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「3商会共に新しいお茶を店で提供することができるのなら、と非常に乗り気でしたので、ご面倒をおかけしますが、リシェルラルドの商会への仲介をお願いしてもよろしいでしょうか」
今日の手土産はイチゴのババロアだ。
もともと私はスポンジ系のケーキよりも、ゼリーやババロア、プリンといった系統のお菓子の方が好きである。生まれ変わっても嗜好というものはあまり変わらないものなのだな、と思う。
「わかった、本国へ連絡しておこう。もしかしたら、本国の使いの者が先日の食事処での食事を希望するかもしれないので、その時はまた頼む」
「もちろんですわ。他国へ輸出していないお茶を輸出するとなると、合わせるお菓子やお料理を確認したいと考えるのも当然ですもの」
「本来商談等の席には私は同席しない方が望ましいのだが、本国からの使いに誰が来るかによっては私も同席した方が良いだろう、そして私が同席するのなら君も。君も本来ならば出資しているだけで経営にはあまり携わってはいないのだろうが、エルフもハイエルフも他種族に対して差別的な意識を持つ者が多い。あの食事処を経営しているのは君と懇意にしている人間族とドワーフ族の商会なのだろう?不愉快な思いをさせては申し訳ないからな、君以外の者が私と同席するというのは苦痛だろうが、我慢してくれと伝えておいてくれ」
どうやらジークヴァルト先生は、自分の存在が周囲になんらかの影響を与えてしまうのを自覚しているらしい。
わざわざ私の周囲が不愉快な思いをしないようにと同席してくれるつもりらしいのに、なんだか酷い話だ。
「どうもジークヴァルト先生の前に出ると強制的に跪きたくなる衝動に駆られる者が多いようなのですが、先生はその理由をご自分でご存知なのですか?」
ジークヴァルト先生は自嘲するように薄っすらと微笑んだ。
ツキリ、と何故か胸が痛くなる。
「君はこの国に来てから周囲には公表していないようだが、6つ名持ちであろう?6つ名持ちは私の纏う気配に臆する必要はないからな。君も薄々気付いてはいただろうが、私も6つ名持ちだ。そして昔そのことでこの身に異変が起こったことがある。もう400年程も経っているのに、未だにその残滓が消えぬのだ」
「・・・それは、私の身にも起こりえることですか?」
6つ名持ちであることで何かがあるということだ、私は自分のことを公共インフラのようなものだと思っているが、それ以外にも何かあるということだろうか。
「6つ名である限りないとはいえぬが、滅多にあることではない。シェンティスとローラントは私に仕えるために、影響を受けないよう常に魔術具を身につけている」
おや、そんなに周囲に影響のあるものなんだ、なかなか人前に出られないはずだね、これは。
でも我が家の人間族たちは割と平気そうなのだが。
「先生は我が家に何度も来られていますが、我が家の者達は割と平気そうですよ?特に我が家の料理人などは、失礼を承知で申し上げますけれど、先生のことをやたらと神々しい甘党のハイエルフと称しておりましたし」
くっ、と声を出してジークヴァルト先生が笑い出す。
いつも微かに微笑むだけなのに、なんか急に本気で笑い出してこっちがびっくりだ。
「君の家の人間族は皆君の庇護下にあるからだろう。おそらく君が無意識のうちに守護しているようなものだ。君自身、従来の6つ名持ちとはかけ離れた存在だしな。私はこれまで自分以外の6つ名に5人、君を入れると6人会ったことがあるが、君ほど感情豊かな6つ名に出会ったのは初めてだ」
うーん、私はかなり感情の薄い方だと思うのだが。
この世界に転生してから喜怒哀楽の感情が薄くなったなあ、と自覚しているし。
恋愛感情はもちろん、怒りや憎しみといった強い感情に心を揺さぶられることがない、いや、前世でもかなり淡白な人間だったから、こんなもんだろうと思っていたのだが、まだ18歳という年齢から考えるともっと感情的でもおかしくないとは思う。
ディオルト様が私という婚約者がいたにも関わらず、侍女と浮気して真実の愛なんてものに目覚めたのも、婚約者の私があまりにも淡白で面白味のない人間だったからだと思うし。
「・・・そうだな、そのうち話そう。君ならば、神々が我ら6つ名に対してしている仕打ちも、そんなことかと受け入れられるのかもしれぬし」
・・・仕打ち。
6つ名というのは、神々によってロクな扱いをされていないというのが、今のジークヴァルト先生の言葉でよくわかった。
ただでさえ、国の公共インフラ扱いされているというのに、これ以上何かあるのだろうか。
私は前世の日本で生まれ育った記憶があるから、神様というのはその辺にたくさんいて、つかず離れず適度に敬意を払いつつ生活するものだと思っているからなあ。
まあ、日本には祟り神もたくさんいたから、適度にお供えしつつも触らぬ神に祟りなし、というのが神様との正しい付き合い方だと思っている。
あれだよ、実話を元にしたホラー小説や映画は楽しめても、実際に心霊スポット巡りになんか行ってはいけないのだ、その辺ね、わざわざ祟り神に触りに行ってしまう人の気持ちが私には全く理解できない。
だが、この分だと私の望むと望まざるとに関わらず、神々とは関わることになってしまうのかもしれないな、と私はできれば外れていてほしい予感にげっそりした。




