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私は魔術の勉強がしたくてセレスティスに来たが、その他にもいくつか興味のある講義は受けている。例えば、商業流通に関する講義である。各国の特産品や物価がわかるからだ。
この授業はエリアス・ラウロという人間族の先生で、黒髪に茶色の瞳の姿がなんだか郷愁を誘われる。この世界、様々な色の髪や瞳でもともと他人の顔を覚えるのが苦手な私としては、色の組み合わせで覚えているようなところもある。
授業が終わったところで、おやつに持ってきたロシアケーキをごそごそと出して食べる。頭を使うとブドウ糖を消費するからお腹が空くのだ。学院内には食事処もいくつかあるが、どこも1度ずつ食べてみたがあまりにも大味だったので、以来オスカーに頼んで毎日お弁当とおやつを作ってもらっている。
「あの、それはもしかしてアストリット商会のロシアケーキですか?」
おずおずと話しかけられたので視線を向けると、ストレートの水色の髪をポニーテールにした青い瞳の美少女がいた。
これを作ってくれたのはオスカーなので厳密にはアストリット商会のロシアケーキではないが、ある意味元祖ロシアケーキで間違いはないので頷いておく。
「ええ、そうですよ。それが何か?」
「アストリット商会は女性向けの高品質の商品を多数扱っているので私もよく覗くのですが、新作のロシアケーキはいつも売り切れで予約待ちなのです。予約も伝手がないとできなくて・・・もし伝手がおありでしたら、私もフォイスティカイトの商会にならいくつか伝手がありますので、良ければ紹介いただけないでしょうか?あ、申し遅れました、私リュミエール・パルメートといいます」
「パルメートというと、パルメート商会の方ですか?」
パルメート商会はフォイスティカイトの大手の商会である。アルトディシアにも支店があったから名前は知っている。
「はい、そうです。ご存知ですか?」
「ええ、フォイスティカイトの食材を主に扱う商会ですよね?アルトディシアにはない食材が多いので、楽しく拝見しております。私はセイラン・リゼルと申します」
リゼルという姓に聞き覚えがないからだろう、少し考える素振りを見せるが、にこりと微笑んでくれる。
「私のことは良ければリュミエールとお呼びください」
「ありがとう存じます、では私のこともセイランと。よろしければ召し上がられますか?」
布に包まれたロシアケーキを差し出すと、ぱあっと笑顔になる。
「まあ、よろしいのですか?いつになれば予約以外の販売が開始されるのかとずっと待っておりましたの」
「よろしければ貴女も召し上がられますか?」
羨ましそうに見ていたドワーフの少女、少女?ドワーフ族の年齢は見た目ではわからないのでなんともいえないけれど、こげ茶の髪に茶色の瞳の女の子にも声をかける。
「よろしいのですか?あの、申し訳ありません、美味しそうと思って見つめてしまって。私はフリージア・ドヴェルグと申します、私のこともフリージアとお呼びください」
はにかんだように笑うのがとても可愛らしい、前世で読んだ本によってはドワーフ族は女性も髭があるとか書いてあるものもあったけれど、この世界のドワーフ族の女性には髭はない。
「私の家もヴィンターヴェルトで食材を取り扱っております。セレスティスにも支店を出しておりますので、よろしければ覗いてください」
セレスティスに留学できるだけの財力のある商会の子女は皆、言葉遣いも礼儀作法もきっちり仕込まれている。学院内で身分は関係ないとはいっても、貴族の留学生も多いしね。
「ドヴェルグ商会の扱っている調味料はとても好きなものが多くて、セレスティスに来てからよく足を運んでおりますわ」
なんせ醤油もどきと味噌もどき、それに伴い豆腐もどきなんかもあるのだ、もう日参する勢いでオスカーと一緒に通い詰めている。この世界では、正確には醤油もどきはミル、味噌もどきはゼル、豆腐もどきはフェコラという。
是非、アルトディシアにも支店を出してほしいものだ。
各国の食材を扱う商会のお嬢さん達とのお付き合いは大歓迎だ、2人をアストリット商会に紹介することを約束して、3人で仲良くロシアケーキを食べた。
これまでは政治や派閥による利害関係の一致する相手との付き合いしかなかったが、これからは利害関係の一致以外の友誼を結べるような相手も現れてくれるだろうか。
私は商人ではなく、商品の開発に携わっている立場であることを説明し、リュミエールとフリージアをアストリット商会に紹介する日取りを決める。
経営、経済、商業流通に関する授業に出席しているのは商家の者が多いから、友誼を結んでゆくゆくは提携したりすることもあるらしい。商人は他国の商会との縁を繋ぐ目的もあって留学する者も多い、と以前ディアスが教えてくれた。貴族も受講しているが、基本的にセレスティスまで留学するような貴族は私のように身分を伏せている者が多い。身分を振りかざしたいような貴族はある意味自分の立場をよく理解しているので、いろいろ気を使わなくてはならない他国に留学したりしないのだ。何か不祥事があれば、実家だけではなく自国に迷惑が降りかかって、下手すると自国の最高権力者を怒らせてお家断絶とかになるからね。
「よろしければ私の家で昼食を一緒にいかがですか?最近はヴィンターヴェルトの調味料を使ったお料理を作っているのです。3日後の闇の日でどうでしょう?」
この世界の休日は闇の日だ、闇の神の祝福厚き日はゆっくり安息を、ということらしい。
ヴィンターヴェルト地区の食事処でも食事をしたことがあるが、どうも私的にはちょっと違ったので、実際にヴィンターヴェルトの国民であるフリージアに私のレシピが受け入れられるか食べてみてほしい。
「喜んでお伺いいたします。12時でよろしいでしょうか?」
「ええ、ではその時間でお待ちしております。住所は・・・」
2人にアルトディシア地区の家の住所を教えて別れる。料理をヴィンターヴェルトの食材を使うのなら、デザートはフォイスティカイトの食材を使うべきだろうか。帰ってオスカーと相談しなくては。