シェンティス
私の名はシェンティス。
ここ30年ほどジークヴァルト様の側仕えをしてきました。
ジークヴァルト様はかつてその身に光の女神リシェルラルドを降臨させた尊き御方ですが、その御身から滲み出る神気が神々しすぎるために、ジークヴァルト様御自ら神気の影響を受けにくい魔術具を作成してくださっているというのにもかかわらず、年若い者では胆力が足りず畏怖してしまうことが多いために、リシェルラルド本国の城で100年以上勤め上げた者が交代でやってきます。
私はジークヴァルト様にお仕えする前はアナスタシア様の筆頭側仕えをしておりましたし、護衛騎士のローラントは前騎士団長です。
私もローラントも本国には既に孫もおります。
セレスティスでのジークヴァルト様は、静かに、無為に日々を過ごしておられました。
ハイエルフの方々は私たちよりも遥かに長命ですから、ジークヴァルト様は私よりも遥かに年上ですけれど、その神気のためにほとんど他者と関わることもなく長い時を過ごされてきたせいか、まるで感情を動かすこともなく彫像のようでした。
私とローラントはジークヴァルト様にお仕えするにあたって、本国では一般にあまり知られていない情報も知らされてきております。
本国では一般には、ジークヴァルト様は異母兄であるアルトゥール様に殺されそうになり、逆に神の雷にアルトゥール様は焼かれ、そのことで神の怒りを買った本国を天変地異が襲い、ジークヴァルト様がその身に神を降ろすことで天変地異を鎮めたと言われておりますが、本当のところはアルトゥール様に禁術により6つ名を奪われそうになったことでジークヴァルト様が天変地異を引き起こしてしまい、それを鎮めるために神を降ろした、というのが正確なところだそうです。
6つ名というのは天変地異をも引き起こせる存在なのです。
そのため、ジークヴァルト様には誰もが腫れ物を触るかのようにしか接することができず、そのせいでジークヴァルト様はさらにご自分の中に籠ってしまわれていたのでしょう、今になってやっとわかりました。
「シェンティス、セイラン・リゼルに何か贈り物をしたいのだが、女性は何を贈られると喜ぶものなのだ?」
傍目にもわかるほどにうきうきと蔵書の整理をしながら、ジークヴァルト様は問われます。
人間族であるセイラン・リゼル様がジークヴァルト様に師事されるようになってから、ジークヴァルト様は格段に表情が豊かになられました。
ずいぶんとこの人間族を気に入られたようだとは思っていましたが、まさか恋情を抱かれていたとは思いもしませんでした、だっていくら美しくても所詮相手は人間族、ハイエルフであるジークヴァルト様からすれば一瞬で年老いて死んでしまう存在ですから。
「想いを寄せる女性への贈り物として種族を問わずに一般的なのは、花やお菓子や装飾品ではないでしょうか」
お菓子はセイラン・リゼル様が作成される品が他のどんなに有名な菓子職人の作った品よりも美味しいですので論外ですし、花はともかく、装飾品は好みやセンスを問われますけれど。
「装飾品か・・・魔術具でも作成するか、セイラン・リゼルに近づこうとする不埒な輩を全て排除するような効果を・・・」
「ジークヴァルト様、あまり独占欲の強すぎる殿方は鬱陶し・・・こほん、少しばかり重いと感じられることが多いかと思われます。是非、普通の護符となるような魔術具を作成なさいませ、仲のよろしい弟君もいらっしゃいましたし、アルトディシアのシルヴァーク公爵家の姫君とのことでしたので、アルトディシア本国には御両親や兄君もいらっしゃるはずですから、ご家族がお2人の仲を心から祝福してくださるような品を贈ることをお勧めいたします」
実のご家族すら弾くような魔術具など作成されたら、まとまるものもまとまらないでしょう、ただでさえお相手は人間族の大国アルトディシアの筆頭公爵家ですのに。
セイラン・リゼル様が高位貴族の生まれであることは、最初から立ち居振る舞いや教養の高さから一目瞭然でしたが、アルトディシアの筆頭公爵家の6つ名持ちの姫君とは流石に予想もしておりませんでした。
ジークヴァルト様のような特殊な例を除いて、6つ名持ちが自国から何年も離れるなど普通はあり得ませんから。
6つ名同士であるジークヴァルト様とセイラン・リゼル様の婚姻が神々の命により成されたと各国の神殿に通達が送られましたが、神殿関係者はともかく、リシェルラルドとアルトディシアは今頃大騒ぎになっているはずです。
神々に祝福された6つ名同士とはいえ、国も種族も違います。
「なるほど、確かにセイラン・リゼルの家族に疎まれるのは得策ではないな。ではなるべく防御効果の高い魔術具を作成するか、常に身に付けることを考えると指輪か腕輪か・・・」
「セイラン・リゼル様はご自身がどんな花や宝石よりもお美しいせいか、あまり装飾品を好まれていないように見受けられますので、デザインはなるべくシンプルなものが良いかと思われます」
初めてセイラン・リゼル様がこの研究棟に来られた時、なんと美しい人間族だろうかと感嘆いたしましたが、彼女はいつも質は良いですがシンプルな衣裳でしたし、目立つ装飾品も身につけてきたことはありませんでした。華やかに着飾ることができるだけの身分と財力があるにもかかわらず、必要時しかそれをしないということは、あまり好きではないということなのでしょう。実際、夜会などの場で身に付ける装飾品は、豪奢で美しいものほど重いものですし。
「そうだな、ならば見た目は簡素な指輪にするか、常に身につけておける邪魔にならないような、時に重ね付けできるような・・・」
ジークヴァルト様はぶつぶつと言いながら研究室に籠られました。
蔵書の整理は、セイラン・リゼル様の読まれていない本は全て持って行く、ととりあえず大雑把には命令されていますので、そちらをまず梱包していきますか、運び出すのに下働きの者を入れるにもジークヴァルト様がいない方が作業がスムーズに進みますしね。
それにしても、まさかセイラン・リゼル様が6つ名であったとは。
ジークヴァルト様相手に物怖じしない胆力のある人間族だとは思っていましたが、6つ名だというのなら納得です。
しかし、私とローラントは、ジークヴァルト様がいかにセイラン・リゼル様と出会ってから変わられたか目の当たりにしてきましたので、たとえ相手が人間族であろうと神々に祝福されご本人同士が良いのなら結婚されるのも良いかと思いますが、ジークヴァルト様を神聖視している本国の者達は黙っているでしょうか。
しかもジークヴァルト様は、人間族であるセイラン・リゼル様の寿命が尽きたら共に逝く覚悟を決められているようですし。
そしてジークヴァルト様にそれほどの執着をされたセイラン・リゼル様ご自身は本当に納得されているのでしょうか、女性として、自分が年老いていくのに夫はいつまでも若く美しいまま、というのは、かなり精神的苦痛を伴うように思うのですが。
ただでさえセイラン・リゼル様は、ジークヴァルト様と並んでも遜色ないほどの圧倒的な美貌をお持ちですし。
「なあシェンティス、本国の者達は認めると思うか?」
「アナスタシア様とフォルクハルト様は、ジークヴァルト様が心から望まれたことなら祝福されると思いますが、他の者は難しいでしょうね」
なんせジークヴァルト様は神の化身とされているのです。
ジークヴァルト様がリシェルラルドを去られた後にエルフの6つ名も現れましたが、その者は1度女神リシェルラルドを降ろした後目覚めることなく朽ち果てました。
神が6つ名の身体に降臨することは滅多にあることではありませんが、大陸中の長い歴史を紐解けば事例はいくつか存在しており、そのどれもが1度神を降ろした6つ名は2度と意識を取り戻すことはなかったのです。
「女神アルトディシアを降ろしたというのに、けろっとしていたセイラン・リゼル殿を見れば、本国の石頭どもも皆納得せざるを得ないのだろうが・・・」
「あまり騒ぎ立てると、本当にジークヴァルト様の怒りが本国に向きかねませんからね、その方が大事です。何かあればセイラン・リゼル様に取りなして頂けるようお願いしておかなければ。セイラン・リゼル様がジークヴァルト様に愛想を尽かさないでくださると良いのですが・・・」
今のジークヴァルト様は初恋を知ったばかりの少年のようではありませんか、いえ実際に初恋なのでしょうけれど、下手に知力も財力も魔力も有り余っているのが困りものです、おかしな効果の装飾品を作成してセイラン・リゼル様に呆れられないと良いのですが。
「ジークヴァルト様が愛想を尽かされる側なのか・・・?」
何を愕然とした顔をしているのでしょう、ローラントは。
「どう見ても、セイラン・リゼル様の方が精神的に大人ではありませんか。子供っぽい男が可愛く見えるのは恋愛の最初のうちだけですよ。ただでさえ圧倒的な年の差があるのですから、ジークヴァルト様には早急に年上の余裕と包容力を身につけていただきたいものです」
「なるほど、年上の余裕と包容力か。言われてみれば、私は6大神の間でセイラン・リゼルに頭を撫でられたのだ。セイラン・リゼルにならば構わないと思ったのだが、それで愛想を尽かされると困るからな。其方らは本国には孫までいるのだから、それなりに経験豊富であろう?是非教えてもらいたい」
・・・片付けの音でジークヴァルト様がいらしているのに気付きませんでした。
ローラントが頭を抱えていますが、気付いていたのならもっと早くに教えてくれればよいのに、気の利かない男です。ローラントの妻は私の友でもありますが、騎士というのは家庭生活では本当に気が利かないのだ、と愚痴っていたのを思い出します。
そしてセイラン・リゼル様、まさか幼子にするようにジークヴァルト様の頭を撫でていたとは、やはり彼女の方がジークヴァルト様よりも精神的に老成しているのは確実でしょう。
もうこの際、彼女の好みにジークヴァルト様を変えていただいた方が早いかもしれませんね、ジークヴァルト様もセイラン・リゼル様の望みでしたらなんでも叶えようとなさるでしょうし。
「ジークヴァルト様、まずはセイラン・リゼル様の殿方の好みを確認された方が早いのでは?恋愛対象の好みなど千差万別、セイラン・リゼル様にもそれなりに好みも理想もおありでしょう、ついでに装飾品の好みも確認されるのがよろしいでしょう、自分の好みに合わない品を贈られて身に付けるのは女性にとってはむしろ苦痛を伴います」
ええ、ええ、死んだ夫から結婚前に贈られた代々家に伝わっているという首飾りを思い出しますとも、結婚式の際にしか身に付けませんでしたわ。
「贈り物というのは、相手を驚かせるためにこっそり準備するのが良いのではないのか?」
「ローラント、それは相手の好みを熟知している場合のみに限ります。想像してみてくださいませ、妻からまるで使い勝手の悪い剣や弓を贈られたとして素直に喜べますか?その剣を腰に佩いて騎士として仕事をしたいですか?」
「・・・いや、実用品の武器と装飾品は違うだろう?」
これだから男というものは!
贈り物の手配というものは気の利く側仕えに任せるのが、どの種族であっても高位の者は当然ですから、致命的な失敗にはならないでしょうけど。
「よろしいですか?どの種族においても、衣裳、装飾品、化粧は女性の戦装束です。美しく着飾り微笑む顔の下で、どれだけの戦いが繰り広げられているか殿方にはおわかりにならないでしょうけれども、セイラン・リゼル様は元々アルトディシアの王妃となるべく教育されてきた筆頭公爵家の姫君です。外交、夜会、社交におけるご自分の立場に見合った衣裳や装飾品を身に付けることを義務付けられてきた方です。そのような女性に好みに合わない装飾品など贈っては、1000年の恋も冷めます!」
「なるほど、女性とはそういうものか。ならセイラン・リゼルのところに行って確認してこよう。護符を刻んだ装飾品などいくらあっても困るものではなかろう?なんならこの先セイラン・リゼルが着る衣裳の全てに合わせて装飾品を贈るのも楽しそうだ。どうせ私がここにいても片付けの役には立たないだろうから、ちょっと行ってくる」
「ジ、ジークヴァルト様・・・」
足取りも軽くさっさと出て行くジークヴァルト様とは対照的に、それを追うローラントは心なしか引き攣っています。
まあ、護符を刻んだ装飾品がいくらあっても困らないというのは事実ですから、この際、アルトディシアで開かれるであろう夜会の衣裳に合わせた装飾品の相談でもなさってくればよろしいでしょう。
さて、私は急いで引っ越しの準備を進めなければなりません。ジークヴァルト様はご自分の準備ができてから後を追うというようなことは絶対にされずにセイラン・リゼル様と一緒に出立されることを望まれるでしょうから、時間がないのです。
シェンティスとローラントは実は結構なお年寄りでした、という話です。




