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「きゃー!すっごーい!何これ、素敵!」
エリシエルをアフタヌーンティーに招待すると、案の定ものすごく喜んでくれた。
ルナールはガッツリ食事の方がいいだろうけど、肉魚も普通に食べられるけどやっぱり甘いものが大好きなエリシエルはこちらの方が良いだろうと思ったのだ。
なんせこのアフタヌーンティー、値段はディナーと変わらないのである。
1度招待したらあとは自分で予約して来店するだろうから、エリシエルはアフタヌーンティー、ルナールはディナーに招待することにした、一応2人にも確認したけど、2人共それでいい、と即答したしね。
ルナールにこの女性客ばかりの時間帯に一緒にアフタヌーンティーを食べさせるのは、あまりにも似合わな過ぎて申し訳ないし、本人も嫌がるだろう。
先日のジークヴァルト先生と同じようにフルーツサンドと野菜サンドを注文して幸せそうにパクついているエリシエルを見ていると、もういっそサンドイッチはエルフ族用とそれ以外の種族用に分けてもいいんじゃないかという気分になる。
「ん?なあに?セイランさんのサンドイッチも美味しそうだよね、1種類ずつ好きなの選べたらもっと嬉しいかな、冒険者は女でもよく食べるから、全種類選ぶ子も出てくると思うよ?」
「それなら、サンドイッチは何種類選ぶかによって値段が変わるようにしても良いかもしれませんね。基本は5種類で、小銀貨1枚追加で1種類ずつ追加可能とかにしてみましょうか」
サンドイッチの内容は季節によっても変わるが、基本的に常時10種類準備してある。
最初に好きなものを5つ選んで、そこから追加できたら嬉しいかもしれない。
「あ、いいね、それ!内容も季節によって変わるんでしょ?エルフ族の冒険者なら通いつめちゃうんじゃないかな」
「このアフタヌーンティーは3日前までに予約していただかないとなりませんし、お値段もそれなりに張りますよ」
なんせこのアフタヌーンティー、中銀貨5枚もするのだ。
日本円の感覚だと5万円だよ?!この店のディナー設定は3種類で中銀貨1枚、3枚、5枚だから、1番高いディナーと同じ金額なのだ、この世界でのお菓子の値段が知れるというものである。
この辺の酒場で冒険者が夕食を食べようと思えば、それなりに飲んでも小銀貨2~3枚だというから、酒代抜きでのこの店の値段設定がいかに高級かがよくわかる。
それでも1度来店した人は皆挙って予約を入れるらしいので、美味しいは正義なのだ。
「セイランさんは私とルナールと専属契約してるんだから、金カードの冒険者がどれだけ稼ぐかよくわかってるでしょ。銀カード以上になれば結構贅沢できるんだよ、まあ、冒険者の中には金遣い荒くて後先考えてないようなのがたくさんいるのも事実なんだけどね」
宵越しの金は持たねえ的な冒険者というのもテンプレな気はするが、確かにエリシエルもルナールもお金には全然困っていないだろう、私の依頼は銀カードくらいの値段で快く引き受けてくれているが、それは食事や魔術具を提供しているからだし。
「この1番上のケーキも季節で変わるんだよね?もう、本当に通いつめちゃうよ、私!」
「季節でも変わりますが、その日の仕入れによっても変わりますよ。店頭に出しているケーキを小型にしていますしね。基本は5種類ですが、日によって数も4~6種類に変動します。下段のサンドイッチも時にはミートパイやキッシュを混ぜるかもしれませんし、中段のスコーンもプレーンのみ固定で、お茶以外にナッツ類やドライフルーツ類、チョコチップを混ぜたり、マフィンやワッフルやデニッシュにしても良いかもしれませんね、いつも同じだと飽きますしバリエーションを考えないと」
エリシエルがプルプル震えている。
「ああもう、この店がある限りセレスティスから離れられないエルフ族が続出しちゃうよ!各国の首都に支店出してくれない?!世界中を自由に動き回るのに憧れて冒険者になったのに、どこにも行けなくなっちゃうよ!」
食べ物のためだけに1か所に留まるのか、でもまあ、この世界では大半は生まれた土地から動かないからね、自由に憧れて冒険者になったというのなら、自分の意志で一か所に留まるというのも、それもまた自由だろう。
「サンドイッチもスコーンもケーキ類もどれもセイランさんの家で食べさせてもらったことあるけど、それがこんな風に1度にやってくると幸せが3倍どころか10倍になった気分だよ!お茶もセレスティスに入ってきてるのは全種類置いてるんだね、スムージーやジュースも好きだけど、やっぱり私は甘いお菓子にはリシェルラルドのお茶が1番好きだな」
飲み物はお茶類、コーヒー類、ココアの他にスムージー類、フレッシュジュース類、軽めの果実酒やスパークリングをカフェタイムには提供している。
昼夜の食事時間にはもっと酒の種類が増える。
ジューサーミキサーも私は魔術具で作成したので、この店のスムージーやフレッシュジュースは大人気なのだ。
材料となる素材と魔石さえあれば、魔術具は大概のものを作れると思う。
「お茶の種類は今後もう少し増えるかもしれませんよ。先日ジークヴァルト先生を招待したのですが、お茶の種類が少ないのが物足りないと言われまして、リシェルラルドの商会に仲介してくださることになりましたから」
カラーン・・・と音をたてて、エリシエルの手からフォークが落ちる。
大きな緑の目が零れ落ちそうに見開かれていて、瞳孔開いてるんでないかとちょっと心配になる。
「・・・え?ジークヴァルト様がわざわざ仲介するの?そりゃあ、どの商会でもひれ伏して出てくるだろうけど、わざわざ交渉に出るの?!」
自分の気に入ったもののために動くのは別におかしなことではないだろう、私達権力者の側はその規模が大きくなるというだけで、一般庶民の口コミや紹介とやることはさほど変わらないと思う。
「そんなに驚くことですか?リシェルラルド本国から誰が交渉のために来るかはわからないとのことでしたが、もうほぼ決定事項ですよ?」
「・・・前から思ってたけど、セイランさんてジークヴァルト様に物凄く気に入られてるよね・・・私みたいに冒険者しているようなエルフ族はそうでもないけど、本国にいるエルフ族やハイエルフは他種族を見下してるようなのが多いから、できれば気を悪くしないでね?」
エルフ族が排他的なのは今に始まったことではない。
寿命が他種族より長いからなのか、容姿が優れている者が多いからなのかは知らないが、エルフ族に差別意識の強い者が多いというのは有名な話だ。
エリシエルの言うように、冒険者としてリシェルラルドから飛び出してくるようなのは割とそういう感覚が薄いのだろうが、私もアルトディシアで次期王妃としてディオルト王子の婚約者をやっていた時にリシェルラルドの外交官に、これだけ美しければ将来的に我が国の王の愛妾にでも推挙できる、というようなことを言われ、筆頭公爵である父親がリシェルラルドからアルトディシアへの宣戦布告と見做してもよろしいか?と実に冷ややかに対応して、周囲の心胆寒からしめていたのを思い出す。
他国の次期王妃予定の女性に、自国の王の愛妾に推挙できる、とは失礼にも程がある、とあの後しばらくアルトディシアとリシェルラルド間の関係は冷え込んで、リシェルラルドからの外交官が変更され、正式にリシェルラルドの王からの謝罪文が届けられた。
まあ、あの一件で大半のエルフ族が人間族のことをどう思っているかがよくわかったものだ。
あの外交官としては、純粋に私の美貌を褒めたつもりだったんだろうなあ。
「この食事処を運営しているのは人間族とドワーフ族の3商会ですので、リシェルラルドからの使者によって不愉快な思いをさせないように、ジークヴァルト先生も商談の席に同席してくださるそうですから大丈夫だと思いますが」
エリシエルが呻き声を上げてテーブルに突っ伏した。
「・・・ありえない。ジークヴァルト様が人間族やドワーフ族の側に立って、リシェルラルドとの商談を纏めるなんて。そんな姿見たら世を儚んで首吊っちゃうエルフ族が続出しそう・・・」
「大袈裟ですわね」
「大袈裟じゃないよ!ジークヴァルト様はハイエルフの中でも特別なの!伝説なんだよ?!いつかジークヴァルト様が全てを許してリシェルラルドに帰還されるのを、エルフ族は皆心待ちにしてるんだから!」
はっとしたようにエリシエルが口元を押さえる。
全てを許して国に帰還、ね、400年くらい前に神々絡みで何かあったと言っていたから、それに関したことなんだろうな。
それにしても、100年以上生きているのに、感情制御が下手だね、おかげで面白いことが聞けたけど。
エリシエルに政治や外交は無理だろうな、友人としてはとても付き合いやすいけどね。
「・・・ごめん、今のなし。聞かなかったことにして、忘れて?」
「構いませんよ。まだ食べられそうでしたら、季節のパンケーキとスムージーも付けますが?」
「わあ!食べる、食べる!メニュー見るとどれも美味しそうで、全種類制覇するまで遠出する依頼は受けずに毎日通おうかと思ってたんだ!」
うーん、アフタヌーンティーを完食した後に更にパンケーキを食べられる、エルフ族の甘いもの専用胃袋恐るべし。