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どうやら過去に神が降りた6つ名の持ち主は、そのまま廃人というか、目覚めない事例があったらしく、ジークヴァルト先生は私がアルトディシアを降ろしてしまったので、慌てふためいて私の意識が戻らなかった時は自分自身を媒体に私の意識を呼び戻すための禁術を展開していたらしい。
その禁術をぱぱっと弄って、私の寿命に自分の寿命を紐付けしてしまったようだ。
短いものを長くするのは難しくても、長いものを短くするのはそんなに難しくないらしい。
種族としての寿命の違いというのは、生きることに飽きるまでの長さなんでないかと私は思っているので、私があと500年寿命あげますよ、と言われたところで正直迷惑だろう、絶対飽きる、私は前世から不老不死とかに興味はないし。
「私や君のように自我がはっきりしている者はともかく、普通の6つ名は感情を制限されて育つことで、成長と共に感情だけではなく自我も希薄になるからな、おそらく神が降りることで自我が消えてしまうのだろう。本来6つ名とは、私や君のように神に降りてくるよう祈るのではなく、神が勝手に降りてくるための器なのだ」
ジークヴァルト先生が起こした天変地異は本来起こるはずのないものだが、予定調和的に起こる天災をきりの良いところで鎮めるために神々が降臨するための器、というのが6つ名の本来の役割らしい。まあ、そんなに頻繁に大地震やら津波やら火山噴火やら起こってもらっては困るので、その本来の役割を果たす6つ名というのは滅多にいないそうだけれども。
「なるほど、それはどうもご心配をおかけしました。私は寿命以外でジークヴァルト先生を置いていくつもりはなかったのですが」
こんな危なっかしい人、いやハイエルフ置いて早死になんてできないだろう、寿命による老衰なら諦めもつくだろうと思ったのだが、それすらも諦めがつかないという結論に達してしまったらしいが。
「私も置いていかれるつもりはない。君は望みさえすれば地位、権力、富、名声といった、大概の者が求めるものを手に入れることが可能だろう。だが私以上に君を愛し求める男はいない。君の髪も、眼差しも、吐息も、鼓動も、全て私のものだ、私は永遠に君を離しはしない」
お、おおう。
ジークヴァルト先生は意外にヤンデレ気質だったのだろうか。
ジークヴァルト先生の胸に抱きすくめられながら、私はちょっとばかり現実逃避に走りたくなった。
いや、いいんだけどね、物凄く嬉しそうだし。
感情制限されてて、恋愛感情がよくわからない割に熱いなあとは思うけど。
色々ありすぎて、一周回って何か吹っ切れたのかもしれない、いや、ネジが1本外れたのか?
「ジークヴァルト先生は私と同じで恋愛感情を理解できないのですよね?」
「君のことを特別に思うこの心が世間一般的にいう恋愛感情というものなのかどうかはよくわからないが、君が私のものになって、私が君のものになるというのは嬉しくて幸せで気が狂いそうだ。私は今初めて幸せというのを実感している」
なんか吹っ切ってしまったジークヴァルト先生は、これまで身に纏っていたどこか退廃的で鬱屈とした雰囲気が綺麗さっぱり霧散してしまい、実に晴れ晴れとしているが、なんだかすっかりキャラが変わってしまったようだ。
なかなか私を離そうとしないジークヴァルト先生をどうにかべりっと引きはがし、今更のようだが結婚誓約書にサインをすることにする。
さっきのはジークヴァルト先生が自分の寿命を私の寿命に合わせるという力技の禁術であって、結婚誓約ではない。
まあ、そんなとんでもない禁術の後では、結婚誓約はただ誓約書にお互いサインをするだけだ。
「とりあえず神殿から出なければなりませんね、正直外がどうなっているのか考えたくないのですが」
なんせ6つ名2人が6大神の間に入って祈った結果、アルトディシアが降臨して大雨を鎮めたのだ、そして今の私はアルトディシアの神力を纏っているのだから、それこそ生神のように崇められるに違いない。
ああ、面倒くさい。
ジークヴァルト先生が引きこもりになるのがよくわかる。
季節ひとつ分ほどで消えるとは言われたが、季節ひとつ分待っていたら冬になってしまうからそこまで帰国を遅らせるわけにはいかないし。
「神力を纏った女性を妻にしたいというような奇特な男はいないだろうから、君の家に来ているという数々の縁談を断る口実になるのではないか?」
「なるほど、そういうものですか。私はジークヴァルト先生の纏う神力というものがわかりませんから実感が湧きませんが、そんなに萎えるものですか」
「私も君の纏う神力はわからないが、傍に寄ると無条件で跪きたくなる相手を妻にしたいという男は滅多にいないのではないか?それと先生はもうやめなさい、秘密裡にとはいえ、私たちはもう結婚したのだから」
「ジークヴァルト様?」
私がそう呼びかけると、ジークヴァルト様はそれはもう美しく微笑んだ。
後光が差していそうな美しさだ。
「愛している、セイラン・リゼル。私の最愛の妻。さあ行こうか」
差し出されたエスコートの手を取り、6大神の間から出ると、その場にいた者たちが種族を問わずにひれ伏して、私は引き攣りそうになった。
でもまあ、ここは為政者として教育を受けてきた身だ、どうにかしなければならないだろう。
「セレスティスの民よ、大雨は風の女神アルトディシアの御力によって鎮まりました。水に浸かってしまった地区もあるでしょう、怪我をした者もいるでしょう、これから皆で力を合わせてこのセレスティスを復興してくださることを願います」
感極まって泣き出す者や、祈りを捧げ始める者、予想通りといえば予想通りだが、いつまでこうしていなければならないのだろうか。
「ジークヴァルト様、シレンディア様、女神アルトディシアを降ろし、天変地異を鎮めてくださったことにこのセレスティス神殿一同感謝を捧げます。どうぞこちらへ」
そこへ神殿長の衣裳を着たエルフ族が現れ、私とジークヴァルト様を別室に案内してくれた、部屋に入るとジュリアスとうちの護衛騎士たち、シェンティスとローラントがいたから、手を回してくれたのだろう。
「姉上、一体何をしたのですか、何ですか、そのやたらとキラキラした気配は?」
ジュリアスが不機嫌まっしぐら、という表情で詰め寄ってくる。
ジークヴァルト様が私を庇うように肩を抱き寄せてくるのを制する。
「大丈夫です、以前は従弟と紹介させていただきましたが、ジュリアスは私の実の弟です。私に危害を加えることはありません」
「ジークヴァルト様、ご無事で・・・!」
「良かった、セイラン・リゼル様、ありがとうございます!」
シェンティスとローラントはジュリアスとは対照的に泣き笑いだ。
「すまない、其方らにも心配をかけたようだな。神殿長、各国の神殿に至急で伝達を頼みたいので準備を」
ジークヴァルト様に呼びかけられた神殿長は恭しく礼をして退室する。
「各国の神殿へ伝達ですか?」
「ああ。各国首都の神殿と冒険者ギルドにはどれだけ離れていても情報を伝達できる魔術具があるのは知っているであろう?使用するのにも、作成するのに要する素材と魔力も桁違いなので、設置しているのは各国首都だけだが、緊急時には非常に役に立つ」
神殿と冒険者ギルドはいわゆる治外法権だからね、各地で何か緊急事態が起こった時のための魔術具だ。
もっと省魔力化できれば、神殿と冒険者ギルド以外にも設置できるのだろうけど、作成に要する素材も難しいらしくて、なかなか増やすことができないらしい。
「各国の神殿に何を通達するつもりなのです?姉上がこのように神々しい気配を纏ったことと何か関係があるのですか?」
ジュリアスの機嫌が悪い、初対面の時からあんまりジークヴァルト様のことが好きじゃないみたいだしなあ、これから義理の兄になるというのに。
「私とセイラン・リゼルが婚姻したことを。天変地異を鎮め、この大陸を安定させるために神々によって命じられた6つ名同士の婚姻だ、これまでに例がないからな、各国の神殿に通達が必要であろう?」
ひくりとジュリアスの頬が引き攣った。
いつの間に私たちの結婚が神々に命じられたことになったのだろうか、まあ、ジークヴァルト様も本来為政者として教育されてきた側だしね、各国を有無を言わさず黙らせる手段として神々の名と神殿を使うことにしたわけか。
「婚姻?姉上と貴方が?いつの間にそんなことに・・・!」
「つい先ほどですね、非常事態でしたので6大神の間で2人で誓約してきました。陛下もお父様も私の結婚相手は誰でもいいと言っていましたから問題ありませんでしょう?ジークヴァルト様は私と一緒にアルトディシアに来てくださるそうですし。私がアルトディシアに帰国しなければアルトディシアが荒れるそうですし」
実際には、6つ名が本来置かれた場所から移動して帰ってこなければ、別の6つ名が選ばれるだけだろうけどね、ジークヴァルト様がはぐれ6つ名になったことでリシェルラルドでは他の6つ名が現れただろうし。
「ジークヴァルト様が人間族と婚姻して、しかも婿入りですか?!今この場でセイラン・リゼル様を見た者たちには異論はないでしょうが、本国の者達が何を言うか・・・」
ローラントとシェンティスは困惑顔だ。
「誰が何を言おうと関係ない。私はセイラン・リゼルと一緒に行くことにした。其方らはなんならリシェルラルドへ帰国しても構わぬぞ」
ジークヴァルト様は素っ気ない。
国から付けられている側仕えと護衛騎士だもんね、2人共それなりに忠誠心を持って仕えているように思うのだが。
「いえ、どちらであってもお供させていただきます。ジークヴァルト様と同じく6つ名で神気を纏うセイラン・リゼル様でしたら、ジークヴァルト様の奥方様としてお仕えするのに異論はございません」
6つ名というのは種族問わずに特別な存在だしね、実際にはそんな良いものではないのだが。
「姉上、本気ですか?!」
「本気も何も、もうすでに結婚誓約書にサインしてきましたよ。このセレスティスが水没したり、アルトディシアに天災が頻発しては困るでしょう?」
「しかし、これまで他種族と婚姻を結んだことのないハイエルフが相手となると、アルトディシアとリシェルラルド間の外交問題に発展するのではありませんか?そちらの側近の者達も、本国の者達が何を言うか、と発言したではありませんか」
ジュリアスは非常に難しい顔をしている。
まあ実際、リシェルラルドは面白くないだろうね、ジークヴァルト様は特別だ、てエリシエルも言っていたし。
「リシェルラルドは兄と姉に抑えてもらう。他の者が神々の決定に文句を言うようならば、400年前のように天変地異がリシェルラルドを襲うことになるだけだ」
淡々と神々のせいにしてるけど、あんまり反対するようなら天変地異起こすぞ?てことだよね?!シェンティスとローラントの血の気が引いているではないか。
400年前になんでジークヴァルト様が天変地異を起こしてしまったのかは知らないけれど、もしかしてジークヴァルト様はリシェルラルドという国が嫌いなのだろうか。
「貴方の兄と姉がリシェルラルドの民意を抑えられると?」
「むしろ抑えられなければ問題だろう、現王とその姉なのだから。400年も前に王位継承権を放棄して国を離れた男が1人他国へ婿入りしたところで、リシェルラルドが文句を言う筋合いではない」
ジュリアスがげっそりしている。
ハイエルフというだけで、リシェルラルドの王家に連なる者だというのはわかるけれど、ジークヴァルト様の名前は知られていないからね、私もアナスタシア様を異母姉と紹介されるまでは、王位継承権の低い傍系王族なのかなと思っていたし。
「ジークヴァルト様、通信の準備が整いました」
そこに神殿長がやってきたため、ジークヴァルト様が席を立ち、私の頬に口付けた。
「すぐに戻るから、待っていてくれ」
「はい、いってらっしゃいませ」
ジークヴァルト様ってこういうことする方だったんだね、と思いながら見送ると、扉が閉まったとたんにジュリアスがぶち切れた。
「姉上!なんですかあの男は!いくら神々に命じられたからとはいえ、あんな男でいいのですか?!」
この弟は割とシスコン気味だからなあ、誰が相手だろうと文句は言いそうな気がするが。
ジークヴァルト様も愛想がないというかコミュ障気味な方だし。
「いいですよ、少なくともアルスター殿下やレスターク殿下と結婚してアルトディシアの次期王妃になるよりもずっといいです、うちの領地の端の方で2人で静かに暮らしますから誰にも迷惑をかけませんし、周囲の気候も300年は安定しますし言うことなしです」
私的には、良い有料老人ホームみつけたので、夫婦で入ってのんびり余生を送ります、て気分だ。
「なんですか、その300年というのは」
ジュリアスが訝しげな顔をする。
「アルトディシアに言われたのですよ、私とジークヴァルト様が一緒に暮らせば、その周辺はその後300年は安定するそうです。平和で大変結構ですよね」
「女神と直接話されたのですか?!」
「話しましたよ、大雨を鎮めてもらうためにこの身体に降りていただきましたからね。私とジークヴァルト様は6つ名なのでわからないのですが、傍目には神気を纏ってとても神々しく見えるのですよね?」
ジュリアスががばっと抱き着いてきたので、よしよしと頭を撫でてやる。
「姉上―!どうするのですか、こんなに神々しい気配を纏ってしまって!寿命も何もかも違うハイエルフなんかと結婚する羽目になって!姉上が年を取って今の絶世の美貌が見る影もなくなっても、あの男はあのキラキラしい外見のままなんですよ?!」
「私はセイラン・リゼルの外見がどうなろうと気にしないし、セイラン・リゼルが死ぬ時には私も共に逝けるよう神々の御力をもって契約したから、なんの問題もない」
通信を終えて戻ったらしいジークヴァルト様が、呆れたような視線を私たちに向けてくる。
「実の弟でなければ私の最愛の妻に抱き着いている時点で切り捨てるところだが、姉弟仲が良くて結構なことだ」
うーん、やっぱりジークヴァルト様はヤンデレ気質というか、独占欲が結構強いようだ。
そして割と物騒な思考をしている。
色々開き直って本来の性格が出てきたのかもしれない。
私はジークヴァルト様を本国の家族に紹介するのが少しばかり心配になってきた。