に生きていくのですもの。お互いにこれまで見えていなかった部分も見えてくると思いますわ、私のこれまでに見せてこなかった部分を見ても嫌いにならないでくださいませね?」
「私が君を嫌うことなどあり得ない」
ジークヴァルト様がするりとセイラン・リゼル殿の手を取り、そのほっそりとした白い指に細い銀色の指輪をはめる。
「あら、ジークヴァルト様、これは?」
「君に何か装飾品を贈りたいと思ったのだが、君の好みを知らないと気付いたのでな、とりあえずは普段から身に付けていて問題ないシンプルなデザインのものにした。効果は毒無効と魅了無効と幻覚無効しか付けられなかったのだが、もっと華やかなデザインならばさらにたくさんの機能を付けられるだろう」
…思わず咽そうになった。
あの細い指輪に毒無効と魅了無効と幻覚無効の効果付きだと?!
大国の国家予算が動くぞ?!
「ありがとう存じます、これなら毎日付けていても邪魔になりませんわね。夜会などの時には重ね付けすれば良いですし・・・ああ、それで私の衣裳や装飾品の好みを聞かれたのですか」
セイラン・リゼル殿がふわりと微笑む。
正直、ジークヴァルト様の護符がなければ、跪いて頭を垂れ、正視することも適わないだろう、何故この家の人間族たちは平気な顔をしているのだろうか。
「シェンティスに、好みの合わない装飾品を身に付けるのは女性にとっては苦痛なだけだと言われてな・・・色やデザインの好みがわかれば、素材は色々あるし、君の望む効果をいくらでも付与しよう」
ジークヴァルト様が実に幸せそうだ、お相手がセイラン・リゼル殿で良かった、下手な悪女にはまっていたら散々貢がされるぞ。
「そうですわね、色は金よりも銀、石は青や紫系統をよく使います。緑は色味的にあまり似合いませんので身に付けないことが多いです。暖色系なら赤は使いますが黄色やオレンジは使いませんね。あとは軽いと嬉しいです。豪奢な装飾品は夜会くらいでしか身に付けませんが、重いと肩が凝りますので」
いちいちシェンティスの言っていたことが正しいのが、なんだか腹が立つ。
いや、アナスタシア様の筆頭側仕えとして100年以上勤めてきたのだから、女性の事情に詳しいのも当然だということにしておこう。
「おそらくこれからアルトディシアに帰国して、夜会にご一緒していただくのは冬になるかと思いますので、衣裳は赤や白が多いかと思います、青系統では寒々しいですし。デザインは隣に立たれるジークヴァルト様の衣裳との兼ね合いを考えてデザインしますわ」
「衣装のデザインは君が自分でしているのか?」
「大概はそうですわね。ジークヴァルト様がこれから装飾品を作成してくださるのでしたら、冬の夜会で身に付けることを考えて雪の結晶のようなモチーフで作成してくださると嬉しいですわ」
「わかった。絶対に付けたい機能は軽さで、後は状態異常を無効化するような効果を付け、余裕があれば物理攻撃や魔法攻撃を反射する効果も付けていこう」
だからどこの国宝ですか、それは!
喉から声が出かかるが、すんでのところで呑み込む。
恋愛経験のまるでない男が、何故、知力も魔力も財力も有り余っているんだ!しかも歴代の護衛騎士達が狩ってきた素材も研究室に有り余っているだろうし!
実に幸せそうにセイラン・リゼル殿の望まれる装飾品の構想を練るジークヴァルト様を見ながら、私は堪えきれぬ頭痛にこめかみを揉んだ。