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ジークヴァルト先生の研究棟に行くと、いつもとは違ってなんだか騒がしかった。

いつもはジークヴァルト先生以外にはシェンティスとローラントしかいないから、とても静謐な雰囲気なのだが。


「あ、セイラン・リゼル様、申し訳ございませんが本日は来客がありまして・・・」


シェンティスが珍しく慌てた様子で部屋から出てくる。

私はこの研究棟にはフリーパスなので、普段は予約も何もなしで勝手に来ているのだが、今日は都合が悪かったらしい。だって普段は元々いる3人以外ではたまにエアハルト先生がいるくらいだしね。


「わかりました。また日を改めますわね」


最近はジークヴァルト先生の蔵書を読み耽るばかりだったから、久しぶりに学院の図書館にでも行こうか。

授業も受けずに図書館に籠れる学生生活は最高だよね。


「いや、セイラン・リゼルこちらへ。せっかくだから紹介しておこう」


踵を返そうとしたところで、室内からジークヴァルト先生の声が聞こえた。

あまり紹介されたくない相手のような気はするが、仕方がない。

部屋に入ると、ジークヴァルト先生と向かい合う形で2人のハイエルフが座っていた。

さらりとした癖のない銀髪に紫の瞳の美女と、緩く巻かれた金髪に緑の瞳の美少女だ。

2人共ジークヴァルト先生のような神々しさはないが、やはりエルフ族とは違う雰囲気を漂わせているので、ハイエルフなのだろう、多分。

室内には2人と一緒に来たと思われるエルフ族が何人か立っている。

ジークヴァルト先生に手招きされるままに先生の隣に座ると、金髪美少女の気配がピリッと厳しくなった。


「セイラン・リゼル、私の異母姉のアナスタシアとその孫のルクレツィアだ。姉上、私の教え子で友人のセイラン・リゼルです」


おや、私はジークヴァルト先生の教え子というだけではなく、友人枠に入っていたらしい。

私は久々に社交用の笑みを浮かべて礼をする。


「ご紹介にあずかりましたセイラン・リゼルと申します。ジークヴァルト先生にはいつもお世話になっております。以後お見知りおきくださいませ」


「ジークヴァルトから人間族の友人ができたと手紙で読んで、1度お会いしてみたいと思っておりましたのよ。弟と仲良くしてくださってありがとう存じます」


アナスタシア様という美女はそれはもう美しい笑顔だ、流石は最も美しい種族といわれるハイエルフだけはある。ジークヴァルト先生の異母姉ということは、もう500歳オーバーなんだろうけど。


「ジークヴァルト先生のおかげでたくさんの魔術具が完成しましたし、先生と一緒にいるのはとても楽しいので、日々時間が経つのを忘れてしまいますわ」


いいよね、この研究棟。

日々本を読んで、作りたいもの作って、食べたいもの食べる、私もそんな悠々自適な余生を送りたいものだ。


「君の突飛な発想で魔術具を作成するのは面白いし、私も君と一緒に過ごすのはとても楽しい」


ジークヴァルト先生が薄っすらと微笑む。


「あらまあ、本当に仲が良いのですね。おかしな魔術具ばかり作りたがる、料理上手な人間族の女性の友人がいる、と手紙にありましたけど、半信半疑でしたのよ」


アナスタシア様は、ほほほと上品に笑うが、おかしな魔術具ばかり作りたがる、というのは風評被害ではなかろうか、エリシエルやルナールに頼まれて作ったものもいくつもあるのだし。

思わず横目でジークヴァルト先生を見てしまう。


「君が想像もつかないような魔術具を次々作っているのは事実だろう?」


「世のため人のため、生活に役立つ魔術具ばかりではありませんか」


正確には自分のために作っているのだが、世のため人のためになり、私に特許料も入ってくるのだから完璧である。

ジークヴァルト先生は肩を竦めるが、私が作っているのは基本的に前世知識のものがメインであり、別に私が一から創造したわけではない。

そこにシェンティスが手土産に渡したチェリーパイを持ってくる。

初夏だからさくらんぼの季節だよね、昨日エリシエルが籠いっぱいに持ってきてくれたので、チェリーパイとチェリークラフティを焼いたのだ。

エリシエルは、初めて食べるチェリークラフティの美味しさに感動して泣いていた。

チェリーパイは今朝ここに来る前に焼いたものだ。


「このお菓子は初めて見るな」


「チェリーを頂きましたのでパイにしましたの。申し訳ございません、お客様だとわかっていれば料理人が作ったものを持ってきたのですが、今日のチェリーパイは私が焼いたものなのです」


お菓子作りは楽しいから、ついついオスカー任せにせずに自分で作ることが多いのだが、慣れているジークヴァルト先生はともかく、初対面のお客様がいるならちゃんと本職の作ったものを持って来れば良かった。


「君のお菓子作りの腕は料理人と遜色ないだろう?」


ジークヴァルト先生が笑って私が毒見をするのも待たずに、さっさとフォークを刺してしまう。

その行為に周囲のエルフ族が何やらはらはらしているのがわかるが、私が自分で作ったのだからおかしなものは一切入っていないのは私が1番よく知っている。

クラフティはもらったさくらんぼをそのまま使って作ったから焼きあがってすぐエリシエルに出せたけど、パイは昨日さくらんぼを酒で煮てからだったから、作るのが今日になったんだよね、今度エリシエルにも作ってあげよう。


「チェリーをそのまま食べる以外の食べ方をしたのは初めてだが、甘酸っぱくてとても美味しいな」


「チェリーはそのままで十分美味しいですから、他にはジャムにするかゼリーにするかくらいですわね。あとはこの煮たチェリーはパウンドケーキに入れたり、クッキーの飾りにしても美味しいですけど」


あとはパンナコッタのソースにするとかかな。

前世では美味しいさくらんぼは超高級品だったから、お菓子に加工するよりもそのまま食べていたが。


「本当にとても美味しいですわ。貴女がルシアンでクッキーとマドレーヌというお菓子を作ってくれたのですよね?ジークヴァルトが何か送ってくることなどとても珍しくて、本国の異母弟ともとても驚いたのですよ。あのクッキーとマドレーヌもとても美味しかったですわ、ねえルクレツィア?」


「はい、おばあ様。とても美味しかったです」


美少女が笑顔で頷くが、なんだかさっきから敵意を感じるんだよね、私はこれまでの立場上、社交の場で向けられる負の感情には敏感だから間違ってはいないと思うのだが。

私自身は感情が薄いから、誰に何を言われたところでどうでもいいのだが、相手によってはきっちりやり込めておかないとならなかったり、公式の場ではお互いの発言が国の方針を左右したりするから気を抜けなかったのだ。

はあ、ジークヴァルト先生と2人きりならこんな余計な気を使わなくても良かったのだが、多分このアナスタシア様はリシェルラルドの現王の異母姉なんだよねえ、アナスタシアというハイエルフの名前と外見上の特徴に聞き覚えがあるから間違いないと思う。


{はあ、ずいぶんと腕の良い料理人がいるようだから、たとえそれが人間族でも召し抱えてリシェルラルドに連れ帰ろうと思っていたのに、こんな馴れ馴れしい己の立場もわきまえていない無礼な人間族だったなんて}


・・・おや、ずいぶんと教育のなっていないお子様だこと。

ある意味テンプレかな?


「ルクレツィア!」


アナスタシア様が厳しい目で隣のルクレツィア嬢を咎める。


「あら、おばあ様、このチェリーパイもとっても美味しいですわ」


「すまない、セイラン・リゼル。躾けのなっていない子供の戯言と流してくれないだろうか」


ジークヴァルト先生が頭を下げてきて、私よりも周囲のエルフ族たちと2人のハイエルフの方が狼狽する。


「大叔父様?!大叔父様が人間族ごときに頭を下げるなんて!」


うーん、実にテンプレな選民思考のハイエルフだ、ある意味貴重だね。

でもね、王族に連なるからには自分の発言に国の命運がかかっているということをきちんと自覚しておかないとダメだよ、内心で何を考えていようと笑顔で社交を熟すのが仕事なんだから、ていうか、獣人族なんかはこちらの感情を匂いで察知してきたりもするんだから、社交の場で感情を動かしてはいけないよ。


「黙りなさい、ルクレツィア!其方が失礼なことを言うからでしょう!セイラン・リゼル様、私からも謝罪いたしますわ、孫が大変失礼をいたしました」


「おばあ様?!だって、人間族に意味なんて・・・」


古代エルフ語で言ったからわかるはずない、て?

本当にテンプレだね、このハイエルフのお姫様は。


「ルクレツィア、少なくともセイラン・リゼルは其方が話せる程度の言語は全て話せるぞ?私の蔵書を最初から全て辞書もなくすらすらと読んでいるのだからな」


ジークヴァルト先生がこめかみに手をあてて深々とため息を吐く。


{構いませんわ、ジークヴァルト先生、アナスタシア様も。非公式の場での子供の戯言に目くじら立てるような教育は受けてきておりません。ただ、これが公式の場でしたら、リシェルラルドが人間族に宣戦布告したと取られてもおかしくない発言だということは、きちんと教育した方がよろしいかと存じますけれど}


気にしないよ、私はね。

ただし、これが公式の場であればアルトディシアは激怒するだろう、ということだ、おそらくフォイスティカイトも。その辺はきっちりと言っておかないとね、お望み通り古代エルフ語で。


「な、な、な・・・!」


おや、本当に堪え性のないお姫様だね、これくらいで怒っていたら社交や外交なんてとてもじゃないけど熟せないだろうに。


「ルクレツィアを連れて行きなさい!」


アナスタシア様がため息を吐いて、周囲のエルフ族たちに命令して孫娘を退室させる。


「本当にごめんなさいね、あの子は貴女の作ってくれたルシアンのお菓子がとても気に入って、もっと他のお菓子も食べてみたいと我儘を言ってついてきたのです。まさか他種族の方にあんな失礼なことを言うなんて・・・リシェルラルドに帰ったら教育を見直させなくては・・・」


「ジークヴァルト先生に頼まれて作ったクッキーとマドレーヌは我が家の料理人が作りましたので、厳密には私が作ったわけではありませんけれど。わざわざ他国へついてくるほどに気に入られたのでしたら良かったですわ」


エルフ族はあまりリシェルラルドから出ないのだ、理由は他種族を見下しているから。

エリシエルのような冒険者や、各国に派遣されている外交官や、このセレスティスにいる留学生や研究者はそういう意識の薄いエルフ族だ。

そんなテンプレ選民思考のハイエルフが、わざわざ祖母にくっついて他国にやってくるなんて、よほど気に入ったのだろう。

人間族だけど料理人として召し抱えて連れて帰ろうと思ってた、と言っていたしね。


「非公式の場と言ってくださってありがとう存じます。祖母として孫娘の無礼を謝罪いたしますわ」


あくまでリシェルラルドの王族ではなく、非公式に異母弟を訪ねている体か。まあ、私もアルトディシアの公爵令嬢ではなく、一介の留学生としてここにいるのだからお互いそれで問題ない。


「気にしておりませんわ、あまりきつく叱らないであげてくださいませ」


きっと帰国したら彼女だけでなく周囲の側近も大変なんじゃないかな、王族が他国へ行って選民思考バリバリの発言をしたなんて、恥以外の何物でもないからね。教育係が一掃されてもおかしくない案件だよ。ハイエルフが他国に嫁ぐことはありえないのがまだ救いかな。


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