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「セイラン様のお顔でしたら幼少の頃から見慣れておりますので、それと張る美形といわれても所詮男の顔に臆することなどないと高を括っておりましたが、あれほど神々しい御方とは思っておりませんでした。お2人並ぶと一層破壊力が増して・・・」
店の奥でげっそりと水を飲むディアスを、リュミエールとフリージアが気の毒そうに見つめている。
「ジークヴァルト先生は神々しいですけれど、私には神々しさはありませんよ?」
「いえ、お2人並ぶと相乗効果といいますか、なんといいますか・・・」
ディアスの歯切れが悪い。
美術品を鑑賞しているのだと思って、気楽に眺めれば良いのだ、ジークヴァルト先生も以前楽しんで鑑賞すれば良い、みたいなことを言ってくれていたし、私もただ眺められるだけなら特に害もないので気にしない。
「ご自分のお顔が隣に並んでも一切遜色のない美貌だと気にならないのでしょうか?」
リュミエールが困ったように首を傾げるが、ジークヴァルト先生は神々しい以外に何かあるのだろうか。
「セイラン様は、そのう、あのハイエルフの方を前にして、跪きたくなるような衝動に駆られることはありませんの?」
フリージアもなんだかとても歯切れが悪い。
跪きたくねえ、注連縄かけて拝んでおこうかという気分にはなるけれども、ある意味微笑ましく見ているからなあ、そんな衝動的にははーっ!て気分にはならないね、どこかの隠居して諸国行脚しているご老公じゃあるまいし。
「ジークヴァルト先生は私の師ですし、研究室でいつも一緒にお茶を飲みながら魔術具や魔法陣の談義をしておりますしね、研究者としての能力は尊敬しておりますが、それで跪きたくなるかと言われると少し困りますわね」
私1人ではフリーズドライの製法を魔術具で再現するなんてどれだけ時間かかったかわからないし、魔術具と魔法陣の権威としてその知識と技術と才能には敬意を抱いているよ。
ただ、彼自身はあまり周囲に興味のない、気紛れな血統書付きの猫のようなものだと思っている。
自分に興味のあるものにしか目を向けない、あまり人に懐かない、基本的に触られるのも嫌がるので専ら観賞用、というような綺麗な猫さんだ。
3人が肺の中の空気がなくなるんでないかというくらい深い深いため息を吐いた。
「やはりセイラン様にはおわかりにならないのですね・・・」
「体質的なものなのでしょうか・・・?」
「何故あのような御方と同じテーブルで物怖じせずに食事ができるのか・・・」
なんだろうか、まるで私がどこかおかしいようではないか。
私はジークヴァルト先生と一緒にいるととても楽というか、多分波長が合うんだろう、許されるのなら隣で昼寝でもしたいくらいに落ち着くのだが。
だがとてもそんなことを申告できる雰囲気ではない。
「もし良ければリシェルラルドの商会を仲介すると仰ってくださいましたよ、お茶の種類が少ないのが不満だそうです」
3人が揃って呻き声を上げる。
「この店のためだけに、これまでリシェルラルドから他国へ輸出していないお茶を輸出させるということですよね?!」
「とんでもない付加価値が付くことは確かですが、どのような条件になるのでしょうか?!」
「エルフ族は排他的な種族ですから、新規の取引となるとかなり難しいと思うのですが、あの御方はセイラン様のためにそれを仲介してくださると?!」
確かに私が望むのなら、とは言われたが、お茶の種類が少ないのが不満なのだし、アフタヌーンティーはジークヴァルト先生の心をガッチリ掴んだようだから、来店時に自分が楽しみたい、というのが大きいんじゃないかな、ジークヴァルト先生はかなりのお茶道楽だし。
セレスティスにはエルフ族が結構多く住んでいるから、そのエルフ族のために多少は融通している、という程度なんだよね、この国に輸出されているリシェルラルドの嗜好品は。
エルフ族もダークエルフ族も排他的なのは、前世での知識とあまり変わらないなあ、どちらも鎖国しているわけではなく、多少なりとも他国と国交がある分マシなんだろうけど。
他国との国交の活発なアルトディシア、フォイスティカイト、ヴィンターヴェルト出身の私達とは感覚が違うんだろうなあ、獣人族のヴァッハフォイアも多種族国家だけあって基本的に他種族の国とも友好的だし、やはりエルフ族は難しい。
「ええと、あまり乗り気でないようでしたらお断りいたしますけれど・・・」
「いいえ!滅多に他種族と提携などしないリシェルラルドの商会と提携できるとなれば、それは私共の商会にとってこれ以上ない利益と宣伝を齎します!セイラン様、本来商人ではない御方にお任せしてしまうのは心苦しいですが、よろしくお願いいたします!」
3人に深々と頭を下げられ、なんでお茶の取引枠を増やすだけでこんな大事になっているんだろう、と私は遠い目になった。




