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当日は給仕は特別にうちからクラリスとイリスを貸し出すことにした。
一般フロアはエルフ族の随行員たちが食べるので、普段通りで問題ないのだが、なんせ個室にはハイエルフが3人である。私とジークヴァルト先生の給仕をするのに慣れている2人を貸してほしい、とディアスが泣きついてきたのだ。この3時間ほどの給仕のために、私が普段2人に払っている1か月分の給料を払うらしい。なんて割の良い臨時バイトだろうか。
ディアス、リュミエール、フリージアは、一般フロアで随行してきたエルフ族の商会の者と会食することになる。
当日、馬車から降りたハイエルフ3人に通行人たちの目が釘付けだ。
ただでさえ美形揃いのエルフ族の随行員に囲まれて超絶美形のハイエルフが3人だもんねえ、目立つねえ。
貸し切りなのだからドレスコードは気にしなくても良いのだし、せいぜいスマートカジュアルなので王族のこの方たちは普段からスマートカジュアル程度の衣裳を着ていると思うのだが、しっかりと正装してきてくれたから一層キラキラしい。
アナスタシア様の衣裳は赤に金糸で刺繍をした布をサリーのように巻き左肩から垂らしている。トップモデルのようなスレンダーな絶世の美女は目の保養だ。
今日のジークヴァルト先生の衣裳は青だ。
前回の白も綺麗だったが、青もとてもよく似合う。
私はダンスはあまり好きではないが、ジークヴァルト先生となら踊ってみたいと思うね、なんか夢見心地で踊れそう。
3人が入った後、店の入り口にエルフ族の騎士が並んで立つ。
こうしてみると、本当にエルフ族というのは姿の良い種族なんだなあ、と改めて思うね。
まあ、人間族も高位貴族は大概皆美形だけど、やっぱり種族特有の雰囲気というのがあるからね。
「おや、其方らは・・・」
個室に入ると、給仕のために控えていたクラリスとイリスに気付いたジークヴァルト先生が2人に目を留める。
「本日のみこちらで給仕をさせていただくことになりました」
「なるほど、賢明だな。私に臆することのない其方らならば間違いないだろう」
「恐れ入ります」
アナスタシア様とルクレツィア嬢のお茶を注文を聞き、ジークヴァルト先生がフルーツパフェとアイスクリームとベリー類をトッピングしたパンケーキとお茶を選び、私はアイスクリームをトッピングしたワッフルとプリンアラモードにグリーンスムージーを注文する。
「あの2人は、この店ではなく、貴女の家の者ということですか?」
2人が注文を受けて退室したところで、アナスタシア様に確認される。
「はい。普段は私の侍女をしているのですが、本日はどうしてもと店の方から頼まれましたの」
「セイラン・リゼルの家の者は、皆私に対して何の感慨もないようだからな。私のことをやたらと神々しい甘党のハイエルフ、等と言っていたのだろう?」
「それを言ったのはあの2人ではありませんよ、我が家の料理人です。あの2人は私がジークヴァルト先生を連れ帰ると、神殿の神像と女神像が一緒に食事をしているのを眺めるようなものだと言っていましたね。料理人の方も本日は一時的にこちらに来ておりますので、後で参りますよ」
くつくつとジークヴァルト先生が笑う。
「君の傍にいるのは、本当に居心地が良い」
「それはよろしゅうございました、私もジークヴァルト先生と一緒にいるのは楽です」
「先日は失礼なことを言ってごめんなさい・・・」
ジークヴァルト先生と笑い合っていると、ルクレツィア嬢がしょんぼりと謝罪してくる。
きっとこっぴどく怒られたのだろう。
きちんとごめんなさいできるのはいいことだね、大人になってからだと身分も邪魔してなかなか素直に謝るということができなくなるからね。
「気にしておりませんわ、今日は楽しんでいってくださいませ。アフタヌーンティーを食べてまだ食べられるようでしたら追加で他のデザートも注文してくださって構いませんし。暑くなってきましたから、アイスクリームも美味しいですよ」
なんせエリシエルの食べっぷりを見ているからね、エルフの甘いものに対する胃袋は半端ないのだ。
「ありがとう存じます」
にっこりと笑うルクレツィア嬢はハイエルフだけあって本当に美少女だ。性格矯正はなるべく幼いうちにしておかないとね、私のように7歳の時に還暦間際の前世の記憶なんて思い出してしまった人間はもうどうしようもないけど。
そこに運ばれてきたアフタヌーンティーセットにアナスタシア様は唖然とし、ルクレツィア嬢は緑の目がキラッキラだ。
下段のフルーツサンドと野菜サンドは前回ジークヴァルト先生に出したものと変更なし、中段のスコーンはプレーンとお茶以外にオレンジピール入りを混ぜてみた。
そして上段の初夏のケーキは、レモンメレンゲパイ、ヨーグルトババロア、ベリータルト、サント・ノーレ、シャルロット・フロマージュだ。
初夏だしね、爽やかな風味のケーキが多くなっている。
「・・・すごいですね、これはどれから食べたら良いのかしら?」
感嘆の溜息を吐きながらアナスタシア様が確認してくる。
「基本的に下段からですけど、食べたい順番で構いませんわ」
そこに私とジークヴァルト先生の注文の品も運ばれてくる。
「フルーツパフェとプリンアラモードは後の方が良いかと思いましたので、先にパンケーキとワッフルをお持ちいたしました」
ジークヴァルト先生は、ふわっふわのパンケーキ3つにたくさんのベリー類とアイスクリームがトッピングされた自分の皿を眺め、サクサクのブリュッセル風のワッフルに粉砂糖とアイスクリームをトッピングされた私の皿を眺める。
「君のワッフルというお菓子も美味しそうだな。君の家でも食べたことがない。パンケーキも食べたことがなかったから注文したのだが」
基本的にお菓子は手土産で持って行って、うちにはご飯を食べにくるからね。
「イリス、皿をもう1枚準備してちょうだい」
持ってきてもらった皿にワッフルを1枚乗せてジークヴァルト先生に差し出す。
「このワッフルはメニューにブリュッセルと書かれてある方で、あまり生地に甘味はありませんので、私はよく朝食にしております。トッピングにフルーツや生クリームをたくさん選べばもっと華やかに甘くなりますけど。生地自体が甘いのはリエージュと書かれてある方です。もしよろしければ、今度注文してみてくださいませ」
私自身はあまり盛り盛りにトッピングするつもりはないが、前世でベルギーに行った時はこれでもかというくらいにクリームやらなんやら盛り盛りのワッフルがいっぱいあった。
「私にも皿を」
そう言ってジークヴァルト先生は自分のパンケーキを1つ私に分けてくれた。
パンケーキもワッフルもどちらも生地はさほど甘くないからトッピング次第で軽食として食べられる。
「・・・貴方たちはいつもそのようにして食べているのですか?」
なんだかアナスタシア様にガン見されている。
別に手を付ける前だったのだし、親しい友人同士ならシェアするのも問題ないと思うのだが。
「セイラン・リゼルは人間族なので普通に肉や魚も食べますので、時々少し味見に分けてもらったりしますよ」
豚の生姜焼きをちょっとだけ食べてみたい、とかね、小籠包を1個だけ食べてみたい、とかね、食べないだろうからとあえて別メニューを提供していたら時々興味を示すのだ、種族的に肉魚を好まないというだけで別にヴィーガンというわけではないから、私が美味しそうに食べていると興味をそそられるらしい。美味しいとは感じるけど、本当にちょっとだけで満足するみたいだ。
ルナールなんか、豚の生姜焼きなんて出した日にはとんでもない量を食べるから、エルフ族と獣人族というのは本当に何もかも違うなあ、と感じる。
「そうですか・・・」
アナスタシア様は何かもの言いたげだが、結局何も言わずににっこりと微笑んで目の前のアフタヌーンティーを食べ始めた。
既に食べ始めているルクレツィア嬢はとても幸せそうだ。
「これは確かにもっとお茶の種類を選べたら、と思いますね」
「おばあ様、私は花茶も何種類かあれば良いと思います」
花茶か、透明なガラスポットで提供できるようにすれば綺麗だろうね。
食器類は優れた技術者を多数抱えているドヴェルグ商会に一任しているから、お茶の種類が正式に決まったら茶器についても相談してみよう。
「君が飲んでいるスムージーというものは、野菜や果物を潰して混ぜたものなのか?」
「そうですよ、以前作成したジューサーミキサーで作っているのです。美味しいし健康にも良いので、女性に特に人気です」
「またおかしな魔術具の設計図を引いていると思って見ていたが、そのような用途だったのだな」
もともと私が魔術具の講義を集中して受講したのは、家電や調理器具の類似品を作りたかったからなのだ。
日常生活をいかに便利で快適にするかが、この世界での私の命題である。
ハンドミキサーを作った時は、オスカーは涙を流して感動してくれたよ?
ジークヴァルト先生と私がパンケーキとワッフルを食べ終わったところで、フルーツパフェとプリンアラモードが運ばれてくる。
美しく盛り付けられたフルーツパフェとプリンアラモードに、アナスタシア様とルクレツィア嬢も目が釘付けだ。
「プリンは何度か食べたが、そのように飾り付けられていると別のお菓子のようだな。それに以前食べたルシアンのパフェも非常に美味だったが、このフルーツパフェはまた趣が違う」
「ルシアンのパフェは仕入れや原価的に難しいでしょうけれど、扱うお茶の種類が増えればお茶のパフェもいくつか考案しようかと考えておりますのよ」
お茶の種類が増えれば、それに合わせて和菓子的なものをメニューに追加してもいいだろうしね、ぜんざいとか、羊羹とか、わらび餅とか。
「それは楽しみだ、完成したら是非食べさせてくれ」
「もちろんですわ」
「他国へこの店の支店を出す予定はないのですか?リシェルラルドへ支店を出すのでしたら、全面的に支援させていただきますけれど」
おや、アナスタシア様の顔が王族の顔になったね。
これまでは、私的に弟を訪ねているという態度を崩さなかったのだけれど。
「残念ながら、料理人を育てるのに時間がかかるのです。この食事処の料理とお菓子はほとんど私のレシピなのですが、他ではない調理器具や技術を多用しておりますので。特にお菓子作りは専門的ですのでなかなか大変だったようですよ」
きっと一般フロアの商人たちの間でも同じような会話が繰り広げられているんじゃないかな、お茶の取引の代償として、日持ちのするお菓子の輸出とかね、それくらいは許容範囲だけど、ただでさえ高価なお菓子がリシェルラルドに着く頃にはとんでもない値段に跳ね上がっていそうだ。
「それは残念ですね、気が変わったらいつでも申し出てくださいませ」
あっさりと引き下がったけど、エルフ族は長命だからか気が長いから、のんびり時間をかけて交渉してくるつもりなんだろうな、簡単なクッキーやパウンドケーキくらいのレシピなら譲ってもいいけどね。
[さっき言っていたアイスクリームというお菓子を注文してもいいですか?]
アフタヌーンティーを食べ終わったらしいルクレツィア嬢がおずおずと口をはさんでくる。
アフタヌーンティーにはアイスクリームは付いていないからね、せっかく初夏にやってきたのだからお薦めだ。
「ええ、もちろんですわ。まだたくさん食べられそうなら、いくつか盛り合わせてもらいましょうか?」
ルクレツィア嬢がぱあっと顔を輝かせる。
「アイスクリームをミルクとチョコレートとピスタチオを盛り合わせで。それにレモンのシャーベットも。アナスタシア様はどうなさいますか?」
「私はレモンのシャーベットというのをいただけるかしら」
イリスが一礼して出て行く。
開いた扉から一瞬聞こえてきた声では、一般フロアでも追加オーダーが次々入っているようだ。
「アイスクリームが来る前に、1品お出ししますわ。クレープシュゼットです」
今日はどうせならとことん魅せるお菓子のオンパレードにしてやろうと、私は目の前でフランベしてもらうためにオスカーを呼んだのだ。
私とジークヴァルト先生に慣れているオスカーなら、ハイエルフが2人増えたくらいで何の問題もないだろう。
一礼して入室してきたオスカーが、押してきたワゴンの上で最後の仕上げにリキュールをかけて火をつけると、青い炎が一瞬燃え上がり、ハイエルフ3人が息を呑んで見つめていた。
「どうぞ。クレープシュゼットですわ。今回は他にも既にたくさん召し上がられていますので、クレープ1つずつですが、単品で注文された時には一皿に3つです。酒精はたった今火をつけて飛ばしておりますので、少し残っている程度ですからルクレツィア様も大丈夫ですわね?」
基本的にエルフ族は酒好きなはずだから、アルコール分が飛んだクレープシュゼットひとつくらい問題ないだろう、それにこの世界では飲酒年齢が定められているわけでもないし。
「はい!大丈夫です!」
ルクレツィア嬢は緑の目をキラキラさせて、カラメルソースとオレンジが飾られたクレープシュゼットを見つめる。
小さなクレープ1枚くらいほんのお口直しだ。
「リシェルラルドで一般に流通しているお茶は全てこの店に卸すことを許可しましょう。これほどのお菓子が食べられるのに、お茶の種類が少なければ興醒めですものね。ジークヴァルトもよく利用するようですし」
クレープシュゼットを一瞬で食べ終え、アナスタシア様が満足そうな吐息を漏らす。
「ありがとう存じます、この食事処を経営している商会の者達も喜びますわ」
あと細かい内容を詰めていくのはディアスたちの仕事だ、エリシエルが心配していたような事態にならなくて良かったよ。
アナスタシア様とルクレツィア嬢は、アイスクリームとシャーベットを食べ終わった後、宿で食べるのだとテイクアウト用の焼き菓子類を全て買い占めていた。
これだけ食べてもまだ甘いものが食べられるのがエルフ族だよね・・・




