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ジークヴァルト

姉上とルクレツィアを宿に送ったあと、学院の研究棟に戻る。

このセレスティスに400年ほど住んでいても、セイラン・リゼルが現れるまで私の行動範囲はほとんど学院内だけだった。

かつてこの身に光の女神リシェルラルドが降りてから、私の身体は常に神気を帯びているから、よほど肝の据わった者か6つ名持ち以外は皆、私の姿を目にしただけで跪き崇め奉りたくなる衝動に駆られるらしい。

そのような事態はごめんこうむりたいがために、私自らが作成した護符を持たせた側仕えと護衛騎士のみを置いて、研究棟から出ることがなかった。

今回実に120年ぶりに会った、かつてリシェルラルドがこの身に降りた時を知っている姉上によると、当時よりはずいぶんと神気も薄れているらしいが、自分ではわからぬし、今回初めて私の姿を見た姉上の随行員たちは皆一様に跪き祈りだしたのだから、結局は同じことだ。


6つ名とは神の器だ。

神々が造りたもうたこの世界を安定させるために、その都度神々の都合で置かれる重石のようなものだ。

有事の際には神々がその器に降り御力を振るうために、6大神がそれぞれ名を与え、いざ降りた時に馴染みやすいように感情を制限される。

器に頑強な意志などあるとすんなりと入りにくいから、そして神の器が感情豊かだと本来世界を安定させるために置いたのに、感情の揺れによって天変地異を起こしてしまうからだと、私の身体に降りたリシェルラルドに教えられた。


あの時アルトゥール兄上は私から名を奪おうとしたが、神の器と定められたこの身から名を奪うことは不可能で、替わりに神々によって制限されていた感情の箍を緩めてしまったのだ。


どの種族であっても、6つ名持ちは美しいだけの人形と評されることが多いが、それは神々によって感情を制限されているからであって、世界の安定のために必要な措置らしい。

どの種族であってもとりわけ美しい者が多いのは、神々が自らの器として選ぶからである。


…迷惑な話だ。


真実など知らなければ、私は何も感じることもなく、あのままリシェルラルドで静かに暮らしていただろう。

1度緩んでしまった感情の箍を締めなおすことはできないらしく、私はあのままリシェルラルドにいたらあの国の滅びを望んでしまうだろうと確信してしまった。

私の目の前で神の雷に焼かれたアルトゥール兄上。

あの禁術を作動させる前、6つ名でさえなくなれば、元のお前に戻るのか?と言っていた。

元の私というのがどういうものなのかも私にはわからなかったが、アルトゥール兄上が私のことを案じてくれていることだけは理解できたから、どうなるのかはわからないがそれでアルトゥール兄上が満足するのならやればいい、そう思って止めなかった。


あんなことになるとわかっていたのなら、なんとしてでも止めていたのに。


私などより、アルトゥール兄上の方がよほどリシェルラルドを導くに相応しいハイエルフだったのに。


6つ名の真実を知らぬ者たちが惑わされたばかりに。


フィンスターニスでは、6つ名は最初から神殿で一生を終えることが定められているらしいが、それが1番賢明だろう。所詮、6つ名を授かった時点で感情などなくなるのだから、親兄弟への情も一切なくなるのだから。

私は感情制御が緩んでしまったせいで、アルトゥール兄上を失った怒りと哀しみと憎しみがリシェルラルドという国そのものに向かってしまった。

リシェルラルドを襲った天変地異は神々ではなく、私が引き起こしたのだ。

あの時の私に感情を抑える術はなく、父とアナスタシア姉上とフォルクハルト兄上を守るために神殿に籠ってリシェルラルドへ祈りを捧げた。

そして6つ名の真実を知ったのだ。


実際、この400年の間にエルフ族と人間族と獣人族の6つ名持ちに5人会ったことがあるが、5人とも一切感情の抜け落ちたただの器だった。

神々が器として定めるだけあって、皆美しく能力は非常に高いが、自分の意志というものはほとんど存在しない。

私は魔術具の作成や魔法陣の作成を面白いと思ってやっているが、これも感情制御が緩んだから感じることらしい。


だからセイラン・リゼルはおかしい。


6つ名同士はお互いを認識できるから、初めて会ったときから彼女が6つ名であることはわかったが、私のように感情制御が緩んでしまった者ならともかく、本来6つ名があれほど趣味に邁進するなどあり得ないのだ。

本人は自分が他人よりも感情に乏しいという自覚があるようだが、本来そのような自覚もないはずなのに。

彼女と一緒にいると、自分がまるで6つ名など持たない、ただのハイエルフの研究者にすぎないような気がしてくるから不思議なものだ。

彼女が作ったお菓子を一緒に食べ、彼女の考える不思議な魔術具の設計を一緒に考え、彼女の家に招かれ人間族の侍女や護衛騎士、料理人が私のことをただの主の客として扱うのが心地よすぎて恐ろしくなる。


彼女が6つ名の真実を知ったらどう思うのだろう?


1度聞いてみたい気もするが、聞いても楽しい話ではないし、本来あまり語るようなことではない。

彼女ならば、私のこの400年前からの苦悩も、そんなことかと笑い飛ばしてくれそうな気もするがな。


彼女はいつまでこのセレスティスにいるのだろう。

6つ名は私のような特殊な例を除いて、自国に縛られるものだ。

ただでさえ感情が制御されているのに加えて、国や神殿から自国のためにあれという洗脳を幼少時から受けるから、成人する頃にはほとんど自我など残っていない。

どれほど美しく優秀であろうとも、感情の抜け落ちた人形を愛する者などいない。

6つ名は大概政略結婚が定められているが、相手に愛されることがないのも常だ。

そういえば彼女は、婚約者に婚約解消されたので留学を決めたと言っていたな。

今頃アルトディシアでは天変地異とまではいかなくても、自然災害が相次いでいるだろう。

安定が悪くなってきた場所に置かれるのが6つ名なのだから、そこから離れてしまうと抑えが効かなくなるはずだ。

アルトディシアは彼女を自国に戻そうとするだろう。


私が彼女の傍にいられるのは、あとどれだけなのだろうか。


ここまできてやっと6つ名とは何ぞや、というのが判明しました。

神様から与えられるものが素晴らしいものだとは限らないのです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 発明とうまそうなものと激情家じゃない主人公が面白くてここまで一気に読んでしまいました。 [気になる点] 夜中にインスタント麺にお湯をかけずにいられなくてつらい。インスタントスープもおいしい…
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